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四-九
笛や太鼓、鐘の音が鳴り響き、踊り子が花笠や花飾りを手に、整然と踊りながら行進を始めた。
見る間に集団があちこちにでき、踊りながら手を伸ばして、輝く小片を掴み取っている。乙姫は踊る集団の間に入って、声を掛けながら歩いている。
「さあ、太郎殿も行きましょう。一緒に踊りましょう、さあ。」
二太夫が袖を引っ張り、執拗に中庭へ誘う。だが身体は凍りついたように硬直して動かない。
「オ、オラ気分が悪うなった、もうしばらくここで座っとる。」
「仕方ないですな、では失礼して拙者は踊ってまいる。気分が良くなったら来てくださいよ。」
そう言い残した二太夫は、踊りの集団に飛び込んで消えた。
迫り来る恐怖を、胸に包み込んで中庭を眺めていると、右肩に誰かの手が乗った。全身に鳥肌が立つ。
---来た、拝塔に連れて行かれる。
抵抗しても無駄だ。もう恐ろしい場に引き出されても、取り乱すまい。地上の人間として笑われないよう、毅然としようと覚悟を決めて、目を閉じた。
すると背中に柔らかい物が押し付けられた。
---え、連れに来たのは女か。
恐る恐る振り向くと、何と加奈が背中に寄り添っているではないか。白粉の香りがなかったので気付かなかった。いや緊張と恐怖で、それさえも感じないのか。
「か、加奈さん。なんで踊っとらんのじゃ。」
「踊っておりましたが、寂しそうな太郎さんを見たので、お誘いに来たのです。」
自分を連行するのなら、激しく抵抗すると考え、屈強な侍が数人で取り囲むだろう。そう考えると、加奈一人が連行役というのは変だ。
窮地に立って、味方を欲する願望か。龍の仲間に違いない加奈であっても、警戒心が沸かない。
しかも逃がれる機会を与えてくれる……そんな見込みのない望みまで強くなっている。一か八か加奈に訴えた。
「オラ、殺される。」
すると加奈が、無言で背後から抱き付いてきた。そのやさしく温かな感触が、震える心を包む。
---加奈と逃げたい。
たとえ逃げ隠れしても小さな国だ。すぐ見つかって捕まるだろうが、それでもいい。中庭は楽しげな踊りの最中で、誰一人こちらを気にかける者はいない。
「加奈さん、奥へ行こう。」
袖を掴んで座敷の奥へ加奈を導くと、素直についてくる。
金貼りの襖を開けて広い畳部屋に入り、その奥の扉を抜けると、もう中庭の喧噪はなくなった。
念のため、さらに奥の部屋を目指す。
松の木が彫られた扉を開くと、そこは左右の壁に緑滴る平原が描かれた大広間だった。
突き当たりに高さ三尺程の白木の大きな舞台が見えた。演芸を楽しむ部屋なのか、床に畳が敷かれている。
誰も彼もが中庭に集まっているのだろう、どの部屋も人の気配がなく、この静けさは妙に無気味だ。
辺りを警戒しながら舞台に腰を掛けると、加奈も横に座った。
「加奈さん……。」
なり振り構っている気持ちは、すでに失せていた。加奈の肩に手を回し、両手で強く抱き寄せた。
加奈は抵抗すら見せず、胸に上体を預けるように倒れてきたので、強引な行為を嫌がっている素振りは感じない。
「女が少しでも嫌がる素振りを見せたら、決して無理強いをしてはいかん。」
万作の言葉が脳裏をよぎった。
一度気持ちを確認しようと、抱き寄せたまま耳元で囁いてみる。
「夕べはオラの勝手で、辛い思いをさせてしもうた。怒っとらんか。」
「そんなこと。」
「良かった。今日も加奈さんの都合も聞かずに、この部屋まで来た。嫌なら踊りに行ってもええぞ。」
「一緒に居とうございます。」
加奈の一言に、絶体絶命の危機を救われた気がし、愛おしさが大広間いっぱいに膨らむ。
龍に食べられる恐怖を忘れたい一心で、そっと顔を近付けて唇を合わせると、ほのかに鯛の臭いがした。
「もう地上に未練はない。生きて加奈さんと一緒にいたい。」
潤んだ瞳を細める加奈の上体を、再び強く抱いた。
抱き合ったまま舞台に倒れ込み、着物越しに加奈の腕から脇、腰へと右手を這わせる。
そのたびに加奈はビクン、ビクンと身体をくねらせる。加奈自身も、身体の反応に、驚いている様子だ。
「オラが初めてか。」
「あい。」
夜伽女ではなかった。地上に帰る望みが断たれ、音根との祝言が絶望となった以上、愛おしい加奈に我が命の証しを残したい。
海に入る前の晩、同じ心境で音根に託したが、もう確認する手立てはない。たとえ海底の国でも我が子が生まれたら、この世に生を受けた意義は全うできる。
荒っぽく着物の裾を割り、右手を太股に滑り込ませると、柔らかくて少し冷たい。加奈の熱くなった吐息が、左肩と首に染み込む。
もう一度腰の辺りを撫でて、背中に手を回すと加奈の腕が首に絡まって、腰を強く押し付けてきた。
---加奈も求めている。
安堵感が余計に気持ちをかき立てる。加奈をやさしく仰向けにして両足の間に割り込み、覆い被さりながら、痛いまでに膨張した一物に手を添える。
その時、扉の向うから数人の男の声が近付く。




