二
四-二
上がり口の両脇に、きれいな衣裳の十五歳前後の男女が十人ずつ、壁を背に正座して両手を付き、自分を迎えている。
ショウの言ったとおり、まさしく人間がいた。これを現実として受け入れていいのか……。その人間は、表島でも見たことのない、豪華な衣装だ。
そして余りの歓迎ぶりに、身が固まる。
---ど、どうすりゃええんじゃ。どこへ行きゃ……。
すると奥から薄茶の羽織・袴姿で、後頭部に小さな髷を結った、小柄な老人が近付いてきた。前に立ち、一度深く頭を下げると、にっこり笑いながら中へ入るよう右手で促した。
「ようこそ太郎殿、拙者は一太夫と申しまする。そなたの案内役にございます。ささ、どうぞ中へ。」
「……。」
導きに従って上がり口へ向かい、草履を脱ごうとすると、一太夫はそれを制した。
「ここは海の中ですから、そなたの草履は汚れておりません。そのままお上がりくだされ。どうぞ、遠慮はいりませぬ。」
後ろ手に組んだ一太夫に付いて、両側で平伏する子供達の間を、背を丸めて通り抜ける。
その少し奥にも、立派な衣装の侍が、廊の両側に十人ずつ正座し、前に差し掛かると平伏する。
---まったく、大仰過ぎやせんか。
こんな過大な迎えを受ける身分ではなく、そういった経験もない。目だけで辺りを見回しながら歩く。
長い廊には窓も行灯もないのに、めっぽう明るい。それは白い壁や赤い柱、彫刻を施した高い天井そのものが光を放っているのだと、すぐに解した。
「あ、あ、い、一太夫さんじゃったな。オラ、こんな立派な御殿に来たことがないで、頭が妙になっとる。」
ここに来て、初めて発した言葉がこれである。
「太郎殿は客人ですから、そう硬くならずに、楽しんでくだされ。」
半分ほど振り向いた一太夫の声に、少し心が和らいだ。足許に目をやると、廊は七色に変化しながら輝いている。
「この廊もきれいじゃ。」
「貝殻を砕いて敷き詰めておりまする。お気に召されたとは、嬉しい限りです。」
「いやはや、このような屋敷を造った乙姫様は、大層な石高のお方じゃろう。」
「石高とか、そんなものはこの国にはございません。乙姫様は龍がいなくなったので、大切なお方をお迎えするために、建て変えられたと聞いております。」
今度は振り向きもせず、手を後ろに組んだまま廊を進む。
「今まで、どんなお方が迎えられたんじゃ。」
「さあて、拙者は太郎殿の案内を仰せ遣ったが、他は知りませぬ。」
廊の中ほどまで歩くと侍が四人、壁を背にして一列に立っている。その向かいに赤い大きな扉がある。
一太夫が振り返って微笑み高さ三間、幅二間はある、大きな扉の前に立って背を伸ばした。
縁取りは黄金で、全面にきめ細かな市松模様の彫刻が散りばめてある。これが部屋の扉とは。
「この国には、さぞ腕のええ彫り師がおるんじゃろうな。」
だが返事はない。差江の城とは比べ物にならない拵えに、美術品を眺める心地で感嘆していると、一太夫が扉に手を触れ、音もなく左右に開いた。
「太郎殿をお迎えする、接見の間でございます。お入りになって、ごゆるりとお寛ぎくだされ。」
一太夫に付いて入ると、四丈(約十二m)角はあろう広間だ。真っ白の壁に真紅の丸い柱が、同じ間隔で埋め込まれ、その間には華頭形で朱塗りの障子窓が。
高い天井は輝く金箔で、床には太い金糸や赤糸で織り込んだ、色鮮やかな敷物が全面に敷き詰められている。
広間の奥に白木の壇があり、その正面に案内された。茫然と立っていると一太夫が座布団を差し出し、座るように促して扉から出ていった。
誰もいない広間に一人で座っていると、いい知れない不安が襲う。海底という未知の世界、贅を極めた屋敷。そればかりか、音が全くしないことも不安をあおる。
「ここに来る前から覚悟はできとる。何が出ても驚かんぞ。」
自分を奮い立たせようと、必死に暗示をかける。だが不安は、それに負けじと強く迫る。
「そうじゃ、お母が包んでくれた梅と、音根の握り飯があった。」
気を紛らわせるにはちょうどいい。首に巻いていた風呂敷を膝の上で解く。
「梅は海の中にないじゃろうと、手土産に持ってきたが、こりゃ恥ずかしゅうて出せんな。」
母には悪いと思いながら風呂敷を広げると、五十個ばかりの梅の実は、黒く干からびて縮み、種にこびり付いている。
音根にもらった五個の握り飯も、小さく固まって形なく炭化し、ポロポロ崩れる筍の皮に付いていた。
海の中なので、地上と同じ状態を保てなかったと思うが、まるで五年も十年も前から持っていたような変質ぶりに驚いた。
「まだ何日も過ぎとらんのに、海の中ではこんなに痛むもんか。」
そういえば海に入って、この屋敷に着くまで何十日、いやそれ以上の長い間、ショウの甲羅に乗っていた気がしたが、劇的な環境の違いに翻弄された錯角と思っていた。
「まさか。オラの思い過ごしじゃ。海の底に来て、やっぱり頭が妙になっとる。」
仕方がないので、小さくなった梅と握り飯を、風呂敷ごと丸めて懐深くに仕舞った。




