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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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29/86

八

三-八

 亀が普通(ふつう)に人間の言葉(ことば)で話している。しかし、この亀の会話(かいわ)で、誰かの悪(わる)さだと考えることができなくなった。

「そ、そのチャコとやら、歳(とし)はいくつじゃ。」

 肚(はら)に力(ちから)を込(こ)め、つばを飲(の)み込んで子亀(こがめ)に話しかけると、チャコが嬉(うれ)しそうに近付(ちかづ)いてくる。

「ボク、八百(はっぴゃく)歳(さい)って聞いているんだ。」

「海の中は地上のように朝夕(あさゆう)がありませんので、月日(つきひ)や年数(ねんすう)といった概念(がいねん)はありません。でも人間の年齢(ねんれい)に当てて数(かぞ)えると、チャコは八百(はっぴゃく)歳(さい)になります。」


 もう浜も海も暗(くら)くなって、前に置いた三個(さんこ)の提灯(ちょうちん)が亀の親子(おやこ)をほんのり照(て)らしている。

「本当に喋(しゃべ)れるんじゃな。亀の他(ほか)にも喋(しゃべ)れるのはおるんか。」

「いえ、亀(かめ)だけです。」

「昔(むかし)からか。」

「はい。でもずっと人間とは喋(しゃべ)らないようにしてきました。触(さわ)らぬ神に祟(たた)りなしと言いますから。」

 ここまで会話(かいわ)が続くと、もう亀が人間の言葉を話(はな)すことへの、疑(うたが)いは消(き)えている。

「ハハハ、こりゃ参(まい)ったな。」

 亀が長生(ながい)きとは聞いていたが、本当に一万(いちまん)年(ねん)も生きている亀が、目(め)の前(まえ)にいるとは驚(おどろ)きだ。子亀でも八百(はっぴゃく)歳(さい)とは……。おりんがつぶやくように言った。


「そんなに長生(ながい)きして、生きることに飽(あ)きんかのう。」

「長生(ながい)きではなく、私達の寿命(じゅみょう)です。丘の蝶(ちょう)は平均(へいきん)二十日(はつか)が寿命(じゅみょう)ですが、決して短(みじか)いと思(おも)っておりません。それが普通(ふつう)なのです。人間も普通(ふつう)でしょう。」

 会話は明快(めいかい)で、言葉も易(やさ)しい。この問答で恐怖(きょうふ)心(しん)は消え、化け物に見えていた大海亀(おおうみがめ)に親近感(しんきんかん)が沸(わ)いてくる。

 暗い浜に人の気配(けはい)がするのを見たのか、万作(まんさく)と弥助(やすけ)が来た。

「こりゃ驚(おどろ)いた、でっかい海亀(うみがめ)じゃ。流(なが)れ着(つ)いたんか。」


 目を丸(まる)くしている二人に、助けた子亀(こがめ)の母親(ははおや)が礼に来たと話すと、藤造(とうぞう)に殴(なぐ)られて頭が変(へん)になったかと、大笑(おおわら)いして取り合(あ)わない。

「太郎様のおっしゃるとおりです。」

 万作(まんさく)が尻餅(しりもち)を突いた。岩(いわ)ほどもある大きな海亀(うみがめ)が言葉を喋(しゃべ)ったのだから、仰天(ぎょうてん)するのは当然(とうぜん)だろう。弥助(やすけ)は、その場で固(かた)まっている。

「亀は人間と話ができるそうじゃ。もう友達(ともだち)になったで、ショウと言う名じゃ。」

 二人を安心(あんしん)させようと、海亀の前に立(た)って首(くび)をポンポンと叩(たた)いてみせた。そこへ勘次(かんじ)が音根(おとね)を連(つ)れてきた。


「おう音根(おとね)、もう歩(ある)けるんか。」

「まだ痛(いた)いけど大丈夫っちゃ。海亀が流(なが)れてきたの。」

 勘次と音根も、亀に何らかの不測(ふそく)の事態(じたい)があって、この浜に流れ着(つ)いたと思っている。万作に説明した同(おな)じことを話(はな)すと、やっぱり笑(わら)って信じない。するとショウが、ゆっくり音根(おとね)の前に首を下(お)ろした。

「音根さんと、おっしゃるのですか。」

 音根と勘次は数歩下(すうほさ)がったが、皆が無警戒(むけいかい)でいることに気付(きづ)き、横のおりんに目で確認(かくにん)する。

「このたび太郎様が私の息子(むすこ)、チャコの命を助(たす)けてくださいました。心から感謝(かんしゃ)しております。前(まえ)にもカニのシンカが浜の網(あみ)に掛(か)かっているところを、太郎様に救(すく)っていただいたそうです。」   


 ショウはさらに話を続ける。

「太郎様は、あの恐(おそ)ろしい龍(りゅう)を倒(たお)されたとも聞きました。私達の国も何度(なんど)か龍(りゅう)に襲われ、多数(たすう)の犠牲者(ぎせいしゃ)や被害(ひがい)が出ておりまして、領主(りょうしゅ)をはじめ国の民(たみ)が感謝(かんしゃ)しております。お礼に太郎様を、私達の国(くに)にお招(まね)きしたいとの領主(りょうしゅ)の仰(おお)せです。」

 ショウは繰(く)り返(かえ)し感謝の気持ちを表(あらわ)し、ショウの住む国(くに)に招待(しょうたい)すると言う。だがそれは浜に集まってきた七人(しちにん)にとって、余(あま)りにも唐突(とうとつ)だった。

 亀が自分達(じぶんたち)の国、つまり海の中に人間を招(まね)くと言うことは、呼吸(こきゅう)できない海へ入(はい)ることだ。一万(いちまん)年(ねん)も生きた海亀の考(かんが)えは、この程度(ていど)かと皆(みな)が鼻で笑(わら)った。

「亀さんよ、あんたは丁寧(ていねい)に礼(れい)を言うたんじゃ、それでええ。さあもう帰(かえ)りんさい。皆(みな)も帰ろうじゃ。」


 おりんが解散(かいさん)を促(うなが)した。

「お待ちください。私達の国では明日(あす)から五日(いつか)間(かん)、豊作(ほうさく)祭(さい)があるのです。民(たみ)が踊り、馳走(ちそう)を囲んで豊(ゆた)かな収穫(しゅうかく)を祝(いわ)います。ぜひ太郎様をお招(おまね)きし一緒(いっしょ)に楽しんでいただきたいと、領主(りょうしゅ)も民(たみ)も、お待ち申(もう)しております。」

「亀が踊(おど)ったって、面白(おもしろ)くもおかしくもないわ。ええ加減(かげん)なこと言うて。」

 おりんが呆(あき)れ顔(がお)でつぶやく。

「豊作(ほうさく)祭(さい)じゃと。海の中で亀が田畑を耕(たがや)すとは、チャンチャラおかしいぞい。見え透(す)いた作り話(ばばし)はやめて、もう海へ帰(かえ)りな。」

 万作(まんさく)が両手(りょうて)で払(はら)いのける仕草(しぐさ)をすると、弥助(やすけ)も農作物(のうさくぶつ)を収穫するのは、人間だけだと吐(は)き捨(す)てる。


「おっしゃることは、よく分かります。でも私達(わたしたち)の国は海底にありますが、明(あか)るいのです。そして人間(にんげん)も大勢(おおぜい)おります。人間はこの地上(ちじょう)だけでなく、海の中にも、あの天上(てんじょう)の星(ほし)にも住(す)んでいるのです。」

 弥助が荒(あら)っぽく足(あし)で砂を蹴(け)った。

「人間が海の中や、天上(てんじょう)に住(す)んでいるじゃと。おるなら今(いま)、ここに連(つ)れてきたらどうじゃ。それに人間が海の中で、どうやって息(いき)をする。」

 皆が敵視する目でショウを睨(にら)む。ショウと仲良くしたいのだが、きっかけを探(さが)す方法が何も浮(う)かばない。事態(じたい)は深刻(しんこく)になるばかりだ。


「地上(ちじょう)の人が、海の中で息ができないことは承知(しょうち)しています。でも亀が地上(ちじょう)でも、海(うみ)の中(なか)でも生きていけるのはなぜでしょう。そういう体質(たいしつ)なのです。太郎様も、私と同じ体質(たいしつ)になっていただきます。」

「バカなこと言うんじゃない。太郎は亀なんぞにならん、この私が許(ゆる)さん。」

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