第四章 煌びやかな屋敷で、美しい乙姫と妖艶な加奈に心を揺さぶられ、拝塔で会ったゼクスに人間と自然との関係を学ぶ
四-一
「きれいじゃな。」
我を忘れて見とれているうち、海藻の森を抜けたようだ。周辺は更に明るくなって、黄金色の光が、砂地から沸き上がっている。何とも言いようのない奇妙な風景が、目前に広がった。
「明るいのは、あの光じゃったんか。何で下から光が射しとるんじゃ。」
「先ほど申しました天上から落ちてきた火の玉が、この地で土や砂や岩になって、今もずっと光っているのです。さあ、私達の国に着きました。」
沸き上がる光の中に突入した。
「ま、眩しい。」
両腕で目を覆う。今まで真っ暗闇の中にいたためか、明るさが目に痛い。
「すぐに慣れますよ。地上の昼間と同じ程度の明るさですから。」
ゆっくり目を慣らして腕を放すと、思いがけない景色が目に飛び込んできた。
「うぁ……。お、お城が浮かんどる。」
眼下に大きな城と白い塔が、地面から沸き出す光に浮かんで並んでいるではないか。
まだ遠くて、はっきりとは分からないが、城の屋根は緑色だ。その城を囲む長い塀が、遥か彼方まで続き、遠方は光に溶け込んで見えない。
「すっげえ、あれが領主の城か。」
「先ほどお話した龍宮で、以前の防龍砦です。この国には戦さがありませんので、地上で言うお城ではなく、国の人たちが宴を開いたり、祀り事に使ったりしています。私達はお屋敷と呼んでいます。」
「何で、あんなにきれいんじゃ。」
「そんなにきれいですか、私達には普通ですよ。ここは岩も砂も、光を放っているため、きれいに見えるのでしょう。」
生まれて初めてみる美しい建物や景色に、瞬きすら忘れている。
「ショウさん。龍もサメも、上から襲って来たじゃろ。あの塀では、役に立たんのでは。」
「いいところに気が付きましたね。あれは塀に見えますが、国の人達が住んでいる家です。地上にも長家があるでしょう、あの塀全部が長家と思ってください。」
だいぶ近付いたが、塀に囲まれた広大な畑が広がっているだけで、民家は一軒もない。
建物といえば城にしか見えない屋敷と白い塔と、黒い蔵のようなものだけだ。
「龍やサメが襲って来たらお屋敷と、あの黒い建物に避難していました。」
海底近くまで降下すると、地面から沸き出す黄金色の光に、全身が包まれた。上方を眺めると真っ黒な空が広がっている。地上なら曇った新月の夜だ。
ショウは輝く海底から一丈(約三m)ほど上を、屋敷に向かって水平に進む。前方に大きな白い壁が迫ってきた。
横長の白い壁は緑の屋根を冠し、真正面に真ん中をくり抜いた、半円形の壁が出っ張っている。
その上に赤い櫓が乗り、それはあたかも巨大な門番が入場を阻んでいるかのように見える。あの門番の股をくぐって、中に入るのか。
「でっかい門じゃ。丸十の船でも楽にくぐれる。」
「あれは歓迎門と申します。お招きした大切な方をお迎えする正門です。」
理解を超えた規模、美しさに呆然としているうち、ショウは厚さのある門を一気にくぐった。門を抜けると上から見えていた城、いや屋敷を下から眺めることになった。
「うわ、わ……。」
ただ美しく、大きな建物というだけではない。威風漂う容貌に心を吸い取られる思いがする。目の前には白い石畳が弧を描いて屋敷に続き、その両側は松並木が整然と連なる。
「これは夢じゃ、夢じゃ。この世にこんなきれいな物がある筈がない。」
次々と目に飛び込む景色は、言葉にならない美しさと壮大さで迫る。目をこすったり、頬をつねったりして確かめるが、間違いなく現実だ。
ショウは白い石畳すれすれに、ゆっくり進む。そこを曲がると、真紅の大きな扉が現われた。近づくにつれ、扉が覆い被さる錯角を覚える。ショウが扉の手前で静かに着地した。
「到着です、長旅お疲れさまでした。ここからは一人で歩いて、お屋敷へお入りいただきます。」
言われるまま、ショウの甲羅から下りたが、想像を絶する景色を目の当たりにし、ショウに声をかけることさえ忘れて立ちすくむ。
真紅の扉の前に立つと、自分を待っていたかのように扉は音もなく、ゆっくりと左右に開いた。その向こうは光を噴き出す地面に、緑の芝草が輝く明るい庭がある。
「一人で行けって……。何も知らんのに、無理じゃ。」
一人になった途端、心細さと恐怖で、足を前に踏み出せない。振り向くと、もうショウはいなかった。
広い庭の先に、赤と黒の格子造りの扉がある。あれが屋敷の玄関だろうか。このような建物は魚や亀にとって、無用の長物ではないのか……と考えると、もしかしてショウの言っていた人間が、本当にいるのかもしれない。
---よーし、行かなきゃ。
足を励まし、格子造りの扉まで進んで前に立った。すると、この扉も静かに左右に開いた。
ゆっくり開く扉の間から、光が溢れて全身を包み込む。
「うおっ、お天道様を浴びたようじゃ。」
手の甲で光を遮っていると、中から子供の可愛い声が聞こえる。それは一人や二人の声ではない。
「太郎様、ようこそおいでくださいました。」
目を慣らしながら中を覗き込むと、幅二間ほどの廊が真直ぐ奥へ延びている。ここが屋敷の玄関そうだ。




