三
五-三
「乙姫様ですか。今日は拝塔に入られて、お祈りをします。」
「そうか。相談相手が死んで、気の毒じゃ。」
この国は地面から光が噴出して足元は明るいが、空は真っ暗だ。何を見ているのだろうと上空を眺めてみるが、キラキラ輝く魚の群れ以外、星も雲も何もない。
一太夫は、それでも上空をチラチラ見やりながら、今後の乙姫についてつぶやく。
「太郎殿が乙姫様の相談相手になってくだされば、きっとお喜びになられる。これからの国を治めてゆくには、太郎殿が必要ではないかと。」
「オラは漁しか能がないで、ゼクスの代わりにはなれん。」
軽口だと思って、受け流した。一太夫もそれ以上、話を続けなかった。
前方から灰色の着物に赤い前掛け姿で、手にクワを二本持った加奈が歩いてくる。
「おう加奈さん。今日はハクビ畑か。」
「いえ、一緒に農園めぐりですよ。タッピが実っていますので、掘りましょう。その場で食べられます。」
それでクワを二本持ってきたのか。音根と丘の畑で大根を掘った時、作物の収穫が想像以上に心を満たした。今度は加奈と一緒なので心が躍る。
「タッピとは、どういう作物じゃ。」
「赤い根がとっても柔らかくて、美味しい海藻です。あれがそうです。」
加奈が指さす畑には、赤い根が地面からせり出した海藻が見える。今日は農園に誰もいないと思っていたが、意外にも大勢の人が出て働いていた。加奈と目ぼしいタッピを探す。
「あの人達は、祈祷せんのか。」
一太夫にたずねると農夫たちは、すでに祈祷を終えて出ているのだと言う。
加奈が示したタッピの周りをクワで掘ると、そこから多くの光が噴出して眩しい。どんどん掘り下げると、赤い根が抜き取れるほどになった。
「もう手で抜けそうじゃ。」
加奈が見にきた。
「まあ、大きなタッピですこと。下の方を持って真上に引けば抜けます。真上ですよ。」
根元を両手で掴み、ゆっくり真上に引き上げると、タッピは抵抗なく抜けてゆく。
「こりゃ長いな。」
背丈以上ある長さだ。タッピを頭上まで抜き上げた勢いで上を見ると、上空に何やら動く黒い物体が目に入った。
先ほどは何もなかったが、真っ暗な空でうごめく物体は不気味だ。
「何じゃ、あれは。」
上空を見ていると、一太夫と兵藤が駆けて来た。加奈もこわばった表情だ。
ここへ来る途中、一太夫が上空をうかがっていたのは、その異変に気付いていたのだろう。
「太郎殿、急いで屋敷に……。いや加奈殿の家が近いので、まずそちらに入りましょう。」
「何が起こっとる。」
一太夫は返事もせず、手招きしながら加奈の家へ向かう。
「何で慌てとるんじゃ。」
一太夫を追いながら加奈に聞くと、黙って空を指さす。先ほど見た不審な黒い物体が、よく話に出てきた深海ザメと理解するのに、時は必要なかった。
「あれが来たんか。」
「そのようです。」
四人が加奈の家に飛び込んだ。扉を少し開けて上空を見ると、黒い物体が輪を描くように回っている。深海ザメは下方に集まっているようで、かなりの数だ。
「奴らに、ゼクスの葬儀を見られたようです。久しく攻撃がなかったので油断しました。」
そう言えば、拝塔の前庭で国民そろって葬儀し、農園まで台に乗せて運んだ。深海ザメに、ゼクスの死を教えたようなものだ。
この海峡の深海ザメは、首領のジャクによって統制されていると聞いた。
ジャクは頭の切れるサメで、警戒の裏を衝かれて甚大な被害を被ってきたそうだ。ゼクス亡き今、もう紫色の光線で応戦されないことを知っている。
「ジャクは、もう我々を襲っても大丈夫と、判断したのでしょう。困った事態になりました。」
一太夫が頭を抱えて座り込む。すると一頭のサメが、農園の中央付近へ降下した。
「来た、あそこに誰かいるのだ。」
海藻が大きく揺らぐ。サメは赤黒い煙のようなものを引きながら、上昇した。
海藻に隠れていた誰かを襲ったようだ。その場所から、ゆっくり血煙が湧き上がった。ここは海底なので血は海中に漂う。
「誰かやられた。」
ハクビ畑の向こう側でも、別の一頭が降下して血煙が湧き上がった。ここから近い。
「大変じゃ、助けに行く。」
壁に立て掛けたクワを持って飛び出そうとすると、一太夫が両手を広げて制する。
「何のために。」
「何のためって……。畑にいる人が殺られとるんじゃ、助けんと。」
「襲われた者は、もう駄目です。それより太郎殿は、ご自身を守ることを考えてくだされ。」
「いや、指をくわえて見捨てることはできん。」
制止を振り切り、上空をうかがいながら外に出た。
「不可解なことを。」
一太夫の呆れた声を背で聞きながら、一人でも助けたい衝動に駆られる。
襲ってくる気配がないことを確認すると、先ほど血が湧き上った場所へ、身を低くして向かった。
前方から、右腕を千切られた中年の男が、肩から血を噴き出しながら歩いて来る。
「わあ、ひどいケガじゃ、すぐ手当てを。」




