五
四-五
奥の扉が開き、薄青の衣裳を身にまとった乙姫が、数人の子供を両脇に伴い、歩いて登場してきた。
大広間に拍手が響き、思わず一緒になって拍手を送る。
玉座に腰掛けた乙姫の藍色の冠は、先の部屋で見たものよりも一回り大きい。
衣裳は南蛮の宮殿で見た、沙理に似ている。
拍手が止むと、乙姫が軽く会釈をしながら、宴席をゆっくり見回す。
こちらを向いた時に目が合い、微笑んだように思えた。
「今日から五日間は、豊作祭です。皆さんのご尽力で豊かな収穫を得られたことは、とても嬉しいことです。私は先ほどまで拝塔のゼクスと話し、さらなる豊かな実りをお願いして参りました。これから皆さんと共に豊作を祝います。」
乙姫の挨拶は続く。わずか二時(約二十分)ばかり面通りしただけの、自分をどう紹介するのか。
「そして今回は、この席に龍を退治した地上の英雄、裏島の太郎様をご招待しております。どうぞ盛大な拍手で、お迎えください。」
一太夫に促されて立ち上がり、乙姫と宴席に向かって深く礼をした。再び拍手が大広間に響きわたる。
やっと儀式らしいものが見られ、海底にも地上と同じ作法があったと安堵した。
笛や太鼓、小鼓、鐘の音が大きくなる。大広間の中央に座っていた踊り子たちが花笠を被り、膳の間を練るように踊り始めた。
席の者も立ち上がって、一緒に踊る。
「さあ、太郎殿も行って踊りましょう。」
遠慮しようとしたが、一太夫に強引に手を引かれて、踊りの列に入った。
能面のようだった侍たちも、今は無邪気な顔をして踊り狂っている。気恥ずかしさはあるが、周囲の手振りを真似て踊ってみた。
「こりゃ気持ちがええ。楽しいもんじゃな。」
「引っ込み思案は、こんな機会を逃がしておるのです。案ずるより踊るが易しですな。」
軽快な音頭に合わせて踊っていると、後方でほのかな白粉の香りがした。香りの方を振り返ると、二十歳くらいで色白の女が、右手後方で踊っている。
この国の女は同じような顔立ちだが、この女は異質で艶かしい。酔いの勢いと浮かれ気分で、女の横へ移動した。
踊りながらチラチラ眺めていると、それだけで下半身が疼いてくる。
「名は何という。」
眺めるだけでは我慢できず、話しかけた。どうせ侍たちと同じで、返事はないだろうから、気楽に声を掛けたのだ。
このまま見過ごすと再び会えない気持ちも、そうさせたと思う。
「加奈と申します。」
驚いたことに、女は赤い唇に笑みを浮かべ、小さな声で答えたのだ。
「加奈というのか、可愛い名じゃ。」
返事をもらった嬉さは格別だった。有頂天になって周囲の状況など忘れ、しばらく加奈かな)と並んで踊った。
心地よい白粉の香りに包まれた、至福のひとときを堪能する。
踊りの列が大広間を一周すると、お囃子の音が小さくなって、踊り子たちは金屏風の裏へ走り込んだ。一緒に踊っていた侍たちも宴席に戻る。
---愉快じゃった。
大きく息をして席に戻ったが、加奈の面影が思考を占拠し、興奮が覚めない。隣で一太夫が酒をすすめながら、話しかけてきた。
「太郎殿、踊りは楽しまれましたか。」
「ええ気分じゃった。あの加奈という女、どこぞの高貴なお方の娘子か。」
「ああ、加奈ですか。あの女はハクビの栽培地域に住んでいて、屋敷の者ではござらん。」
一太夫は悪戯っぽく笑い、酒を一気に飲み干す。
「良い器量の女でございましょう。太郎殿のお目に止まられたのですね、あの女は独り身です。拙者にお任せくだされ。」
「いや待ってくれ、そういう事ではないんじゃ。」
「ここは海の底ですぞ。太郎殿のお気に召すまま、存分に楽しまれよ。」
「オラ、そんなことできん。もう加奈さんとは、会わんでええ。」
五日後には、母や音根が待つ地上に帰る。これは変える訳にいかない。
加奈に再び会えば、その妖艶な魅力に溺れてしまいそうで、会わない方がいいに決まっている。
大広間の奥の方から、不思議な音が流れてきた。首を伸ばして音の出所を見ると、中年の男女が、大きな杓子に見える奇妙な楽器を奏でている。
「あれは何という楽器じゃ。」
「弦というもので、高い音や低い音が出せるのです。」
なるほど、鐘や太鼓と違って、音が変化している。弦の幾重も重なり合った複雑な音色が耳に心地よい。
「弦の演奏で、乙姫様が踊られます。」
あぐらを組んでいた一太夫と二太夫が、正座に変えた。見ると侍達も、農夫や職人も正座しているので、座り直してその時を待つ。
弦に鐘や太鼓が加わって、広がりに満ちた音色が大広間を埋める。
やがて大広間が薄暮ほどに光を落とし、薄青の衣裳をまとった乙姫が、奥から滑るように現れた。手には二尺ほどの白い勺が輝く。
宴席の視線が乙姫に注がれ、澄み切った緊張が漂う。
大広間の中央に立つ乙姫の身体までが、青白い光をほのかに発し、あたかも女神が出現したような、錯角を覚えた。
乙姫は弦の音色に合わせて、勺を前に飾してゆっくり回る。




