第95話 白い仮面の男
「よし、そろそろ行くか」
時刻は深夜0時頃――
砦の外から、士気を高めるような鬨の声が聴こえてくる。
「おっけー」
「あふ……ふぁい……」
気合を入れる俺とトリアナを余所に、レティが欠伸をしながら気の抜けた返事をしていた。
ここ数日一緒に寝ていて気づいたことだが。レティは夜九時頃になると、眠くて船をこぐらしい。
まだ子供なので仕様がないのだが。こんな時まで眠さでウトウトされると、正直困ってしまう。
「レティ。眠いだろうが我慢してくれ。今が脱出する好機なんだ」
「は、はい。がんばりまふ」
「靴は問題ないか?」
「だいじょうぶでふ」
レティはこの砦に連れて来られた時、靴が脱げて裸足のままだった。
それを知ったダマ爺さんが、レティに靴を差し入れしてくれたのだが。
流石にサイズまでは合わなかったようで、走るのには不向きだし、俺がさっき代わりの靴を創って履き替えてもらった。
足踏みをしながら痛みは無いと言っているので、大丈夫だとは思うが……
語尾がものっそい気になるなぁ……
レティの足踏みを見たあと、しばらく彼女の顔を眺めていたら。
次第に半目になりながら、頭が上下にカクンカクンとなっていた。
「だめだこりゃ……」
「どうしよっか……」
俺がそう締めていると、トリアナがそんな事を聞いてくる。
ここで助けを待っていてもいいのだが。何が起きるかわからないので、安全が保証できるわけでもない。
仕方がなく俺は、レティをお姫様抱っこで連れて行こうとしたら。きゃっ――という可愛い声を出して彼女が目を覚ました。
「お、お兄様?」
「む。起きたか?」
俺に抱っこされて起きたレティは、どうやら恥ずかしさで目を覚ましたみたいだった。
自分で歩けるというので、彼女から手を離す。本物のお姫ではあるが、お姫様抱っこをされるのは恥ずかしかったようだ。
「あ! そうだ。二人共、これを着けてくれ」
「なにこれ? 獣耳?」
「なんでしょうか?」
「頭に装着するやつだ」
「へ?」
俺は二人に、昨日夜なべをして創った猫耳カチューシャを手渡す。
ルナとリアのネコミミローブを参考にして創った、俺の最高傑作だ。
本物と見分けがつかない程の完成度なので、完璧である。俺の分? そんな物はない。
二人に、獣人のフリをするために必要なものだと伝えると。
レティはなぜか物凄く喜んで装着して。トリアナには、尻尾がないと意味が無いじゃん――と言われる
尻尾のことは失念していたが、ネコミミをつけた二人は、ものすごく可愛かったので満足だ。
そして俺たちは、牢屋の鍵を開けて地下を歩いて行く。
通路の途中で見張りが二人ほど居たが、気絶魔法を考えて遠距離から当てるとうまくいった。
レティがいちいち気絶した獣人に頭を下げて謝っていたが、時間が限られているので、俺は彼女の手を引いて歩いて行く。
階段を登り一階まで出ると、遠くから騒がしい声が聴こえてくるが、この広間は無人だった。
「白亜は二階に居るんだったか」
「うん」
脱出計画を練る前に、トリアナに白亜が居る場所を調べてもらっていた。
この砦は三階建てになっていて、二階は居住区だったらしい。
姿を消す魔法を使って、行ったほうがいいな。
「おぬしら、自力で出て来たのか」
「うぉ!?」
「お爺様?」
二階へ続く階段付近で、魔法を唱えようとしていたら。
突然背後から話しかけられて、驚きの声を出してしまう。
「助けは必要なかったみたいじゃの。なんじゃその耳は?」
声をかけてきたのはダマ爺さんだった。爺さんの手には牢屋の鍵と、隷属の首輪の鍵らしきものが握られている。
爺さんはレティのネコミミが気になるのか、じっと見ていた。俺はそんなダマ爺さんに声をかける――
「爺さん……」
「どうやって外したのか知らんが……まあよい。こっちじゃ、ついて来い」
「いいのか?」
「ふん。元々そのつもりじゃった。それに……」
ダマ爺さんは、救出に来ている人間たちの中に、とてつもない強い奴がいるので。この砦は長く持たないという。
そんな奴が助けに来ているのなら、無理して脱出することはなかったのかと考えていると。
爺さんが俺の横をじっと見ながら、誰か居るのか? と尋ねてきた。どうやらトリアナの気配を感じているようだ。
もう隠す意味は無いので、俺がトリアナに話しかけると、彼女は姿を隠すのをやめて出てくる。
「こりゃ驚いたわい」
爺さんはトリアナの姿を見て驚いたあと、彼女の頭にその視線を向ける。
仲間? が増えて嬉しいのだろうか、爺さんの尻尾が喜んでいるようにも見えた。
「その娘も似合っておるのう」
「えへへー、ありがとー」
爺さんにネコミミを褒められて、トリアナは喜んでいた。
そして俺たちは爺さんの案内のもと、白亜がいる部屋まで向かうことにした。
白亜は爺さんの部屋で過ごしているらしく、すぐにたどり着けるとの事だ。
俺たちが居た場所は砦の裏側なので、戦場にはなっていなかった。
ほとんどの獣人が砦の表側に向かっているようで、ますます好都合だ。
「この辺は脆くなっておるから、気をつけろ」
「はい……きゃっ」
「レティ!」
二階の通路を進んでいる途中で、ダマ爺さんが床が脆いので気をつけろ言ったそばから、レティの足が床に飲まれる。
地面は石で出来ているのに。まるで、木の板の底が抜けたような感じでレティが沈んだので。俺は慌てて彼女を抱き支えた。
「石なのに、何で沈むんだよ……」
「私……重くないです……」
レティが別の意味で反論していると。ダマ爺さんが、象の獣人が踏み荒らしたため脆くなっていると言ってきた。
象まで居るのかよ……
やっぱり鼻は長いのか? あんまり会いたくはないな……
俺はレティの身体を支えながら、そんなことを考えていた。
「しかし暗すぎるぞ。何で明かりを灯してないんだ?」
「弓矢を警戒してじゃ。戦闘中に明かりなんぞ持っとったら、いい的になる」
「そういうことか」
通廊には明かりがないので、ほとんど真っ暗だった。
獣人なら見えるのかもしれないが、人間の俺には目が慣れてこないと見えづらい。
明かりの魔法を唱えようかと思ったが、それはしない方がいいな。
獣人に間違えられて、兵士に矢を撃たれたくはない。
「もうそろそろじゃ……」
「待って! 誰か居る」
「きゃっ」
「っと……うわっ」
爺さんがもう着くと言って。トリアナが、誰かの存在を感じていたようだが。俺はそれどころではなかった。
なぜならレティが再び足を踏み外して、彼女を支えていた俺も、引きずり込まれそうになったからだ。
「あぶな……大丈夫か?」
「は、はい」
「貴様ぁぁぁ!」
「へ……?」
レティの身体を抱きながら支えていると、通路の奥から男の叫び声が聴こえてくる。
声の主はこちらに向かって走ってきているようで、ドカドカと足音が近づいてきた。
「この、慮外者ぉぉぉぉぉ!」
「な……」
ハッキリとその姿が見えた時、俺は驚愕した。なぜなら、鎧を着た男が剣を構えながら斬りかかってきていたからだ。
それを見た俺は、レティをトリアナの方へと突き飛ばして、慌てて魔法で盾を作り出す。
「くっ」
「ぬううん!」
敵の攻撃を盾で防ぐことは出来たが、男は攻撃が防がれた瞬間、空いてる左手で腰に挿してあったナイフを取り出していた。
「マズい」
「はぁぁ!」
「エアバスター・クリエイト!」
「ぐはぁぁ……」
ナイフで刺されそうになったが、なんとか盾の隙間から魔法を繰り出して。男を吹き飛ばすことに成功した。
「くそっ いきなりかよ……」
人間の兵士たちの気が立っているのは予想していたが。まさか問答無用で襲われるとは思っていなかった。
「リアトーナ・クリエイト」
俺はリアトーナの剣を化現させて、警戒をしながら男の方へと近づいて行く。
トリアナとダマ爺さんが気をつけろと言ってきたが、まずは話を聞いてもらわないことにはどうしようもない。
そう思いながら男の所にたどり着き。話しかけようとしたら、どうやら俺の魔法で気絶してしまったようだった――
「何をしに来たんだよコイツ……」
俺は愚痴をこぼしながら男を見る。兜を被っているのでよく見えないが。
男は口に白いヒゲを生やした、初老くらいの年齢の男だ。
「クロちゃん……」
「なんだ?」
「なんで……剣でツンツンしているの?」
「え? だって怖いじゃん?」
「…………」
男の反撃が怖かった俺は。盾を構えながら、男のことを剣でつついていた。
トリアナからは、俺が物凄く情けない姿に見えるだろうが。最近の俺はやられっぱなしだったので、油断はしたくない。
この紋章は……バルトディアの兵士か?
「オッサン!」
「え……?」
男の鎧に描かれている紋章を調べていたら、通路の奥から別の男の声がしてきた。
「な……なんだこいつは……」
「クロちゃん、気をつけて! ものすごく強いよ!」
通路の奥から現れたもう一人の長身の男は、身の丈ほどの大剣を構えていて。
その顔には、白い仮面をかぶっている。そして、その男を視認した瞬間。俺の頭の中で警報が鳴り響いていた――




