第92話 レティシア
森の奥の方から、複数の足音が近づいてくる。
ここがどこなのかもわからないし、今はできるだけ他人と関わりたくはないのだが。
魔力が枯渇しているせいもあって、自由に動くことが出来ない。
なんとか腰に挿してあった銃を抜き、声が聴こえてくる方向に銃口を向けていたら。
森の中から、三人の男たちがこちらにやって来た――
「人間か!?」
「なぜこんな所に?」
三人の内の二人の男が、俺たちを見てそう口にする。
一人は戦士みたいな鎧を着ている男で、片手剣と盾を装備している。
もう一人の方は、魔導士らしいローブを着た男だ。
開口一番が、人間か? ってのはどういう事だ……
森の中で、魔物にでも襲われていたのだろうか。
「丁度いいね。彼らに代わってもらおう」
「ダニエル様?」
なんだ……?
二人の男たちの後ろに居た、俺より少し年上くらいの青年が、戦士らしき男に話しかける。
青年は、体の所々に豪華な装飾品を付けていて、どこかの貴族らしき風体だ。
何やら三人は、俺たちを放置してボソボソと小声で話し合っている。
「感じ悪いな……」
「クロちゃん」
「トリアナ。お前だけは、いつでも逃げられるようにしていてくれ」
嫌な予感がしたので、こっちもトリアナと小声で話し合う。
いきなり襲いかかってくることはないだろうと思うが、今の俺ではまともに戦えない。
トリアナは姿を消せることができるし、何かあれば保険として動いてもらうことができる。
俺の言葉に、トリアナはなかなか納得してくれないかと思っていたが。
何やら思うことがあったみたいで。少し考える仕草をした後、素直に了承してくれた。
「しかし……それではあまりにも……」
「僕は捕まるのはごめんだよ」
「わかりました」
不穏な会話をする、三人の男たちを警戒していたが。
こちらに襲い掛かってくるような態度は見せてこない。
しばらく俺たちは見つめ合った後、一体何者なのかと質問をしようとしたら。
いい加減痺れを切らしたのか、貴族風の青年が、魔導士らしき男に何かを命令する。
そして命令をされた魔導士が、懐から魔導具みたいな物を取り出して、何かを詠唱し始める――
「くそ、やはり敵か。マジックシールド……」
「あ痛っ!?」
「え……?」
攻撃魔法を警戒して、魔法を防ぐ盾を出そうとしたら。
横に居た白亜が、突然声を上げて痛がっていた。
「なんだ?」
「すまないね」
白亜の方に気を取られていると、魔導士の男が謝罪を口にした後。
三人の男たちは、俺たちの横を素通りしてどこかへと逃げていった。
「せいぜい、囮になってくれよな!」
嫌な捨て台詞を吐いた貴族の言葉が気になったが。
白亜がずっと痛がってる声を出していたので、俺は慌てて駆け寄る。
「痛い! 痛いのじゃ!」
「何だこれ? 足に何かついてる……」
痛がる白亜に近づくと。その足は、金属でできた板に挟まれていた。
「トラバサミか? こんな魔法があるのかよ」
「錬成術だね」
「錬成? 錬金術の事か?」
「うん。錬金術と違って、自分の魔力で物を作り出す魔術だよ」
「俺の魔法と似たようなものか……」
「クロちゃんみたいに、何でも生み出せるってわけじゃないけど……」
こんなトラップや、簡単な武器は魔法で作れるらしいが。
戦闘には不向きで、その特性から、狩猟向けに使われることが多いそうだ。
魔法で作り出したものなら……
「俺の魔法で解除できるよな」
白亜の足を挟んでいるトラバサミを触りながら、俺は解呪魔法を詠唱する――
――マジックポイントが足りません――
頭の中で、ソフィアの声が響き渡った。
「ソフィア!?」
「へ……?」
あぁ……
黒斗が言っていた、システムメッセージ的な声か……
いきなり俺がソフィアの名前を叫んだので、トリアナが首を傾げていた。
白亜は涙目になりながら、何でもいいから早く取って欲しいのじゃー! と叫んでいる。
「外してやるから、我慢してじっとしていろ!」
魔法が使えないので、金属板を両手で掴み、力まかせに開こうとしたが開かない。
トラバサミはそんなに大きくなくて、足を傷つけるようなギザギザにはなっていなかったが。
白亜の体は小さい子猫サイズだし、早く解放してやらないと大変なことになる。
そうこうしているうちに俺たちは、いつの間にか大勢の人間に囲まれていたようだった――
「なんだ? 人が、いっぱい居る……?」
「クロちゃんごめん」
周りから騒がしい声が聞こえてきたと思ったら、トリアナが謝りながらその姿を消す。
そして森の奥から、数人の人間が姿を見せてきて。一人の男が俺に話しかけてくる。
「奴等の仲間か?」
「獣……人……?」
俺に話しかけてきた男は、獣の耳と尻尾を生やした、獣人族だった。
犬っぽい耳と尻尾をしているので、犬系の獣人なのかもしれない。
獣人の男は、白亜を見た後に、俺の方に顔向けて質問をしてくる。
「人間よ、貴様は何故逃げなかった?」
「何のことかわからないが……コイツを放っておけないからだ」
「白い狐? 珍しい……成る程、売り飛ばす気だったのだな」
「はぁ?」
「捕らえろ」
「はっ!」
「な……ぐあっ」
白亜を助けたいと正直に答えたら、そんな事を言って男が部下に命令をする。
突然の出来事に混乱していた俺は、訳のわからないまま数人の獣人たちに取り押さえられた。
「何をす……っ……」
なぜこんな事をするのかと、言葉にしようとした瞬間。
首筋に痛みが走り、視界が暗くなって、俺の意識が遠のいた――
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なんだか、頭を優しく撫でられている気がする。
この感じは…… ソフィアだろうか……
真っ暗な暗闇の中で。俺は、ソフィアの優しさに包まれているような感じがしていた。
「む……うぅ……」
「大丈夫ですか?」
「うん……?」
意識が覚醒し始めると、ソフィアと違う誰かの声が聞こえてきた。
彼女と似た優しさを感じるが、声の主はソフィアはではない。
「なんだ……?」
完全に目を覚ますと、見たことがない女の子に膝枕をされていた――
俺は慌てて起き上がり、彼女から離れたが。首に痛みを感じ、その場に膝をつく。
「つぅ……」
首筋が痛い……
攻撃魔法でも、ぶつけられたのか……
「無理はなさらないでください」
それを見た女の子が、俺の心配をしてくる。
「どこだ……ここは……」
「ここは、グレンセル砦の牢獄です」
「なんだと……」
俺の独り言を聞いた彼女が、この場所のことを教えてくれた。
それを聞いて辺りを見渡したら。確かに牢屋みたいな場所に、俺は軟禁されていた。
「どういう事だこれは……」
いきなり獣人に襲われたと思ったら、砦の牢獄の中?
というか、グレンセル砦ってどこだよ……
「あまり、動かないほうがよろしいですよ」
牢屋に不釣り合いな見た目の綺麗な女の子が、そう語りかけてくる。
ドレスみたいな服を着ていて、薄いプラチナブロンドのロングヘアに、透き通るような白い肌。
こんな薄暗い場所ではなく、外で陽の光を浴びている姿を見たら、見惚れていたかもしれない容姿だ。
女の子の年齢は、俺より少し年下だろうか。彼女はなぜか目を瞑ったまま、俺に話しかけてきていた――
「体の方は、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。少し休めば……平気だ」
「良かったです」
俺の返事を聞いて、女の子は微笑む。
この女の子は誰だろうか……
なんでこんな場所に、俺と一緒に放り込まれているんだ?
「お名前を……」
「ん?」
「お名前を、お聞きしてもよろしいですか?」
「別に構わないが……俺の名前は、クロードだ」
「クロード様……」
名前を知った彼女は、確認をするように、ゆっくりと俺の名前をつぶやいた。
やはり少しだけ、ソフィアに似ている気がする。
「お前は、誰なんだ?」
「私は。レティシア・フォン・クロスウェルク・フィルトリエル・バルトディアです」
「名前が……」
「え……?」
「いや……」
名前が長いなぁ……
どこかの貴族だろうか? リアの名前より長かった気がする。
リアの名前も、ハッキリとは覚えていないが……
教えて貰った名前は、今まで聞いた中でも一番長い名前かもしれない。
「なぜ、目を瞑っているんだ?」
「ごめんなさい。私は、目が見えないのです」
「目が見えない?」
「はい」
目を開けながら、そんな事を言った女の子に近づいて、手を振ってみる。
全く反応がない…… 確かに見えていないようだった。
「病気か、何かか?」
「生まれつきです」
「そうか……」
少しだけ、魔力が回復をしているのを感じた俺は。彼女の顔に優しく触れて、ねがいの魔法を詠唱してみる。
「……? あ、あの?」
少し我慢してくれと彼女に伝えた後、魔法が思い浮かんだのでそれを唱えた。
しかし、魔力不足なのか、それとも俺には治せないのかわからなかったが。彼女の光は戻らなかった。
「駄目か……」
「どうしたのですか?」
「わるい、何でもない」
「そうですか」
俺が変な行動をしたのに、彼女はそれ以上追求してこない。
そして近づいてみてわかったことだが。彼女の首には隷属の首輪が着けられていた。
この娘は奴隷……なのか?
奴隷にしては、随分と身なりの良い服を着ているが。
それに、なぜ靴を履いていないんだ?
貴族みたいな名前で、綺麗なドレスを着ているのに足は裸足。
おまけに、隷属の首輪を着けられているのに奴隷っぽくはない。
そんな不思議な少女を見ながら。俺は、やらたと牢獄に縁がある自分の運命を、軽く恨んでいた――




