第五章 農園で襲われた深海ザメを撃退し、その礼として招かれた地上の楽園で乙姫の告白を受け、地上か永住か迷い悩む
五-一
「魚は人間に必要な養分を持っています。漁師という仕事は、多くの人に魚を届ける大切な役目ですから、獲り過ぎなければいいのす。」
「そうか獲り過ぎなきゃ、ええんじゃな。」
漁師という仕事が、この星に不都合だったらと恐怖を感じた。でもゼクスは、漁師は大切な役目と言ってくれたので、安堵した。
「海底に来られて、地上と同じ人間がいたことに、驚かれましたか。」
「そりゃもう、仰天したじゃ。」
海底に来て二日になるが、この問いはゼクスが初めてだ。乙姫も一太夫や二太夫、加奈も、それを最初から意識させず、疑問も軽くあしらわれた。
「地上と勝手が違いますか。」
光が地下から噴き出し、空が真っ暗な景色、農園や海藻の森で大小の魚が舞う以外は、人間の言葉も服装も地上と変わらない。
「いや、何も変わらん。広い農園もあるし、塀の外には森も見える。地上と一緒じゃ。」
「海藻や海木の森ですね、太郎さんは森がお好きですか。」
「ああ小さい頃から、よく森で遊んだ。今頃は緑がきれいじゃ。」
「太郎さんは、木を伐ったことがありますか。」
「あるとも。炭や薪にする木を夏に伐って乾かしておくんじゃ。家や船の修繕にも使う。」
「伐る時に、木が痛がったり苦しんだりしましたか。」
「ハハハ……、そんな訳ないじゃ。」
海底で何百年も暮らしているゼクスは、地上の木を知らないのだろう。
「ゼクスも地上に来て、見たらええ。」
「太郎様は木や草が、なぜ大地に隙間なく生えていると、お思いですか。」
思いがけない問いに慌てた。言われてみれば丘全体に緑が密集していて、土が見えない。
畑を耕しても、見る間に雑草が土を覆ってしまう。その理由など、一度も考えたことがないからだ。
「それは……。」
答えに窮しているところへ、一太夫がやってきた。
「ここにおられましたか、お昼の膳が用意できております、屋敷に戻りましょう。」
ゼクスとの会話は、一太夫の声が入って途切れた。
腕を組んで一太夫の後を歩きながらも、ゼクスの問いが頭の中にこびりつく。宴の大広間に入ると、既に百人ほどの侍や農民が昼食を楽しんでいる。
奥の方では一人が踊り、それを囲んだ車座の人たちが手拍子しながら、大笑いをしている。踊っている人が木で、車座の人たちが草に見えるが、ゼクスへの答えには辿りつかない。
昼食を終え、屋敷の縁台に腰を掛けて暗黒の空を眺めた。遥か上方に、魚の群れが輝きながら右へ左へと移動している。
---魚も隙間なく固まって泳いどる。
魚の群れを見ていると、隣に加奈が座った。
「お魚さんを見ているのですか。」
「あの魚、何で固まって泳ぐんじゃ。目立つと大きな魚に襲われるのに。」
「その反対です。ひとつに集まると大きく見えるので、敵が恐れて近寄って来ませんし、たくさん集まっていると狙いが絞れないからです。」
「なるほど、魚の生きる知恵じゃ。」
だが、木や草が自らを大きく見せるために、密集して生えているとは思えない。
「地上の木や草が、なぜ隙間なく生えているのかとゼクスに聞かれたじゃ。オラ、それに答えられんかった。」
「地上のことは知らないのですが、聞いたことがあります。確か……地上は空からお天道様の日が射すので、大地が乾くと聞いています。木や草は大地を乾かさないよう、密集して土を護ると……。新しい命が芽生えるためには、土が水を含んでいなくては困るでしょう。」
加奈の答えに、モヤモヤした霧が一気に晴れた感がした。
「そういえば長い日照りが続いた時でも、森の土は湿っとったな。」
「この星全体が繋がっていて、循環しているのです。秋になると木は葉や実を落とすでしょう。その上に雨が降り、葉や実の養分を含んだ雨水が地中に浸み、海に流れ込んで生き物の栄養になるのです。落葉や落果は、海にとっても大切な栄養源です。」
驚いた、海と地上が繋がっているなんて。
加奈は魚の群れを眼で追っている。どうやらゼクスの話は聞こえていないようだ。
「太郎様は息をしていますね。」
「当たり前じゃ、息が止まったら死ぬ。」
「空気の中には酸素というものがあって、動物はそれを吸って生きます。木や草はその酸素を作ってくれるのです。」
とんでもない話を聞いてしまった。命の源を作ってくれる木を伐り、草を無用の長物とばかりに刈り取って、燃やしていた。
木や草があって動物が生きていることを知り、今までの無礼を恥じた。
「大変じゃ、早う地上に帰って皆に木を伐るな、草を刈るなと知らせにゃいけん。」
「そうですね、お願いします。でも生活の中で草や木を必要とする人もいます。」
「伐り過ぎんように、考えてもらうじゃ。」
突然大声を発したらしく、横の加奈が驚いた顔で振り向いた。
「生き物の命の源である木や草を、どうぞ大切にしてください。素晴らしい私の子孫達、未来永劫の幸せを祈ります。」
その言葉を残し、ゼクスの声がプツンと途絶えた。その途切れ方が異常だったので、血の引く思いがした。




