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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
33/86

十二

三-十二

 着物がずぶ()れになって、身動(みうご)きがままならないのに、それもない。本当(ほんとう)に海の中だろうか。

 見回(みまわ)すと頭上(ずじょう)に暗い海面の波紋(はもん)(ただよ)い、下方は()(くら)で確かに海の中だ。

「もう太郎様は、私と同じ体質(たいしつ)になっています。海を出ると体質(たいしつ)は元に(もと)りますが、海の中にいる(あいだ)はずっと続きますので、ご心配(しんぱい)なく。」

 ショウは暗い海中(かいちゅう)を、(すべ)るように潜行(せんこう)している。その(かん)、これから行く海底の国を説明(せつめい)するなど、声を()け続けてきた。

「ショウさんの住む(くに)は、(なん)という()じゃ。」

 国にも名前(なまえ)があるのだった。それは決めていないので、ショウは(あわ)てた。するとリュウビから「交流(こうりゅう)している国がないため、国名(こくめい)はないのです。」と(つた)えてきた。


 海底(かいてい)仲間(なかま)が会話を傍受(ぼうじゅ)し、援護(えんご)してくれる。ショウは意を(つよ)くし、これから行く名前のない国のことを太郎に話した。それは同時(どうじ)仲間(なかま)にも()かせ、つじつまを合わせるためでもある。

(わたし)(たち)の国は以前、乙我(おとが)(さま)という王が(おさ)めておりましたが、龍の襲撃(しゅうげき)で殺されました。当時(とうじ)八百(はっぴやく)(にん)いた国民が、度重(たびかさ)なる襲撃(しゅうげき)によって、六百(ろっぴゃく)(にん)ほどに()りました。その後、一人(ひとり)(むしめ)乙様(おとさま)が後を()ぎ、龍の襲撃(しゅうげき)から国民(こくみん)を守る(とりで)()てたのです。」


 ショウの話は(つづ)いた。

 少し前に龍が(ひがし)(うみ)で死んでいるのが発見され、姫は(とりで)屋敷(やしき)に建て直し、その名を龍宮(りゅうぐう)と名付けた。また別に獰猛(どうもう)深海(しんかい)ザメによって国民が多数(たすう)犠牲(ぎせい)になっていたが、天上(てんじょう)(ほし)から来たゼクスという生き物が撃退(げきたい)するので(おそ)って来なくなり、平和(へいわ)であるなど。

 ショウの話に耳を(かたむ)けているうちに不安(ふあん)()え、その素晴(すば)らしい国を(はや)く見たいと、(たの)しみが増幅(ぞうふく)していく。

 海に入って、どのくらい()っただろう、あまりにも長い(みち)のりだ。甲羅に(またが)ったまま()るが、何度(なんど)目覚(めざ)めても()(くら)(やみ)

 目を()じているのか(ひら)いているのかさえ分からず、目の(まえ)に手をかざしても(まった)く見えない。まるで意識(いしき)だけが、フワフワと空間(くうかん)様酔(さまよ)っているようだ。


 このままずっと甲羅(こうら)に乗せられ、いつか(おそ)われるか()(おと)されるのではないか……。もう何十(なんじゅう)(にち)甲羅(こうら)の上にいる気がして(こころ)(ぼそ)くて、全身(ぜんしん)が張り()けそうだ。

「ショウさん、(なが)いな。もう豊作(ほうさく)(さい)とやらは()わっとるじゃろな。」

「いえ、(みな)が太郎様を心待(こころま)ちにしていますから、到着(とうちゃく)するまで始まりません。」

 今はショウの言葉を(しん)じるしかない。だが不安(ふあん)が大きくなるばかりで、もう()えられなくなった。

「ショウさん。ひ、()(かえ)してくれんか。お(ねが)いじゃ。」

 ショウが気分を(がい)すれば、危険とは分かっているが、つい口走(くちばし)ってしまった。しまった、ここで(ころ)される。だがショウは変わらず、(やさ)しく(こた)える。


「もう少しのご辛抱(しんぼう)です。真下(ました)(もぐ)っていませんので、少々の(とき)はかかります。」

「いや、もう十分(じゅうぶん)じゃ。ここまで連れて()てもらい、オラは満足(まんぞく)したじゃ。」

「ずっと暗いので不安(ふあん)でしょうが、()れない深い海の中ですから。私はいつも、こんな(うみ)(およ)いでいるのですよ。」

「ショウさんは(まわ)りが見えるじゃろうが、オラは(なに)()えん。引き(かえ)してくれ。オラが(かえ)ると言えば、すぐ帰すと約束(やくそく)しとるで。」

 ショウを怒らせたくないので、()(ごえ)懇願(こんがん)する。

「そうですね、引き(かえ)してもいいですけど。あと(ひゃく)も数えれば、海底の(くに)が見えてきますよ。」


 ショウはもうすぐ()くと言う。だが(すす)む時に(かん)じる(しお)圧力(あつりょく)がない。やっぱりダマされていると観念(かんねん)しかけた時、遠くの前方(ぜんぽう)に小さな光の(てん)が見えた。

 長い暗闇(くらやみ)が続いたので、光恋(ひかりこい)しさの(まぼろし)かと目をこすってみるが、やっぱり見える。それは漆黒(しっこく)(やみ)に、ポツリと(あな)()けたような小さな(てん)で、ユラユラ()れている。

「前方に、(ひか)るものが見えるでしょう。」

 ショウの(こえ)で光は錯角(さっかく)でも、(まぼろし)でもないことが分かった。でも(ふか)い海の中の(ひかり)は、クラゲの発光(はっこう)ではないのか。

「あの(ひかり)が、私たちの国です。もう(すこ)しです。」


「こんな(ふか)い海の中に、(なん)(ひかり)があるんじゃ。」

大昔(おおむかし)のことです。空から火の(たま)が落ちて来まして、それ以来(いらい)あの一帯(いったい)は、ずっと(ひか)っています。そこに私達の(くに)があるのです。」

 米粒(こめつぶ)のような小さな点が、黄味(きみ)がかった円形(えんけい)になり、大きくなるにつれ、輪郭(りんかく)がぼやけながら横に広がってゆく。光の(かた)まりは速度(そくど)を早めながら、どんどん横に長くなり、ショウの甲羅(こうら)が見えるまで、(あた)りが明るくなった。

---海の中が明るいなんて。

 不可解(ふかかい)な光でも、やはり光に(つつ)まれるのは(うれ)しい。ホッとした気持ちで周囲(しゅうい)見回(みまわ)すと、茶色(ちゃいろ)や緑の海藻(かいそう)をすり抜けて進んでいる。


 海藻(かいそう)の周りには大小(だいしょう)無数(むすう)の魚が、(あわ)い光を反射しながら行き来している。

「でっかい海藻(かいそう)に、すごい数の魚じゃ。」

「大きな海藻(かいそう)は、ずっと上まで伸びています。幅の広い()を広げたものから、(はり)のような細い葉の海藻(かいそう)、太い(みき)を持つ海木(かいぼく)も見えるでしょう。私たちに養分(ようぶん)を与えてくれる、大切(たいせつ)(もり)です。」

 種類は何千(なんぜん)とあるらしい。光があるので、元来(がんらい)浅瀬(あさせ)に生えるワカメやコンブも群生(ぐんせい)していると言う。

 珊瑚(さんご)(しょう)が見えてきた。赤や(べに)(むらさき)()が入り(みだ)れた、(あざ)やかな(しょう)形成(けいせい)している。珊瑚(さんご)小魚(こざかな)の快適な()()であり、(かく)()と聞いている。

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