表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
31/86

三-十

 まして人間が(はい)るべきではない海の中。ショウがどんな約束(やくそく)をしようと、過酷(かこく)現実(げんじつ)が待っていると(かんが)えていい。(あずさ)が言うように、亀の(たくら)みも(にお)う。

「オラ、大海亀(おおうみがめ)が、ありもしないことを言う(わる)(やつ)とは、思えんじゃ。海の中が(あか)るうて、人間(にんげん)がおったら()うてみたい。一人(ひとり)で行かせるのが心配(しんぱい)なら、二人(ふたり)でもええ。勘次(かんじ)はどうじゃ。」

「オラはダメじゃ。あの(くすり)を飲んで、いっぺん海に入っとるで、(かめ)がもう(もぐ)れんと言うた。」

「あたいが一緒(いっしょ)()く。もし太郎さんが(もど)らんかったら、(たよ)親戚(しんせき)がないで。」


 母の急死(きゅうし)がなければ、祝言(しゅうげん)()げていた二人(ふたり)だ。どんな危険(きけん)()おうとも、運命(うんめい)(とも)にしたいと、考え()いた進言(しんげん)だろう。

「いかん。(なに)があるか見当(けんとう)も付かん海の中じゃ、音根(おとね)(おそ)ろしい(おも)いは、させとうない。」

 頭を()れて(はなし)を聞いていたおりんが、(くち)(とが)らせて天井(てんじょう)(あお)ぎ、目を()じた。小さい(ころ)から気が(よわ)く、()(むし)で引っ込み思案(じあん)だった太郎が、(りゅう)との(たたか)以来(いらい)見違(みちが)えるほど(つよ)くなっている。

 そして今は覚悟(かくご)()めて、海に(いど)もうとしている。ここで無理(むり)断念(だんねん)させると、一生悔(いっしょうく)いが(のこ)ると考えた。


「太郎は()くんじゃな。なら、一人(ひとり)()け。そんで亀に、何があっても(いのち)保証(ほしょう)をすること、必ず五日(いつか)で帰すことを(つよ)約束(やくそく)させろ。海に入って(なに)()えんかったら、すぐ()(かえ)すこともじゃ。」

 そして、(いのち)(すく)った子亀(こがめ)を、五日(いつか)(あいだ)だけ、万作(まんさく)の家で(つな)いでおく質草(しちぐさ)作戦(さくせん)も出した。

「万作はんが子亀(こがめ)(しち)()るで、どれひとつ欠けても子亀(こがめ)(いのち)はないと()え。」

 おりんは、あふれる(なみだ)()きながら()()って、両手(りょうて)(にぎ)った。


()て行くのは、表島(おもてじま)殿様(とのさま)(もろ)うた着物(きもの)にしよう。そうじゃ手土産(てみやげ)は、海の中にないじゃろう(うめ)()(つつ)もうな。」

 涙声(なみだごえ)旅立(たびだち)ちを気遣(きづか)うおりんを見て、音根(おとね)(あずさ)が泣き(くず)れ、勘次(かんじ)の目からも涙が(したた)()ちる。

 おりんの(ゆる)しが出て、海に入る希望(きぼう)(かな)った。だが、それが現実(げんじつ)となった途端(とたん)身震(みぶる)いが止まらなくなった。もう()()がれない。海の中で(たの)しく()ごし、元気(げんき)に帰ることだけを(かんが)えよう。

「明日は(はや)い、もう()るか。」

 ()()るような弱々しいおりんの言葉(ことば)で、(はな)し合いが(おわ)わった。


 勘次(かんじ)が家を()ると、音根(おとね)(つら)そうに、()()せて()る。

音根(おとね)、ちょっと。」

 ()いかけて(そと)に出た。家の中を()(かえ)ると、おりんは上目(うわめ)(づか)いで、小さく何度(なん)(うなづ)いていた。

 二人(ふたり)(なら)んで、(おか)音根(おとね)の家に向かう。(さみ)しげな波の(おと)が「太郎、やめてもいいんだぞ。」と後ろ(がみ)()く。足許(あしもと)提灯(ちょうちん)の明かりまで、(かな)しそうに()れている。

 ()()った家に入って、囲炉裏(いろり)()()けた。家を()てからここまで、どちらも(こえ)を出していない。

(せま)空間(くうかん)静寂(せいじゃく)(まぎ)らわせるように、少し(ひら)いた(まど)の外で(かき)()が、カラカラと小さな音色(ねいろ)(かな)でている。


 囲炉裏(いろり)固炭(こたん)竹筒(たけづつ)で息を()きかけながら、無事(ぶじ)に帰らなければ(みな)()まないと自責(じせき)(ねん)が、(あたま)の中で大きく(ふく)らむ。

 オラは(いま)、どんな(かお)をしているのだろう……。音根(おとね)言葉(ことば)()っている、何か言わなきゃ。

「オラ、どんなことがあっても、ここに帰るじゃ。人間がおる海の中は、(あか)るうて綺麗(きれい)で、(たの)しい所じゃて。」

 (はじ)めてかもしれない、こちらから重苦(おもくる)しい沈黙(ちんもく)(やぶ)ったのは。

 音根に決意(けつい)(しめ)すが、それは自分(じぶん)自身(じしん)にも言い()かせている。


 囲炉裏(いろり)の火がボッと(もえ)(さか)って熱気(ねっき)(ふく)れ上がり、(せま)い部屋はすぐに(あたた)かくなった。後ろで(ちゃ)の用意をしていた音根が(よこ)(すわ)り、(すす)けた(しゃく)(みず)(そそ)いだ(かま)()ける。

 音根は言葉を模索(もさく)しているのか、ずっと無言(むごん)だ。横顔(よこがお)(ほほ)から首筋(くびすじ)(ほのお)の色が()り付いて、柿色(かきいろ)()かび上がる。(かま)がチンチンと(ほそ)い音を立て、蒸気(じょうき)()()すのを見た音根(おとね)が、ゆっくり竹杓(たけじゃく)湯飲(ゆの)みに(そそ)ぐ。

「オラ、子亀を助けた礼と言う、ショウの言葉を信じとる。龍の仇討(あだう)ちで来たとは思いとうない。」


「あたいも……。あの亀が龍の仇討(あだう)ちなら、そんな(まわ)りくどいことしないと思う。太郎さんは、絶対(ぜったい)(かえ)って来るっちゃ。でも、でも、二度(にど)()えんような気がして。」

 無言(むごん)囲炉裏(いろり)の火を()ぜていた音根(おとね)が、聞き()れないほど小さな(こえ)でつぶやいた。それは物悲(ものがな)しい(こえ)であった。

 じっと火を見つめる顔に、柿色(かきいろ)の光と(かげ)()れる。わずか五日(いつか)だけというショウの言葉と、音根の(ふたた)()えないという言葉が、胸の中で衝突(しょうとつ)して、(くる)しい。

「絶対に帰るで、心配(しんぱい)するな。五日(いつか)(には)には()えるじゃ。」

(こわ)い。」


 母の死で、祝言(しゅうげん)()びたが、半年(はんとし)(さき)の秋に()げることになっている。音根はもう、(つま)同然(どうぜん)だ。

もし(かえ)れなくても、自分が()まれた(あかし)(のこ)したい。それを(いと)おしい(つま)(たく)したいと(つよ)く思う。一緒(いっしょ)(かな)しい気持ちになってはいけないと、(かた)(やさ)しく()()せた。

今夜(こんや)二人(ふたり)だけの祝言(しゅうげん)()げよう。」

 音根が腕(腕)の中で、コクリとうなずいた。

 いつもと変わらない夜が()け、東へ()()ける風が(つよ)く、暗い(そら)をあわただしく(くも)(はし)る。西に(かたむ)きかかった半月(はんげつ)()らされて、イタチがヒエ(ばたけ)()()けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ