十二
四-十二 ()
「ゼクス様、ここにおわします御仁が、地上の太郎様でございます。ショウの子息の命の恩人として、豊作祭に参加いただくため、招待いたしました。」
皆がゼクスは生き物と言っていたが、作り物の御標だったのだ。心の中で胸をなで下ろす。
---考えてみれば、ゼクスが龍でオラを食べると思い込んで、勝手に震えていたのだ。一太夫は大笑いして、否定までしたのに。
「太郎様、よくおいでくださいました。私は乙姫様と共に、この国の治安を守っております、ゼクスと申します。」
確かに声がした。それは耳ではなく、頭の中へ聞こえる。驚いてゼクスという御標を見上げると、何も変わりがない。
乙姫と随臣や侍達をそっと横目で見たが、誰もゼクスの声に気付かない様子でかしこまっている。
「驚かれましたか。私は人間のように口や耳、手足を持っていませんが、意思遠隔伝達と言う方法で、あなたとお話をしています。」
大きな丸餅を乗せた、白い御標が話しかけたのだ、やっぱり生き物か。背中から後頭部へ向かって稲妻が駆け抜ける。
浜にショウが現われ、人間の言葉を話した驚きと同じだ。あの時は家に逃げ帰ったが、今は逃げも隠れもできない。
あの御標が龍の化身という疑いが甦り、覚悟を決めて目を伏せると、隣の随臣が耳元でささやいた。
「ゼクスを見られて、驚かれたと思いますが、この国にとってかけがいのない存在です。太郎殿もぜひ、仲良くしていただきたい。」
「オラを食わんのか。」
「もちろんです。客人である太郎殿に小さな危険すら、あってはならないのです。」
随臣の言葉を捕捉するように、ゼクスも語りかけてきた。
「私はこの星の生き物とは違って、食べ物を必要としないのです。」
頭の中に聞こえる、遠隔何とやらだ。試しに頭の中で問いかけてみる。
---この星って、この海底が星か。あんたは何者じゃ。
「それは後ほど、場所を変えてお話しましょう。」
声を出していないのに、答えてきた。
ゼクスとの会話は終わり、再び収穫祈祷の儀式に移った。儀式は意思遠隔伝達とかいう方法で、乙姫とゼクスが交信し合っているようだ。
「来年は新しい作物がひとつ加わります。今年以上の豊作が期待できるでしょう。」
乙姫が立ち上がり、ゼクスに最敬礼をして出口に向かう。その後に続いて随臣達と拝塔を出た。
収穫祈祷という儀式に参列し、なぜかは解せないが満足感に満たされている。
前庭に下りたところで、乙姫が振り返って近付いてきた。
「太郎様に参列していただいたお陰で、実りある収穫祈祷になりました。ゼクスにお会いになられて、誤解は解けましたでしょうか。」
礼を言うのはこちらである。
「オラが勝手に龍と思うちょったんで、逃げたりして乙姫様には迷惑をかけた。じゃが一体、ゼクスとは何者じゃ。乙姫様は前に人間の祖先とか言うたが、どう見てもそうは見えんが。」
真っ暗な上空を、じっと眺めていた乙姫が、思い詰めた表情でうなずく。
「ゼクスが何者か、お話いたします。こちらへ。」
右手で随臣を制した乙姫と二人だけで、屋敷の部屋に入った。壁にも天井にも金箔を貼り、隅から隅まで細かな紋様を彫刻した、眩しい部屋に通された。
他の部屋より狭く、それでも差江城の接見の間くらいはある。
部屋の中央に、黒塗りで高い背もたれの付いた腰掛けが二脚、同じ黒塗りの小さな机を挟んでいる。
乙姫が腰掛けのひとつに座り、向いの腰掛けに座るよう合図したので、向き合って座った。
自分を見つめる切れ長の黒い瞳、赤い唇と白い頬。身分も仕草も顔立ちも違うのに、音根と重なる何かが漂う。
こんなに近くで、美しい乙姫と向き合ったのは初めてだ。緊張はしていないつもりだが、胸が激しく鼓動を打つ。
「ゼクスは遠い昔、夜空に輝く星の彼方から飛来した生き物です。」
押し出すような声で語る乙姫の、表情は固い。よほど話したくない理由があるのかと、右手を出して話を止めた。
「乙姫様の悲しげな顔を見ちょると、聞かんほうがええと思うじゃ。」
「いいえ話します。私が悲しいのはゼクスの命が、もう長くないのです。ゼクスのことは太郎様にも、知っていただきたいのです。」
乙姫が話しを続ける。
およそ一千万年前。ゼクスが住んでいた星は、不遇の事故によって崩壊が進んだ。高度な文明を築いていたゼクスは、宇宙間航行船で他の星に新天地を求めた。
何百もの船団は、それぞれの星を目指し、その中の一団が、この星に飛来したと言う。
「星というのは夜に光っとる、あの小さな星か。」
「そうです。小さいのは遠くにあるからで、この大地も、数ある星のひとつです。」
「向こうから見ると、この大地も光っとるんか。」
「いいえ、光っているのはお天道様です。その近くにお天道様の光や熱を恵みとした、生き物の住む星があるのです。」
そういえば、ショウも星に人間が住んでいると言っていた。




