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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
27/86

三-六

 (あたたか)みのある春風(しゅんぷう)が二人の(かみ)をなびかせ、(ほお)()でて走り去る。

 大地(だいち)から新芽(しんめ)()き出し、力強く天空(てんくう)を目指して伸びる雑草(ざっそう)(にお)いが(こころよ)い。

 藤造(とうぞう)が大きく(しん)呼吸(こきゅう)をした。

「母ちゃんが()って、太郎との祝言が(なが)れたなあ。あれから(さび)しい日が続いたじゃろ、よう分かる。もう()も明けたし、身を(かた)めにゃ。」

「そう思うとる。でも……。」

「心配するな、(おや)がおらんでも祝言は()げられる。オラに(まか)せときゃいい。」

「ありがとう、藤造(とうぞう)さん。」


 ここで音根の心を射抜(いぬ)いたと、確信(かくしん)した藤造(とうぞう)

「オラなあ、ずっと音根を好いとった。小さい(ころ)から変わらずじゃ。オラと……。」

 言葉を(さえぎ)って、音根が立ち上る。やさしい言葉で話していた藤造(とうぞう)は、その豹変(ひょうへん)ぶりに絶句(ぜっく)して見上げると、音根は(くちびる)()み、遠くの海を(にら)んでいる。

「どうしたんじゃ。」

 ゆっくり立ち上がりながら、(にぎ)りしめた(こぶし)に手を伸ばすと、その手を()り切って(あと)ずさりする。


「あたいと太郎さんが祝言(しゅうげん)約束(やくそく)しとること、藤造さんも知っとるっちゃ。」

「それは、母ちゃんが生きとった時の話で、今は事情(じじょう)(ちが)う。ええか、太郎は表島や北島の商人(しょうにん)、最近は南蛮(なんばん)人とも付き合うて、お前のこと(わす)れとるじゃろ。」

 波打(なみう)つ心を(せい)一杯(いっぱい)(おさ)え、自分の持っている、(もっと)もやさしい声で語りかける。

「あいつらは(すき)を見て、足を払おうとする油断(ゆだん)ならん(やつ)じゃ。いつか(ひど)い目に合わされるかもしれんぞ。」

「そんな(ふう)に見たらいけん。」


(ちが)う。太郎は鯛釣(たいつ)り名人じゃし、(りゅう)もやっつけた。オラも太郎は勇者(ゆうしゃ)(みと)めとるし、村の(ほこ)りに思うちょる。じゃが、それとこれは別で、オラは音根に幸せになって()しい。」

「……。」

 音根の気持ちが()らいだと感じた藤造は、ここが正念(しょうねん)()と必死に言葉を(さが)す。

「オラはな、太郎以上に音根が好きじゃ。オラなら絶対(ぜったい)に幸せにできる。」

「もう、やめて。」

 立ち()ろうとする音根の(うで)(つか)むと、(はげ)しく()りほどかれて、また(つか)む。

 足場(あしば)の悪い畦道(あぜみち)で引っ()り合いが続き、音根が足を(すべ)らせて一丈(約三m)ほど下にある坂の横の窪地(くぼち)(すべ)り落ちた。藤造も(いきお)いで反対(はんたい)(がわ)の草むらに(たお)れ込んだ。

「きゃー。」


 音根の悲鳴(ひめい)が浜まで(ひび)いた。勘次と舟を洗っていた手を止め、二人は丘へ()け上がる。

 そこに着物の(すそ)がまくれて太ももを(あら)わにした音根が、(さか)の横の窪地(くぼち)で、うずくまっているではないか。

「音根、どうした。何があった。」

 ()け寄って()き起こし、怪我(けが)具合(ぐあい)確認(かくにん)した。どうやら腰と(ひざ)を強く打って(ある)けないらしく、手足は()(きず)が痛々しい。

 勘次が上を見ると、窪地(くぼち)の上に仁王(におう)()ちの藤造がいる。その情景(じょうけい)は、あたかも藤造が音根を()()としたように見えた。


 激昂(げっこう)した勘次が藤造に()()り、肩を強く()いて胸倉(むなぐら)(つか)む。

「藤造、音根に何をした。」

 勘次の突進(とっしん)を受けて、藤造も(ぎゃく)(じょう)し、勘次の腕を()(かえ)す。

「お前こそ、何するんじゃ。」

 突き返した藤造の(こぶし)が、勘次の(ひだり)(ほほ)に強く当たったので、口の中が()れて血が(なが)れ出る。こうなると互いに冷静(れいせい)()き、坂で(はげ)しい()み合いが始まった。

 音根を家に送って(もど)ってみると、二人は坂の下の(くぼ)みで(くさ)(どろ)にまみれ、手も顔も血まみれになって(なぐ)り合っている。


「わぁ、何やっとる。」

 二人を引き(はな)そうとした時、藤造が手を振り(はら)って丘を()け下った。

「ちょっと、藤造。待てや。」

 (こと)真相(しんそう)を聞かねばと、後を()う。浜で()()いたが、藤造は足許(あしもと)棒切(ぼうき)れを(ひろ)い、()(まわ)すので引き止めができない。

「話を聞きたいだけじゃ。藤造が音根を()()としたとは、思うとらんで。」

「オラの気持ちは、お前なんかに分からん。(ほう)っとけや。」

「このままでは、藤造が悪者(わるもの)になってしまうじゃろ。」

(ほう)っとけ言うとるんじゃ。オラはもう()わりじゃ。」

 棒切(ぼうき)れを()(まわ)しながら浜を走る。(ふたた)び追いかける。


 浜の中程(なかほど)に来て、藤造が(すな)()もれていた丸い(かた)まりにつまずき、頭から(すな)(たお)れ込んだ。頭髪(とうはつ)は砂を(かぶ)って白髪(しらが)のようになり、涙と血で()れた顔も、砂まみれだ。

「こん(ちく)(しょう)。こんな物までが、オラを馬鹿(ばか)にするんか。」

 丸い(かた)まりを棒切(ぼうき)れで(たた)く。バシッバシッと(するど)い音が(ひび)き、足で何度も()る。近づくと、それは海亀(うみがめ)甲羅(こうら)だ。

「そりゃ、海亀(うみがめ)子供(こども)じゃぞ。やめろー。」

 叫びながら海亀(うみがめ)(おお)いかぶさり、藤造が(たた)き付ける棒切(ぼうき)れを背中(せなか)で受け止めた。


()ててっ、やめてくれぇ。」

 その(さわ)ぎに、西(にし)浜から万作(まんさく)冶市(はるいち)が、(ひがし)浜から勘次(かんじ)とおりんが走って来た。皆の目には藤造と自分が喧嘩(けんか)して(たお)れたところを、藤造が(たた)いていると見えただろう。

「やめろ、藤造やめろ。」

 冶市(はるいち)背後(はいご)から()びかかって()さえ()けた。万作も援護(えんご)し、身動(みうご)きできないように、手足を()さえる。

「何てことするんじゃ藤造、気でも(くる)うたか。冶市(はるいち)、この(なわ)で手を(しば)り上げろ。こ(やつ)をワシの家の(はしら)にくくりつけておけ。(あと)でワシも行く。」

 力なく()きむせぶ藤造を、(あら)っぽく()い立てながら、冶市が()った。

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