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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
48/86

五-二

「ゼクス、どうした。何か()うてくれぇ。」

 (にわ)に飛び()り、()(くら)な空に向かって大声で(さけ)んだ。


 黒く変色(へんしょく)したゼクスの(しかばね)が、拝塔の前庭(まえにわ)(よこ)たわり、人々に(かこ)まれている。拝塔の縁台(えんだい)には黒い着物(きもの)姿の乙姫と、随臣(ずいしん)が立っている。

 側近(そっきん)手招(てまね)きされて階段(かいだん)を上がり、縁台(えんだい)に立った。

「お集りの皆さんに報告(ほうこく)いたします。本日の収穫(しゅうかく)祈祷(きとう)(あと)、ゼクスが亡くなりました。」

 乙姫の声は、思いのほか冷静(れいせい)に聞こえる。国民の前で(かな)しみを(おさ)え、必死(ひっし)平静(へいせい)を保とうとしているのか。だが群衆(ぐんしゅう)にも泣く者が見当たらない。


 普通(ふつう)、大切な存在(そんざい)()くなったら(かな)しみ、()ちひしがれる。この国の人達はゼクスの()を、どう受け止めているのか不思議(ふしぎ)だ。

「皆様とゼクスのご冥福(めいふく)を、祈りたいと思います。」

 乙姫が胸の前で手を合わせると、人々も同じように手を合わせた。

 ゼクスとは、(わず)一刻(いっこく)足らずの接見(せっけん)会話(かいわ)だった。

 短い時ではあったが、人間が草や木や海との(かか)わりを正さねば、未来が(あや)ういことを考えさせられた。


 長く(した)しい友人(ゆうじん)だった気がして、この別れはとても(つら)く、(なみだ)が止まらない。

 白木(しらき)の台に()せられたゼクスに、白い布が(かぶ)せられている。その横にゼクスが作り出したという、ハクビやカンの葉が()えられた。

 ゼクスは農園の中央(ちゅうおう)()められるらしい。人夫(にんぷ)風の男が左右(さゆう)に四人ずつ、ゼクスを乗せた台を(かつ)いで行進(こうしん)が始まった。

 白い花を手にした長い列が(あと)に続く。

 乙姫と側近の侍達も列に加わったが、一緒に歩く気分になれず、縁台(えんだい)見送(みおく)っていたら、横に加奈が来た。


「加奈さん、どこにおったんじゃ。」

「あの人たちの中にいました。太郎さんはゼクスとお話しなさったのですね。」

「ああ。直接(ちょくせつ)話して、良かったと思うちょる。オラの世界にはない(かんが)えを、いろいろ聞かせてもろうた。」

「なぜ乙姫様は、わずか五日(いつか)で帰ってしまう太郎さんに、ゼクスの話をしたのでしょう。」

 加奈の本意(ほんい)()()れないので、黙ってゼクスを埋葬(まいそう)する農園の中央(ちゅうおう)付近(ふきん)(なが)める。


 すると突然、加奈が縁台(えんだい)欄干(らんかん)(つか)んだまま、声を(あら)げて()き出した。

「太郎さんは、加奈より乙姫様を選ぶのですね。」

 乙姫を選ぶ……。思いがけない言葉を耳にして加奈の横顔(よこがお)(うかが)う。

---どういうことじゃ。

 長いまつげが(なみだ)(つゆ)()れ、肩も大きく(ふる)えている。

「加奈さんの言う意味(いみ)が、よう分からん。オラに分かるように話してくれんか。」

「私にも分かりません。」

 加奈は(なみだ)(ぬぐ)いながら、拝塔の階段を()け下りて農園に消えた。


 滞在(たいざい)二日目が終ろうとしている。

「今日は朝から加奈と走ったり、拝塔でゼクスに会ったり、色々あってお(つか)れになったことでしょう。」

 (むか)えに来た一太夫が、前を歩きながら(ねぎら)ってくれた。

 この国には朝夕(あさゆう)がないので、地上の十二(じゅうに)(こく)を計って一日とし、時刻(じこく)ごとに伝えてもらうよう頼んでいる。

(いそが)しい日じゃったが、疲れは感じとらん。」

「落ち着けば、疲れが()き上がります。今夜はしっかり()ていただきますよ、()まれては大変ですから。」


 一太夫の気遣(きづか)いに、朝から数刻(すうこく)前まで心身(しんしん)()るがせた恐怖(きょうふ)が、遠い(むかし)に思える。

 屋敷に(もど)って花園が(えが)かれた寝所(しんしょ)に入ると、すでに夕膳(ゆうぜん)()かれ、給仕(きゅうじ)の女が(すわ)って待っていた。

「明日の豊作(ほうさく)(さい)は取り()めとなり、ゼクスの冥福(めいふく)を祈る日になりました。ですが客人(きゃくじん)の太郎殿が所望(しょもう)なら、拙者(せっしゃ)が農園を案内いたします。」

 一太夫は一杯(いっぱい)だけ酒を()み交わし、()やばやと()を去った。


 給仕(きゅうじ)の女が食事をすすめるが、ゼクスの()を思うと食欲(しょくよく)がない。給仕(きゅうじ)(ことわ)って一人になり、飯を少しだけ()き込んだ。

 寝間着(ねまき)(かか)えて浴室(よくしつ)へ向かう。湯に()かった後、寝床(ねどこ)(だい)の字になって、天蓋(てんがい)(ぬの)をじっと見つめる。

 龍を恐れて加奈と()げた地下道(ちかどう)収穫(しゅうかく)祈祷(きとう)でゼクスと対面した(おどろ)き。そのゼクスとの会話と、思いがけない()(かな)しい葬列(そうれつ)が、(よみがえ)る。


 一日でこれだけ多くの体験(たいけん)は、今後(こんご)二度(にど)とできないだろう。

「疲れとるかも知れん。もう鯛漁(たいりょう)音根(おとね)笑顔(えがお)(おも)いながら、()んといかんな。」

 だがゼクスを見送(みおく)った拝塔で「太郎様は私より乙姫様を(えら)ぶのですか。」と、(なみだ)ながらに(さけ)んだ加奈の声が、脳裏(のうり)(はな)れない。

「あれは一体、何を言うたんじゃ。何かの(なぞ)にしても、ひどい泣きようじゃった。」

 考えるほど目が()えて(ねむ)れない。手を頭の(うし)ろに()んで、布越(ぬのごし)しの花園(はなぞの)を見つめる。


「太郎殿、起きなさるか。今日はのんびり(たの)しみましょうぞ。」

 (ぜん)を運んできた一太夫の声で目覚(めざ)めた。今朝も()(ほそ)った顔を洗い、着替(きが)えをして朝食を二人で()ませ、屋敷の外に出た。

 庭に長い(やり)を手にした(さむらい)が、立っている。

「この者は、同行(どうこう)させていただく兵藤(ひょうどう)と申す者です。何事(なにごと)もないとは思いますが、広い農園ですので身辺(しんぺん)警護(けいご)です。」


 三日(みっか)目になると景色(けしき)見慣(みな)れ、つい先頭(せんとう)を歩く自分がおかしい。

「乙姫様はどうしちょるんじゃ。」

 ()り返ると、一太夫は()(くら)な上空を見ながら歩いていたが、反射(はんしゃ)(てき)目線(めせん)(もど)して()みを作った。

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