第94話 身分違いの恋
「朝飯じゃ、食え」
「あぁ。いつもすまない」
「ありがとうございます」
この砦に連れて来られてから六日目。
俺たちは猫の獣人から、いつもの様に食事を受け取る。
最初は食事なんて出てこなかったが。この猫の爺さんが、食事を与えて欲しいと上に進言してくれたらしい。
見た目は一番年上っぽいのに、この砦では下っ端だと聞いた。
「相変わらず旨いな」
「はい、美味しいです」
「ふん。世辞などいらん」
ちなみにこの食事は、爺さんの手作り料理だそうだ。
固いパンは美味しくなかったが、爺さんが作ってくれたシチューが旨い。
飲み込みにくいパンも、シチューに浸すと食べやすくなる。
「白亜は元気なのか?」
「ちゃんと世話をしておる。安心せい」
「そうか、ありがとう」
「ふん」
俺が礼を言うと、爺さんは再び鼻息を鳴らす。
口調は頑固っぽいのに、性格は妙に優しい爺さんだ。
「おかわりばかりするくせに、違うものを食べたい食べたいと言って、手間がかかりおる」
「そ、そうか」
白亜は、小さな籠の中に閉じ込められていると聞いていたが。
意外と元気そうなので、安心することが出来た。
「逃がしてやってくれとまでは言わないが……なぜ、白亜の世話までしてくれるんだ?」
俺たちはともかく、わざわざ子狐の面倒まで見てくれるのが不思議だった。
「白狐は、ワシらの神のひとりじゃ」
「白虎? 虎?」
「白き狐の書いて、びゃっこですね」
「成る程……」
俺が別のものを想像していたら、レティがそう教えてくれた。
獣人が崇めている神は、複数居るらしく。白い狐もその一人だと言われる。
それに、白い狐は数が少なくて珍しいので。人間の間で高く取引をされている中、獣人達は保護をしているらしい。
レティは、話に聞いた獣人の国がの事が好きで、色々と知ってるらしい。
獣人の国が好きというレティの言葉を聞いて、猫爺さんの尻尾が嬉しそうに振られていた。
リアと同じか……
まためんどうなものを、抱え込んじまったみたいだな……
それにしても、レティは獣人の国が好きなのか。意外だったな。
「ありがとうございました。お爺様」
「ダマじゃい」
「え……?」
「ワシの名前じゃ」
食事を終えて食器を返した後、レティが爺さんにお礼を言ったら。
爺さんが、自分の名前はダマだと、レティに自己紹介をしていた。
それを聞いた俺は、猫ならタマじゃないのか? と、つい口にしてしまう。
爺さんとレティが、俺の言葉に不思議がっていたが。何となく説明しづらかったので、適当に誤魔化した。
ちなみにどうでもいいことだが。俺をこの砦に連れてきた、一度しか会っていない犬っぽい獣人の男は。俺の心の中で、ポチと命名した――
「クロちゃん」
「トリアナか」
ダマ爺さんが居なくなってから、しばらくレティと話をしていたら。
どこからともなく、トリアナの声が聴こえてくる。
トリアナは、俺がこの砦に連れて来られてから三日目の朝に。姿を消したままこの場所に潜入してきていた。
鞭で打たれて傷だらけになっている俺を見た彼女は。それはもう、ひどく取り乱して泣きつかれた。
「おはようございます。リアナ様」
「あ、うん。おはよう、レティちゃん」
トリアナがこの場所に来た時、彼女は俺の仲間だとレティに説明したら。
二人はすぐに仲良くなって、愛称で呼び合う仲まで発展していた。
ここに来た時トリアナは姿を消していたから、普通ならもの凄く怪しいのだが。レティは目が見えないので、そんな事は全く関係がない。
レティが、姿を見せたトリアナに、リアナという愛称をつけた時。トリアナは少し複雑そうな表情をしていたが。
俺はそんな彼女に、何も言うことが出来なかった――
「それで。外の状況はどうなんだ?」
「うん。たぶん、今日の夜にでも……乗り込んでくると思うよ」
「そうか……」
外の状況というのは、レティを助けるための人間の兵士たちの事だ。
外にはバルトディア王国の兵士と、ラシュベルト公国の兵士が、この砦を包囲している。
初めてこの場所に連れて来られた時、砦には獣人しか居ないので。ここは南の大陸の、獣王国イルオーネなのかと思っていたが。南ではなく東の大陸だった。
この砦は、東の大陸の南西寄りに建っていて。イルオーネとラシュベルトを繋ぐ国境を監視するのが、本来の役目なのだが。
どこかのアホ王子が婚前旅行の最中に、獣王国の教会で御神体を壊してしまい。国境を強引に突破して逃げたらしい。
ただでさえ獣人は、信仰心が強いと聞いたのに。それに加えて西の大陸で、獣王国と傭兵国グランヴィーゼが一触即発状態の中、そんな事をすれば大問題である。
しかもそのアホ王子は、あろうことか婚約者をおとりにして逃げたのだ。
おとりにされた婚約者は、満足に動くことも出来ずに獣人たちに捕らえられた。
ものすごく腹の立つ話ではあるが。自国の姫をおとりにされたバルトディアの兵士たちの怒りは、それはもう計り知れないほどだそうだ。
俺はさっさと助けて欲しかったが。両国の兵士はずっと言い争いをしていて、今も別々に姫を救出しようとしているらしい。
ここまで言えば、その姫は誰なのかわかると思うが。俺はその姫を連れて逃げる機会を伺っていた。
しかし、話し合いをして謝罪をすればいいものを、連合軍は全く連携を取らずに。獣人たちと争っているという。
その話をトリアナから聞く前に、俺は逃げようとしていたのだが。
いくら姿が消せるといっても、魔法や遠距離武器などが飛び交っている中で。
目が見えないレティを連れて逃げるのは、自殺行為以外の何物でもない。
だから、逃げるに逃げられない状況だったわけだった。
まぁ、鞭打されながら王子の居場所を聞かれなくなったから、俺としては助かったけどな。
トリアナが俺の腰に抱きついてきて、背中をさすってくるので、そんな事を思う。
「クロちゃん……痛くない?」
「あぁ。魔法で痛みは消えてる」
「そう……」
見えないから、傷の方はうまく消せてないけどな。
「お兄様……本当にごめんなさい」
「気にするな。レティは悪く無い」
アホ王子の方は、もしできるのならぶっ飛ばしたいけどな!
あと逃げるときに、俺をぶったリザードマンには復讐させてもらう。
「トリアナ。ソフィアとアリスの様子はどうだった?」
「元気だったよ。すぐにでも、こっちの大陸に来るって言ってた」
トリアナは俺から離れたあと、この辺りを偵察するついでに、アリスたちと連絡を取り合ってたらしい。
どうやってそんな事が出来るのかと聞いたら。聖女と同じような交信を、ソフィアとしていたそうだ。
たまに忘れそうになるが、確かにトリアナとソフィアは女神様なので。そんな事が出来ても不思議ではなかった。
実は俺たちが、次元の狭間に飛ばされて帰還してから、二ヶ月以上も経っていたとトリアナに言われた時は驚いた。
あの空間は時間の概念がないらしく、最悪の場合、何年も何十年も過ぎていたかもしれないと言われてゾッとした。
トリアナ曰く、大聖王様の守護のおかげとの事らしく。それだけはクロフォードに感謝をした。
「この大陸に来るって……どうやってだ? まさか和真の魔法で飛んで来るのか?」
「ううん。アリスちゃんの家族が、飛空船の手配をしてくれてるのだって」
「そうか……」
俺がいきなり行方不明になって、しかも二ヶ月も経ってしまったから。
かなりの心配をかけてしまったようだが、元気なら良かった。
ルナはどうだろ…… 寂しがってたりしていないだろうか。
「ルナとリアはどうだった?」
「ルナちゃんはずいぶんと落ち込んでたみたいだけど、リアちゃんが支えてくれてたみたい」
「ありがたいな」
ついこの間までは逆の立場の二人だったが、リアは強くなれたのかな……
「エレンちゃんの事は聞かないの?」
「エレンさんは大人だから、大丈夫だと思うが……」
俺の返事を聞いたトリアナが、真面目な顔をしながら意外なことを言う――
「エレンちゃんが……あの子たちの中で……一番落ち込んでいたよ」
「なんだって……」
責任感が強いからだろうか……
アリスたちの誘拐のこともあったし、俺の事を心配しすぎていたのかもしれない。
「そうだな……再会したら、ちゃんと謝るよ」
「うん」
「お兄様は……」
「ん……?」
今までの話を聞いていたレティが、少し沈んだような表情をしながら。俺の事を呼ぶ。
「どうした? レティ」
「お兄様には……お慕いなさられている女性の方が……大勢いらっしゃるのですね」
「あー……」
女性の話ばかりしているからな……
ハーレムなんか目指していたから、間違ってはいないが。
やはり他人から見たら、優柔不断野郎にしか見えないか……
「軽蔑したか?」
「いえ……少し、羨ましいです」
「そ、そうか……」
妹に軽蔑されたような気持ちになっていたが。そんな返事を聞かされて、複雑な気分だった。
彼女は国の大切な姫だ。俺とは身分が違いすぎる……
この話はもう……しない方がいいな……
前に和真が言っていたような、身分違いの恋を体現しそうになる気持ちを抑えながら。
このあとは三人で脱出計画を話し合い。もしも、バルトディアよりもラシュベルトの兵士が乗り込んできたら。
レティは、俺と一緒に逃げたいと言ってきた。見捨てられた王子の国なんかに、逃げたくない気持ちはわかったので。
俺はそれを承諾して。夜が更けるまでに、逃げる準備をすることにした――




