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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
40/86

四-七

「そ、それはならん。加奈さん、着物を着てくれ。」

 美しいとか、可愛(かわい)い以上の魔力(まりょく)()めている加奈が、目の前で(はだか)になったから(たま)らない。意図(いと)せず全身(ぜんしん)の血がしぶきを上げ、股間(こかん)がたぎる。

 それは、とても(おさ)え切れるものではない。これ以上(いじょう)加奈が接近(せっきん)すれば、手に()えなくなるのが分かる。

 大げさに、(はげ)しく両手(りょうて)()き出して加奈を(せい)するが、(かま)わず寝床(ねどこ)に入って来たではないか。

(たの)むから、やめてくれ。」

 両手を()き出し、(あと)ずさりする姿を悪戯(いたずら)っぽい目で追いながら、寝床(ねどこ)()(なか)まで上がり込んだ加奈(かな)は、首まで布団(ふとん)(かぶ)って目を閉じた。


 そこには女の(おく)ゆかしさや、恥じらいは微塵(みじん)も見られない。加奈(かな)は、一太夫の命令を受けた夜伽(よとぎ)(おんな)だろう。

 音根の花嫁(はなよめ)姿(すがた)()かぶ。祝言(しゅうげん)を前にして、こんな夜伽(よとぎ)(おんな)一夜(いちや)(とも)にするなんて、とんでもない事だ。

「やめてくれ。オラには(よめ)がおるけ、いくら加奈(かな)さんでも駄目(だめ)じゃ。」

()()だけですから。」

 加奈(かな)(みぎ)手首(てくび)(つか)まれ、強引(ごういん)布団(ふとん)の中へ引き()まれた。(うで)っぷしには自信(じしん)のある漁師(りょうし)(たお)れ込む。

 加奈(かな)(ゆた)かな乳房(ちぶさ)()(つぶ)すかのように、互いの(むね)(かさ)ねた格好(かっこう)になり、(つか)まれたままの手が、くびれた腰に()えられた。柔肌(やわはだ)が顔や首筋(くびすじ)()い付いてくる。


「だ、駄目(だめ)じゃ。()()だけでも、オラの気持ちが(ゆる)さんのじゃ。」

 言葉では拒否(きょひ)するものの、少し冷たくて(なめ)らかな柔肌(やわはだ)感触(かんしょく)に、ひ(よわ)な理性が翻弄(ほんろう)され、男の本能(ほんのう)がムラムラと首をもたげる。

 全身が(あつ)くなり、(おさ)えが()かない。手が無意識(むいしき)に腰から(しり)に向かって()っている。

腰巻(こしま)きを()って……ください。」

 耳元(みみもと)()じらいを含んだ(ほそ)い声がした。夜伽(よとぎ)(おんな)にも、女の()じらいがあるのか。

 腰巻(こしま)きを外せば加奈は全裸(ぜんら)で、()()ですむ(はず)がない。(しり)に当たっている右手と、加奈(かな)の頭の横で()せた顔が、()()を失っている。


 祝言(しゅうげん)前の貞操(ていそう)(しん)もあるが、ここで加奈(かな)を抱いて(まぐわ)うことになれば、加奈に(おぼ)れて地上に帰る決意(けつい)が消えかねない。

---これ以上踏()()んではいかん、五日(いつか)()ったら地上に帰る身じゃ。

 この決意(けつい)色香(いろか)誘惑(ゆうわく)に勝った。加奈が、そっと身体(からだ)(はな)す。

「すまん。加奈さんが(きら)いではないんじゃが、やっぱりオラは、オラ自身をだますことができん。勘弁(かんべん)してくれ。」

 布団の上で正座(せいざ)し、意識(いしき)して(つよく)くはっきり()げた。加奈は(かな)しそうな目をして聞いていたが、すぐ起き上がって微笑(ほほえ)んだ。

「太郎様の強いお気持(きもち)ちが、よく分かりました。地上(ちじょう)奥様(おくさま)を、うらやましく思います。」

「すまん。本当にすまん。」


 (こめ)つきバッタのように頭を何度(なんど)も下げ(つづ)ける。加奈は()を向けて寝床(ねどこ)を下り、薄紫(うすむらさき)の着物を着終(きお)えると、()り向いて笑顔(えがお)を見せた。

「今夜はおいとましますが、私は太郎様が()きです。明日もお会いできるのを、楽しみにしております。」

 そう言い残し、(とびら)から出てゆく加奈を目で追いかけ、手を頭の後ろに組んで仰向(あおむ)きになった。

 天井(てんじょう)の絵をぼんやり(なが)めながら、決意(けつい)(つらぬ)いた満足(まんぞく)感と、一抹(いちまつ)後悔(こうかい)交錯(こうさく)する。

「明日も来たら、(ことわ)れるじゃろか。」

 加奈(かな)柔肌(やわはだ)()れた顔や手や胸に、(こころよ)感触(かんしょく)が残り、不思議(ふしぎ)()かれる加奈の笑顔と声と、衝撃(しょうげき)的な裸体(らたい)が浮かび、興奮(こうふん)(おさ)まらない。

 物音(ものおと)のない広い空間で悶悶(もんもん)としていると、いつか意識(いしき)が薄らいで、深い眠りに入った。


「お目覚(めざ)めになられましたか。」

 枕元(まくらもと)で一太夫の声がして目を開けた。薄暗(うすぐら)くしていた部屋は明るくなって、部屋の花々が咲き乱れている。まるで美しい花園(はなぞの)の中で目覚(めざ)めた感覚だ。

 昨夜(さくや)(おそ)れた、二度と朝が来ないかもしれないという心配は、一太夫の声で解消(かいしょう)した。とてもよく寝た満足(まんぞく)感で眠さはないが、空腹(くうふく)がすごい。

 一太夫は(こん)色の(かみしも)と、茶の羽織(はおり)姿の正装(せいそう)をしていた。

「よく眠られましたか。」

「ああ、夢も見ずによう寝た。どのくらい寝たんじゃろうか。」

一晩(ひとばん)です。」

 普通は目覚(めざ)めたら、いくらか(ねむ)気が残っているものだ。だが、それが(まった)くない。

()刻も(ろっ)刻も、それ以上に寝た気がするが。海底(かいてい)一晩(ひとばん)何刻(なんこく)じゃ。」


「お()し物でございます。これにお着替(きが)えくだされ。」

 問いに答える素振(そぶ)りもなく、一太夫は新しい着物(きもの)を置いて扉から出ていった。

 (だれ)一人(ひとり)いない部屋だが、着替えを寝床(ねどこ)でするのは気が引ける。風呂場(ふろば)着替(きが)えようと、衣裳を(かか)えて立った途端(とたん)足腰(あしこし)がふらついて(ひざ)から(くず)れた。

「よう寝たためか、歩く感覚まで(にぶ)っちょる。」

 足を(のぞ)き込んで驚愕(きょうがく)した。(いちじる)しく()せて、手も(ふね)ばっている。(ゆう)べはあれだけ飲み食いして寝たのに、翌朝(よくあさ)に手足が(ほね)ばっているなんて……。

「料理に(どく)()ぜられていたんか。この()せようは尋常(じんじょう)とは思えん。」

 無気味(ぶきみ)な不安を()きつつ、風呂場で着替えを終えた。


 ふと浴槽(よくそう)水面(すいめん)に映った顔を見て、また腰が(くだ)けた。まるで頭骨(ずこつ)に皮が()り付いた顔になっている。目も異常(いじょう)に飛び出しているし、(かみ)の毛は寝る前の何倍(なんばい)にも伸びている。

 (ねん)のため、もう一度(いちど)顔を(うつ)して見たが同じだ。見間(みま)(ちが)いではない。

「おーい、誰かおらんか。」

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