第91話 帰還
「起きろ。トリアナ」
トリアナの上半身を抱き起こして、彼女の口を自分の服の袖で拭い、優しく起こす。
それを見ていた白亜が。わらわの時とは正反対じゃ、とか言っていたが気にしない。
《気持ちよさそうに寝ておるの》
クロフォードの言う通り、トリアナには外傷などはなく。心地よさそうに寝ているだけだった。
「身体をバラバラにされるとか言っていたが、ここは大丈夫なのか?」
《うむ。問題はない》
「バラバラ!? 何の話じゃ!?」
「あ……ただの独り言だ。気にするな」
ついうっかり口に出して、クロフォードと会話をしてしまい。それを聞いた白亜が、物凄く驚いていた。
そんなことを言われても気になるじゃろ! という白亜の言葉を無視して、俺は頭の中で会話を続ける。
《危険なのは次元の入り口である。我の力で守らなければ、引き裂かれていた可能性があったのだ》
この次元の狭間に放り込まれる前に、クロフォードが魔法を使い、俺たちの事を守ったらしい。
そして、向こう側とこちら側を行き来できるようにするため、己の意識だけを飛ばして、帰れるようにしていたと言われた。
《俺が目覚めた時、お前の反応が無かったのはそのせいなのか》
《如何にも。力を使いきってしまったので、元の世界に戻るには、御主の協力が必要だが》
《協力? 何をすればいい?》
《願うだけでよい。さすれば、此処から出ることができるであろう》
俺がねがいの魔法に願って、クロフォードの力を使えば、元の世界に帰れるらしい。
力を使いきったという、こいつの事が心配だったが、休眠をすれば問題ないと言われる。
《休眠? もう出てこれないのか?》
《安心するがよい。別に我は消滅してしまうわけではない。ただ……》
《ただ?》
《本来ならば、御主の人生は御主だけのものだ。助力を請われたので出て来たが、我が居ないほうがよかろう》
確かに、ずっとクロフォードに甘えるのも駄目だとは思うが。
それでも、こいつが居なかったら、どうしようもなかったのも事実。
そうだな……
俺自身が強くならないと、駄目だよな。
《もしもまた、我が必要だと思う時が来たら、願うがよい》
《わかった。その時が来ればそうする》
クロフォードとそんな約束をしていたら、トリアナが目を覚ましたようだ――
「うん……ん……」
「やっと起きたのじゃ」
「あれ……? クロ……ちゃん?」
「おはよう、トリアナ」
「うん。おはよう……」
俺に挨拶を交わしたトリアナが、そこでハッと我に返り。慌てて起き上がる。
そして、いきなり正座をして地面に額を付ける。つまり、土下座だ――
「この度はご拝顔の栄に浴すること、恐悦至極に存じます」
「は……?」
「私は、神王の末席に加えて頂いております、トリアーナ・ヴェルシュバルテと申す者です」
唐突にトリアナが、畏まった態度で自己紹介を始めた。
「おおう……これがDO・GE・ZA・か、初めて見たのじゃ」
トリアナのその姿を見た白亜が、どこかの外国人みたいな片言で、そんな感想を口にする。
どうやらこの世界でも、土下座をする文化はあるみたいだった。
「お、おい。急にどうしたんだ? トリアナ」
「え? あれ……? もしかして……ただのクロちゃん?」
「ただの……」
《うむ。ただのクロちゃんであるな》
間違ってはいないが、そんな呼び方をされて少しショックだった。
「俺はクロードだ、あの神様じゃないぞ」
「そ、そっか……ゴメンねクロちゃん。まさか……大聖王様にお会いできるなんて、思っていなかったから」
トリアナは起き上がり、自分の頭を触りながら。いやーあせったあせった……何て呟く。
何人かの聖王とは、会ったことがあるみたいだが。大聖王は、その顔すら見たことがなかったと言われる。
見たことがないと言っても、俺と同じ顔だったけどな……
《我はそれ程、偉くはないのだがな》
《最高神なら、地位も身分も高いじゃないか……》
《ふむ。汝は少し、勘違いをしておるな》
《勘違い?》
《御主にわかり易く説明をすると。聖王に成るためには、徳や品格などは関係ないのだ》
神王から聖王になるには、力の強さが全てだと説明される。
むしろ、品格や品性が必要なのは、大神王の方らしい。
そして聖王の中でも、一番強力な力を持った者が、大聖王として認められるそうだ。
《前任の大聖王を倒して、我は次の大聖王に選ばれたのだ》
「力が全てって……何だその蛮族……」
「え……?」
「なんじゃ?」
《ふむ。言い得て妙であるな》
「創造神だから、一番偉いのかと思っていたぞ」
《創造神は、我の他にも存在しておるぞ》
「マジでか……」
「お主よ、先程から……何を一人でぶつぶつと言っておるのじゃ?」
「あ……」
白亜にそう言われて、俺は言葉を口に出していたことに気づく。
俺の目の前にいるトリアナも、目を見開いて俺のことを見ていた。
「クロちゃん。もしかして……大聖王様と、お話をしているの?」
「あぁ、そうだ」
「なんじゃと! しかし……あの時の恐ろしいほどの力は、感じられぬのじゃが」
「俺たちを助けるために力を使って、弱ってるみたいだからな」
その言葉を聞いたトリアナが、再び土下座をして、何度もお礼を言ってきて。
俺はそれを止めるのに、かなりの時間を要した――
「とにかく……トリアナの元上司が俺の中に居るとしてもだ。そんな態度をされると、俺が困る」
《うむ。我はもう神ではないからな》
「俺の中に居る奴も、そう言ってる」
「わかりまし……わかったよ、クロちゃん」
なんとか説得をしたお陰で、トリアナは納得をしてくれたようだ。
それから、二人にここから脱出することを伝えて。俺はねがい魔法に集中することにした。
「わらわも……連れて行ってくれるのか?」
「当然だろ」
白亜は少し嬉しそうな仕草を見せた後、トリアナに自分の事を教えていた。
ねがいの魔法を発動すると、魔力がどんどん消費されていく感じがする。
「ぐ……これは……きついぞ……」
「クロちゃん。大丈夫?」
《主よ、もっと集中するのだ。ぬぅ……》
平気だと言いたかったが。大量の汗が流れてきて、おまけに目眩もしてきた。
心なしかクロフォードも、かなりつらそうな声を出している――
これ…… 魔力枯渇現象じゃないのか……
ほんとうに大丈夫なんだろうな……
「ぐぅぅ……」
《主よ、見えたぞ!》
「エスケープ・クリエイト!」
クロフォードが道を示した瞬間、俺は魔法を唱えて。
俺たちはこの次元の狭間の中から、元の世界に脱出をした――
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「……ちゃん……クロ……」
「うぅ……」
暗闇の中から、俺を呼ぶ声が聴こえてくる……
気だるさに体が支配されていて、起きたくない。
なんだか……呼びかけてくる声を聞いていると、安心できる。
今は、この心地よさに……身を任せていたい――
「……クロちゃん……」
「えぇぃ……起きよ!」
「痛っ!?」
突然の激痛が走り、俺は痛みで目を覚ました。
目の前には、とても心配をしている表情をした、トリアナの顔があった。
「っ……耳が……痛い……」
「やっと起きたかの」
「大丈夫? クロちゃん」
「あぁ……何でこんなに、耳が痛いんだ?」
「わらわが噛み起したからじゃ」
それを聞いた俺は、白亜の頭に優しく触れた。
白亜は俺に褒められるのかと思ったのか、目を瞑っている。
「イダダダダダ」
無論俺はそんな事をするつもりはなく、白亜の頭を、拳でグリグリとしてやった。
「ひ……ひどいのじゃ……」
「起こし方が悪い……っと……むぉ……」
白亜から手を放し起き上がると、立ちくらみを起こして体がふらついた。
それを見たトリアナが、俺の腰に抱きついてきて支えてくれる。
「これはやばいな……少し休んだほうが、良さそうだ」
「こんな所で、休むのかの?」
「うん?」
まともに歩けそうにもなかった俺は、少し休憩をしてから帰ることを提案したが。
白亜にそんな事を言われて、現在置かれている状況の違和感に気づく――
「何だここ……森……か?」
周りが暗いので気づくのに遅れたが、よく見ると俺達がいる場所は。
和真と一緒に来た洞窟ではなく、木々がいっぱいの深い森の中だった。
「おいまさか……脱出に失敗した?」
《クロフォード、どうなっている?》
頭の中でクロフォードに質問をしたが、全く返事が返ってこない。
あぁ……
休眠すると言っていたな……会話もできないのか。
「大丈夫だよクロちゃん。ここはボクたちが居た世界だから」
不安になっていると、トリアナが脱出に成功したと言ってきたので、俺は安堵した。
「そ、そうか。無事帰還できたのか、よかった……」
「ここはどこなんだ?」
「ここはね……」
「待つのじゃ」
「え?」
「人の声がするのじゃ。何やら慌てておるようじゃの」
現在の場所をトリアナに聞いていると、白亜が緊迫した人の声が聴こえてくるという。
言われて耳を澄ませると、確かに、複数の足跡と人の声が聴こえてくる。
どうやら直ぐ側まで来ているようだったので。
俺は腰からルナティアとソフィーティアを抜き、銃口を森の奥へと向けて警戒した――




