四
四-四
「この屋敷の中は、夜になると暗うなるんか。」
隣の侍に問いかけてみたが、何も答えない。別の侍にも問うが、返答がない。
そっと横目で顔を覗き見ると、どの顔にも表情が感じられない。
---こいつらは死人か、もしや人型か。
すると二太夫が、後方から急ぎ足で近付いてきた。
「屋敷は暗くなりませぬ。なぜなら、この壁や柱、天井そのものが光っているからです。それと従属の者は乙姫様の許可なく、太郎殿とお話ができないのです。ご容赦くだされ。」
「何故じゃ。」
「それは先ほどの拙者のように、そなたがお気に召さぬことを口走ると、乙姫様が悲しむからです。」
少し歩き、また大きな扉の前に立った。この扉には松に佇む鶴や、空を羽ばたく数羽の鶴などを金、銀で彫刻した装飾が配置されている。
「見事な細工じゃなあ。この屋敷は全部こんな調子か。」
誰一人それに答えないまま、大きな扉が音もなく左右に開いた。二太夫に軽く背中を押されて中へ入ると、先の接見の間を二部屋合わせたくらいの、大広間が目前に広がった。
大広間にも松と鶴の絵や、彫刻が配備されている。
座敷には向かい合わせた食膳が、四列並んであり、全部で百膳はある。
あちらこちらに羽織の侍たちや、農夫らしい姿の男女が数人ずつ座り、もう楽しげに酒杯を酌み交わしていた。
自分は漁師育ちで、礼儀作法は学んでいないが、宴席とは誰かの音頭で始まると聞いている。だから勝手に盛り上がっているのは、どうも解せない。
「太郎殿の席は、あちらでございます。」
一太夫が指さした先は、大広間の奥に位置する金屏風の前、つまり最上座だ。座布団は大きく色も豪華で、さぞかし偉い御仁が座るであろう席に違いない。
「オラが座るところじゃないけ、他の席にしてくれんか。」
「太郎殿が座る御席です。今日は豊作祭の初日ですが、太郎殿の歓迎の日でもある訳でして。」
仕方なく座ったが、落ち着かない。上座から大広間を見渡すと、いつの間にか侍達が大勢集まっていて、和んでいる。
その後も農夫や職人風の者が、ゾロゾロ入って膳を埋めていく。
この国は身分の区別なく、平等な席に座るのだと感心したが、八列の膳があらかた埋まって酒も交わし、もう食事も楽しんでいるなんて……。
あまりにも無礼な行為だと思い、一大夫に問うてみる。
「主である乙姫様が来て、合図や挨拶があって、宴が始まるのと違うんか。」
隣の一太夫を見ると、すでにムシャムシャと食事中だ。
「宴は始まっております。さあ太郎殿もどうぞ。」
この国には、この国の流儀や作法があると思い、従うべきだと小さくうなずいた。
黒塗りの膳には、見たこともない料理が盛られている。
「これは何という料理じゃ。奇妙な色をしとる。」
「これはハクランと申しまして、ハクビという海藻の茎を刻んで和えた、我々の主食です。
その横の黄色いのがカンで、たいそう香ばしい料理です。まあ食してくだされ、きっとお気に召す。」
一太夫に勧められるまま、箸を付けてみた。すると今まで味わったことのない、風雅な香りと味が口の中を満たす。
酒も勧められて杯を傾けた。これもまた万作の家や、差江の城で飲んだ酒とは違い、格段に旨い。
飲みながら、またひとつの疑問が頭をよぎった。
「ここは海の中じゃろ。何で酒が注げるんじゃ。海水に溶けてしまわんのか。」
顔の前で手を振ってみるが、海水の気配がない。ここは本当に海の中か、それとも夢をみているのか。
「ハハハ、そんなことを気にしなさるとは。ここは海の中ですが、酒と海水は混ざりません。風呂にも入れますぞ。」
訳の分からない説明だが、無理にでも納得するしかない。
「こんな美味い料理や酒が、この世にあったんか。」
「喜んでいただき、拙者も嬉しい。さあさあ、遠慮のうやってくだされ。」
料理を食べ尽くすと、すぐ次の膳が運ばれて来る。だから膝の前は、常に料理で溢れる。
極上の味わいに、つい限度を越えていることに気付かないまま、四の膳まで進んでいた。酒はどのくらい飲んだのか見当がつかず、目の前がグルグル廻る。
「ちょっと横になりたい。」
苦しげにつぶやくと、一太夫が布張りの立派な木枕を差し出した。
「太郎殿、まだまだ宴は長い。乙姫様のご来場も先ですので、ひと眠りなさればよろしい。時が来たら起こして進ぜよう。」
もう限界が来ていたので、一太夫の言葉が終わらないうちに横になっていた。
フカフカの座布団と、安定感のある木枕の感触も手伝って、急速に眠りが襲う。
ふと目が覚め、行儀を気にして飛び起きたが、宴は変わりなく続いていた。
すでに酔いは覚めて、腹も空いている。どのくらい眠ったのだろう。周りを見渡すと、眠る前と様子が何も変わっていない。
「よう寝たようじゃ。頭がすっきりしとる。」
「お目覚めですか。そろそろ乙姫様がご来場なされるので、ちょうど良かったですな。」
突然、かん高い笛の音色が大広間に響き渡った。金屏風の裏から、三十人ほどの踊り子たちが花笠を手にし、大広間の中央で二列に座った。
「乙姫様のご来場ですぞ。」




