八
三-八
亀が普通に人間の言葉で話している。しかし、この亀の会話で、誰かの悪さだと考えることができなくなった。
「そ、そのチャコとやら、歳はいくつじゃ。」
肚に力を込め、つばを飲み込んで子亀に話しかけると、チャコが嬉しそうに近付いてくる。
「ボク、八百歳って聞いているんだ。」
「海の中は地上のように朝夕がありませんので、月日や年数といった概念はありません。でも人間の年齢に当てて数えると、チャコは八百歳になります。」
もう浜も海も暗くなって、前に置いた三個の提灯が亀の親子をほんのり照らしている。
「本当に喋れるんじゃな。亀の他にも喋れるのはおるんか。」
「いえ、亀だけです。」
「昔からか。」
「はい。でもずっと人間とは喋らないようにしてきました。触らぬ神に祟りなしと言いますから。」
ここまで会話が続くと、もう亀が人間の言葉を話すことへの、疑いは消えている。
「ハハハ、こりゃ参ったな。」
亀が長生きとは聞いていたが、本当に一万年も生きている亀が、目の前にいるとは驚きだ。子亀でも八百歳とは……。おりんがつぶやくように言った。
「そんなに長生きして、生きることに飽きんかのう。」
「長生きではなく、私達の寿命です。丘の蝶は平均二十日が寿命ですが、決して短いと思っておりません。それが普通なのです。人間も普通でしょう。」
会話は明快で、言葉も易しい。この問答で恐怖心は消え、化け物に見えていた大海亀に親近感が沸いてくる。
暗い浜に人の気配がするのを見たのか、万作と弥助が来た。
「こりゃ驚いた、でっかい海亀じゃ。流れ着いたんか。」
目を丸くしている二人に、助けた子亀の母親が礼に来たと話すと、藤造に殴られて頭が変になったかと、大笑いして取り合わない。
「太郎様のおっしゃるとおりです。」
万作が尻餅を突いた。岩ほどもある大きな海亀が言葉を喋ったのだから、仰天するのは当然だろう。弥助は、その場で固まっている。
「亀は人間と話ができるそうじゃ。もう友達になったで、ショウと言う名じゃ。」
二人を安心させようと、海亀の前に立って首をポンポンと叩いてみせた。そこへ勘次が音根を連れてきた。
「おう音根、もう歩けるんか。」
「まだ痛いけど大丈夫っちゃ。海亀が流れてきたの。」
勘次と音根も、亀に何らかの不測の事態があって、この浜に流れ着いたと思っている。万作に説明した同じことを話すと、やっぱり笑って信じない。するとショウが、ゆっくり音根の前に首を下ろした。
「音根さんと、おっしゃるのですか。」
音根と勘次は数歩下がったが、皆が無警戒でいることに気付き、横のおりんに目で確認する。
「このたび太郎様が私の息子、チャコの命を助けてくださいました。心から感謝しております。前にもカニのシンカが浜の網に掛かっているところを、太郎様に救っていただいたそうです。」
ショウはさらに話を続ける。
「太郎様は、あの恐ろしい龍を倒されたとも聞きました。私達の国も何度か龍に襲われ、多数の犠牲者や被害が出ておりまして、領主をはじめ国の民が感謝しております。お礼に太郎様を、私達の国にお招きしたいとの領主の仰せです。」
ショウは繰り返し感謝の気持ちを表し、ショウの住む国に招待すると言う。だがそれは浜に集まってきた七人にとって、余りにも唐突だった。
亀が自分達の国、つまり海の中に人間を招くと言うことは、呼吸できない海へ入ることだ。一万年も生きた海亀の考えは、この程度かと皆が鼻で笑った。
「亀さんよ、あんたは丁寧に礼を言うたんじゃ、それでええ。さあもう帰りんさい。皆も帰ろうじゃ。」
おりんが解散を促した。
「お待ちください。私達の国では明日から五日間、豊作祭があるのです。民が踊り、馳走を囲んで豊かな収穫を祝います。ぜひ太郎様をお招きし一緒に楽しんでいただきたいと、領主も民も、お待ち申しております。」
「亀が踊ったって、面白くもおかしくもないわ。ええ加減なこと言うて。」
おりんが呆れ顔でつぶやく。
「豊作祭じゃと。海の中で亀が田畑を耕すとは、チャンチャラおかしいぞい。見え透いた作り話はやめて、もう海へ帰りな。」
万作が両手で払いのける仕草をすると、弥助も農作物を収穫するのは、人間だけだと吐き捨てる。
「おっしゃることは、よく分かります。でも私達の国は海底にありますが、明るいのです。そして人間も大勢おります。人間はこの地上だけでなく、海の中にも、あの天上の星にも住んでいるのです。」
弥助が荒っぽく足で砂を蹴った。
「人間が海の中や、天上に住んでいるじゃと。おるなら今、ここに連れてきたらどうじゃ。それに人間が海の中で、どうやって息をする。」
皆が敵視する目でショウを睨む。ショウと仲良くしたいのだが、きっかけを探す方法が何も浮かばない。事態は深刻になるばかりだ。
「地上の人が、海の中で息ができないことは承知しています。でも亀が地上でも、海の中でも生きていけるのはなぜでしょう。そういう体質なのです。太郎様も、私と同じ体質になっていただきます。」
「バカなこと言うんじゃない。太郎は亀なんぞにならん、この私が許さん。」




