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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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28/86

七

三-七

「太郎、大丈夫か。」

「だいぶ背中(せなか)を打たれた。痛(い)ってえ。」

「喧嘩(けんか)か。」

「いや藤造が、この子亀(こがめ)を叩(たた)いたんで、護(まも)ろうとして。もうちょっとで死(し)なせるところじゃった。」

 おりんが海亀(うみがめ)の子供に海水(かいすい)を掛(か)け、甲羅(こうら)が割(わ)れていないか確(たし)かめた。幸い傷もなく無事(ぶじ)だった。

 背中(せなか)は痛(いた)むが、手足も首も引(ひ)っ込めた子亀(こがめ)を抱(だ)き上げ、波(なみ)打ち際(ぎわ)まで運(はこ)んだ。子供といっても直径(ちょっけい)二尺ほどあり、かなり重(おも)い。

「もう大丈夫じゃ。早よう、母(かあ)ちゃんのところへ帰りな。」


 そっと波打(なみう)ち際(ぎわ)に置いて、波が寄(よ)せて引(ひ)く間合いを測(はか)り、尻(しり)をやさしく押(お)して海へ滑(すべ)り込ませた。

 子亀(こがめ)は海に入ると、すぐ手足と首を出し、バタバタと動かしながら泳(およ)いで消(き)えた。

「亀は元気(げんき)そうじゃったな。よかった、よかった。」

 五人が目を細めて海を眺(なが)めていると、半丁(はんちょう)ほど先の海面に再(ふたた)び姿(すがた)を現(あら)わし、プカプカ浮(う)かんでこちらを向いている。

「あの子亀(こがめ)がこっちを向いとるぞ。礼(れい)を言うとるんかいの。」

 ワハハと皆で笑いながら、手を振(ふ)って応(こた)えると波間(なみま)に消えた。亀(かめ)がいなくなった海をしばらく眺(なが)め、万作は「これから藤造に尋問(じんもん)する」と言い残(のこ)して帰った。


 赤く膨(ふくら)らんだ夕日が水平(すいへい)線に近付(ちかづ)き、あと少しでこの浜が闇(やみ)に包まれる。藤造と殴(なぐ)り合った傷(きず)が痛むと言って、勘次が足早(あしばや)に帰った。その後(うし)ろを、おりんと並んでゆっくり歩く。

「もし、太郎様。」

 背後(はいご)から、いや確(たし)か海の方から、聞きなれない女の声がした。

 二人が海の方を振(ふ)り向くと、先ほど海亀(うみがめ)の子供を放(はな)した波打(なみう)ち際(ぎわ)に、甲羅(こうら)の幅(はば)が五~六尺、いやもっとあろう大海亀(おおうみがめ)がいる。

 いつの間に来たのか、太く長(なが)い首(くび)を上げてこちらを見ている。

「え、あの海亀(うみがめ)が呼び止めたんか。まさか。」


 動(うご)きを忘れて、大海亀(おおうみがめ)を見つめる。背中(せなか)がゾクッとするほど大きい。

「太郎様、我(わ)が子の命(いのち)を助(たす)けてくださって、ありがとうございました。」

「ぎゃあ、亀(かめ)が喋(しゃべ)ったぁー。化(ば)け物(もの)じゃー。」

 二人は一目散(いちもくさん)に浜を走り、我が家に駆(か)け込む。すぐ戸にカンヌキをし、内側に板を立てて桶(おけ)で動かないようにした。

 おりんが梓(あずさ)に、海亀の化(ば)け物(もの)が出たと告(つ)げ、じっとしているように言った。行灯(あんどん)を消した暗い部屋で、外の様子(ようす)に耳を澄(す)ます。

「心配(しんぱい)いらん、ここまでは来(こ)んよ。」

 震(ふる)える梓(あずさ)を抱(だ)き、おりんは戸の方を凝視(ぎょし)している。命に変(か)えても我が子を守り抜く、決死(けっし)の面持(おもも)ちだ。


「龍が死んだら、今度は海亀の化(ば)け物(もの)か。まったく……。」

 半刻(はんこく)ばかり過(す)ぎ、外はシンと静まって浜に打(う)ち寄(よ)せる波の音だけが小さく聞こえる。

 おりんが、そっと戸を開けて辺(あた)りを見回(みまわ)したが、何の気配(けはい)も感じないと言う。

「もう化(ば)け物(もの)はおらんぞ。海に帰ったようじゃ。」

 だが、波打ち際(ぎわ)で喋(しゃべ)った大海亀(おおうみがめ)の「我が子の危機(きき)を救(すく)ってくださって……。」の言葉が、やけに心に引っ掛(か)かって仕方(しかた)がない。

---あれは藤造から救(すく)った子亀(こがめ)の親だろう。

 命(いのち)を助(たす)けてくれた子亀の礼に、親亀(おやがめ)が何らかの方法(ほうほう)で人間の言葉(ことば)を身に付けて来たのだろうか。その親亀(おやがめ)が礼を言いかけたのに、逃(に)げ帰ったのだ。


 物陰(ものかげ)から浜辺を覗(のぞ)いた。すでに半刻(はんこく)も経(た)っているというのに、夕日が沈(しず)んだばかりの明るい水平線(すいへいせん)を背に、首を長く伸ばした大海亀(おおうみがめ)の姿影(しえい)が見える。ずっと自分を待っているのか、逃(に)げ帰ったままでは悔(く)いが残る。

「母っちゃん、あの海亀はまだおるぞ。オラを待っとるみたいじゃけ。ちょっと行ってくる。」

「やめとけ、触(さわ)らぬ神(かみ)に祟(たたり)りなしじゃ。そのうち海へ帰るけえ、放(ほお)っとけ。」

「考えたら亀(かめ)が、人間の言葉(ことば)を話すとは思えんし、オラの名前(なまえ)まで知っとるのは変(へん)じゃ。誰かの悪(わる)さと思うで、調(しら)べてくる。」


 亀は危険な化(ば)け物(もの)かもしれないが、このまま放(ほお)っておけない何かが背(せ)を押(お)す。もう浜はほんのり暗い。まだ足許(あしもと)は確(たし)かだが、提(ちょう)灯(ちん)を手に亀の方へ向かう。おりんと梓(あずさ)も、後ろから提(ちょう)灯(ちん)を照(て)らして付いてくる。

「お前だけ、一人(ひとり)で行かせる訳(わけ)にはいかんで。何ぞあったら一緒(いっしょ)じゃ。」

 三人は用心(ようじん)深(ぶか)く近付き、三丈(さんじょう)(約十m)ほど手前で立ち止まった。ここなら襲(おそ)われても、逃(に)げることができる安全圏(あんぜんけん)だ。


「来(き)てくださいましたね。亀が人間の言葉を喋(しゃべ)ったので、逃(に)げるのは無理(むり)もありません。でも信(しん)じて待(ま)っておりました。私はショウと申(もう)します。」

 浜に提灯(ちょうちん)を置き、腕を組(く)んで腰を下(お)ろす。その後(うし)ろにおりんと梓(あずさ)が立つ。強気(きょうき)を装(よそお)ってみるが、恐(おそ)ろしくて声が出(で)ない。

「実(じつ)は、亀は人間と話(はな)せるのです。私は一万(いちまん)年(ねん)も生きていますから、魚や鳥、森の動物(どうぶつ)、そこに生えている木や草花とも、話ができます。」

「でたらめ言(い)うな。誰ぞが亀(かめ)の後(うし)ろに隠(かく)れて喋(しゃべ)っとるんじゃろ。出て来(こ)い。」

 おりんが恐怖(きょうふ)を払(はら)うように、悪さをしているらしい誰(だれ)かに向けて、大声で叫(さけ)んだ。


 亀が人間と話せるなんて、信(しん)じないのは当然(とうぜん)と思ったショウは、傍(かたわ)らにいる息子(むすこ)のチャコに話す。

「あのお方(かた)が、お前(まえ)を助(たす)けてくれたのですね。」

「うん、あの人(ひと)だよ。ボクを抱(かか)えて波打際(なみうちぎわ)に戻(もど)してくれた。どうもありがとう。」

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