表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
38/86

四-五

 (おく)の扉が開き、薄青(うすあお)衣裳(いしょう)を身にまとった乙姫が、数人の子供を両脇(りょうわき)(ともな)い、歩いて登場(とうじょう)してきた。

 大広間に拍手(はくしゅ)(ひび)き、思わず一緒(いっしょ)になって拍手(はくしゅ)を送る。

 玉座(ぎょくざ)(こし)掛けた乙姫の藍色(あいいろ)(かんむり)は、先の部屋で見たものよりも一回(ひとまわ)り大きい。

 衣裳(いしょう)南蛮(なんばん)宮殿(きゅうでん)で見た、沙理(さり)()ている。

 拍手(はくしゅ)が止むと、乙姫が軽く会釈(えしゃく)をしながら、宴席(えんせき)をゆっくり見回(みまわ)す。

 こちらを向いた時に目が合い、微笑(ほほえ)んだように思えた。


「今日から五日(いつか)間は、豊作(ほうさく)(さい)です。皆さんのご尽力(じんりょく)で豊かな収穫(しゅうかく)を得られたことは、とても(よろこば)しいことです。私は先ほどまで拝塔(はいとう)のゼクスと話し、さらなる(ゆた)かな(みの)りをお願いして(まい)りました。これから皆さんと(とも)豊作(ほうさく)(いわ)います。」

 乙姫の挨拶(あいさつ)は続く。わずか二時(にとき)(約二十分)ばかり面通(めんどう)りしただけの、自分をどう紹介するのか。

「そして今回は、この席に(りゅう)退治(たいじ)した地上の英雄(えいゆう)裏島(うらしま)太郎様(たろうさま)をご招待(しょうたい)しております。どうぞ盛大(せいだい)拍手(はくしゅ)で、お(むかえ)えください。」


 一太夫に(うなが)されて立ち上がり、乙姫と宴席(えんせき)に向かって(ふか)(れい)をした。(ふたた)拍手(はくしゅ)が大広間に(ひび)きわたる。

 やっと儀式(ぎしき)らしいものが見られ、海底にも地上と同じ作法(さほう)があったと安堵(あんど)した。

 (ふえ)太鼓(たいこ)小鼓(こづつ)(かね)の音が大きくなる。大広間の中央(ちゅうおう)に座っていた踊り子たちが花笠(はながさ)(かぶ)り、(ぜん)の間を()るように踊り始めた。

 席の者も立ち上がって、一緒(いっしょ)に踊る。

「さあ、太郎殿も行って踊りましょう。」

 遠慮(えんりょ)しようとしたが、一太夫に強引(ごういん)に手を引かれて、(おど)りの(れつ)に入った。

 能面(のうめん)のようだった侍たちも、今は無邪気(むじゃき)な顔をして踊り(くる)っている。気恥(きは)ずかしさはあるが、周囲(しゅうい)手振(てぶ)りを真似(まね)て踊ってみた。

「こりゃ気持ちがええ。(たの)しいもんじゃな。」


()っ込み思案(じあん)は、こんな機会(きかい)()がしておるのです。(あん)ずるより踊るが(やす)しですな。」

 軽快(けいかい)音頭(おんど)に合わせて踊っていると、後方(こうほう)でほのかな白粉(おしろい)(かお)りがした。(かお)りの方を振り返ると、二十(にじゅっ)(さい)くらいで色白(いろじろ)の女が、右手(みぎて)後方(こうほう)で踊っている。

 この国の女は同じような顔立(かおだ)ちだが、この女は異質(いしつ)(なまめ)かしい。()いの(いきお)いと()かれ気分で、女の横へ移動(いどう)した。

 踊りながらチラチラ(なが)めていると、それだけで下半身(かはんしん)(うず)いてくる。

「名は(なん)という。」

 (なが)めるだけでは我慢(がまん)できず、話しかけた。どうせ侍たちと同じで、返事(へんじ)はないだろうから、気楽(きらく)に声を()けたのだ。


 このまま見過(みす)ごすと(ふたた)び会えない気持(きも)ちも、そうさせたと思う。

加奈(かな)と申します。」

 (おどろ)いたことに、女は赤い(くちびる)()みを()かべ、小さな声で答えたのだ。

加奈(かな)というのか、可愛(かわい)い名じゃ。」

 返事(へんじ)をもらった(うれし)さは格別(かくべつ)だった。有頂(うちょう)(てん)になって周囲の状況(じょうきょう)など忘れ、しばらく加奈かな)と並んで踊った。

心地(ここち)よい白粉(おしろい)の香りに包まれた、至福(しふく)のひとときを堪能(たんのう)する。

 踊りの列が大広間(おおひろま)一周(いっしゅう)すると、お囃子(はやし)の音が小さくなって、踊り子たちは金屏風(きんびょうぶ)(うら)へ走り込んだ。一緒(いっしょ)に踊っていた侍たちも宴席(えんせき)に戻る。

---愉快(ゆかい)じゃった。


 大きく(いき)をして席に戻ったが、加奈(かな)面影(おもかげ)思考(しこう)占拠(せんきょ)し、興奮(こうふん)が覚めない。(となり)一太夫(いちだゆう)が酒をすすめながら、話しかけてきた。

「太郎殿、踊りは楽しまれましたか。」

「ええ気分(きぶん)じゃった。あの加奈(かな)という女、どこぞの高貴(こうき)なお方の娘子(むすめご)か。」

「ああ、加奈(かな)ですか。あの女はハクビの栽培(さいばい)地域(ちいき)に住んでいて、屋敷の者ではござらん。」

 一太夫は悪戯(いたずら)っぽく笑い、酒を一気(いっき)に飲み()す。

「良い器量(きりょう)の女でございましょう。太郎殿のお目に()まられたのですね、あの女は(ひと)り身です。拙者(せっしゃ)にお(まか)せくだされ。」

「いや待ってくれ、そういう事ではないんじゃ。」


「ここは海の底ですぞ。太郎殿のお気に()すまま、存分(ぞんぶん)に楽しまれよ。」

「オラ、そんなことできん。もう加奈(かな)さんとは、会わんでええ。」

 五日(いつか)後には、母や音根が待つ地上(ちじょう)に帰る。これは変える(わけ)にいかない。

 加奈(かな)に再び会えば、その妖艶(ようえん)魅力(みりょく)(おぼ)れてしまいそうで、会わない方がいいに()まっている。

 大広間(おおひろま)の奥の方から、不思議(ふしぎ)な音が流れてきた。首を()ばして音の出所(でどころ)を見ると、中年の男女が、大きな杓子(しゃくし)に見える奇妙(きみょう)楽器(がっき)(かな)でている。

「あれは何という楽器(がっき)じゃ。」

(げん)というもので、(たか)い音や(ひく)い音が出せるのです。」


 なるほど、(かね)太鼓(たいこ)と違って、音が変化(へんか)している。(げん)幾重(いくえ)も重なり合った複雑(ふくざつ)音色(ねいろ)が耳に心地(ここち)よい。

(げん)演奏(えんそう)で、乙姫様が踊られます。」

 あぐらを()んでいた一太夫と二太夫が、正座(せいざ)に変えた。見ると侍達も、農夫(のうふ)職人(しょくにん)正座(せいざ)しているので、座り直してその時を待つ。

 (げん)に鐘や太鼓が加わって、広がりに()ちた音色(ねいろ)が大広間を()める。

 やがて大広間が薄暮(はくぼ)ほどに光を()とし、薄青(うすあお)衣裳(いしょう)をまとった乙姫が、奥から(すべ)るように現れた。手には二尺(にしゃく)ほどの白い(しゃく)(かがや)く。

 宴席(えんせき)視線(しせん)が乙姫に(そそ)がれ、()み切った緊張(きんちょう)(ただよ)う。


 大広間の中央(ちゅうおう)に立つ乙姫の身体までが、青白(あおじろ)い光をほのかに発し、あたかも女神(めがみ)出現(しゅつげん)したような、錯角(さっかく)(おぼ)えた。

 乙姫は弦の音色(ねいろ)に合わせて、(しゃく)を前に(かざ)してゆっくり(まわ)る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ