六
四-六
弦の音色が変わると、次は見えない糸に引かれるように、両手を広げて前進し、身体を前に折って後退する。
踊りというより、流れる時を制御するかのような、緩やかな動きだ。弦の音色が時には激しく、また清らかに流れる。
我を忘れて見入っていると、一太夫が肩をポンと叩いた。
「豊作の感謝と、太郎殿を歓迎する踊りにございます。」
「こんな神々(こうごう)しい舞いを見とると、魂を抜かれるようじゃ。」
踊り終えた乙姫は姿を消したが、目の奥に青い光の残像が消えない。大広間が明るくなって、誰の合図もなく宴座の人達が、ゾロゾロと出て行く。
「宴はこれまでです。長旅の後でもあり、お疲れになったでしょう。お休みになられるなら、寝所に案内いたすが。」
宴の途中で一眠りしたためか、眠気も疲れもない。
しかしこの屋敷へ入る前から、緊張と驚きの連続だったので、気分を変えるため、案内を頼むことにした。
「こちらでございます。」
足元は酔いで振らつく。廊に出て、少し質素な白い扉を開けた。
---落ち着いて寝られそうじゃ。
しかし、一歩足を入れた途端、口がふさがらなくなった。
寝所とは思えないほど明るくて広く、壁から天井まで広大な花園と青空が描かれている。
---この屋敷は一体何だ。寝所でもこれか。
部屋の奥に二尺ほどの高さの寝床があり、数人が並んで寝ることのできる大きな布団が敷かれ、高い天井から下がった、半透明の天蓋で、ぐるりと囲まれている。
「オラ、こんな所では落ち着いて寝ることができん。」
寝所は生まれたときから狭くて、暗いと決まっている。
「これは失礼しました。明るすぎるのであれば、暗くして差し上げましょう。」
一太夫が手をポンポンと叩くと、部屋が少し暗くなった。
「これでよろしいでしょうか。」
「もっと暗くじゃ。」
もう一度手をポンポンと叩く。
「まだ明るい。」
一太夫が不思議そうな顔をしながら、手をポンポンと叩いた。だいぶ暗くなって、浜の夕暮れくらいにはなった。
「これ以上は暗くなりませんので、ご辛抱くだされ。右手の扉に風呂がありますので、疲れをお取ください。」
淡い草色の寝間着を受け取る。一太夫が寝所を出ようとして、すぐ引き返してきた。
「そうそう明日は屋敷の中庭で、全国民が参加する豊作踊りがございます。それから拝塔で収穫祈祷もございますので、太郎殿もぜひご参加いただきたいとの仰せです。ではごゆっくりお休みくだされ。」
そう言うと一礼し、姿を消した。一人になり、部屋に描かれている花園の絵を、しげしげと眺めた。
「何でこんなに飾りたがるんじゃ。落ち着かんのに。」
折角だから風呂を覗いてみようと、右奥にある白木の扉を開けた。
そこは白と黒の玉石が敷き詰められた木造りの風呂で、中央に四角い木製(木製)の湯船が置かれてあり、たっぷり湯が張られていた。
「表島の城と同じじゃ。浸かってみるか。」
招待を受けて以来、ずっと着たままの羽織と袴を脱ぎ、湯船に入ってみる。
首まで湯に浸かるのは、差江の城に招かれて、入った風呂以来だ。
「ああ、気持ちがええ。こんな風呂に、母ちゃんも入れてやりてえ。」
しばらく湯あみを楽しんだ後、寝間着を着て、寝床に腰を降ろした。
フカフカの柔らかい布団が何とも気持ちよく、天蓋の布が周囲の賑やかな風景を分断し、寝床は思ったより落ち着きがある。
「よう寝られそうじゃ。もう寝るか。」
分厚い布団を被って横になった。だが明日と言っても、海底に朝日は出ない。
いつ朝になるのか。もしや永久に目覚めないのでは……と不安がよぎって、寝付けない。
「朝になったら一太夫さんが起こしに来るんか、太鼓とかの合図でもあるんか。」
高い天井に語りかけていると、聞き覚えのある女の声が耳に入った。
「いえ、太郎様が目覚めた時が朝です。」
寝所は自分だけで、他に誰もいないはず。声のする方を見ると、いつ入ったのか、天蓋の外に加奈が座っているではないか。
宴で会った時の衣裳ではなく、薄い紫の着物に着替えている。それがまた加奈の美貌を引き立て、一段と艶っぽく見える。
眠くないので、他の誰かなら話すのも良いが、加奈では相手が悪い。顔が上気し、鼓動が高鳴る。
踊りが終って加奈の話をしたら、任せてくれと言った一太夫。はっきり断ったのに、手を回したに違いない。
「一太夫め、余計なことしやがって。」
加奈から目を反らせ、小さく舌打ちした。
「いえ、一太夫様とは会っておりません。私の一存で参りました。」
「加奈さんは屋敷の人ではないと聞いたぞ。どうして屋敷におるんじゃ。」
「明日の豊作踊りの支度がありますので、今夜は屋敷にいるのです。」
それにしても、呼びもしない寝所に入って来るのは不可解だ。
「私が寂しいのです、お願いします。」
そう言うと、加奈は立ち上がって帯を解き、着物をハラリと床に落とすと、薄い紅色の腰巻き一枚になった。
細身の白い身体と、たわわな乳房が目に飛び込む。




