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ささいな  作者: 菜津鵜羽
2/2

後編 積み上げられた違和感

解決編です

「……なるほどな。」

 突如そう呟いた坂戸さんの顔を見やると、いつものいたずらっぽい笑い顔がこちらを覗いている。

「何か気づいたんですか?」

「まぁな。」一つ小さく息をついて続けた。

「人間の行動、中でも仕事に関することはほとんどの場合、何か目的があって行われるよな。今回の臨時ミーティング、メインの目的が情報の伝達じゃないとしたら、何が目的だと思う?」

僕は全く想像していなかった質問に少し狼狽える。「目的…?えぇと…時間を潰したかった、とか?」

「うんうん、いい線行ってるんじゃないか?そうなると次は『誰が』だ。今回のミーティングはずっと支配人が話していたし、主催は支配人と見るのが妥当だな。その時間を潰したかった『誰か』が誰であれ、支配人を通さずに今回のミーティングを企画することは難しい。そうなると、時間を潰すために選んだ手段が『ミーティング』なのがミソだ。自分一人の時間を潰すだけなら他にいくらでもやりようはあるのに会議ときた。支配人は、『誰かの』時間を潰したかったんじゃないか。」

つらつらと話を進める先輩に、僕は着いていくのに必死だ。

「そうですね……。いや、まだ時間を潰したかったっていうのが正解かはわかりませんよ。あの会議室を使いたかったのかもしれないし、改めて先月末と同じ内容を聞かせたい誰かがいたのかもしれないし、支配人は上手く丸め込まれただけで、主催は別の人かもしれない。いくらでも想像はできます。」

「そりゃそうだな。」先輩はあっさり認めた。

「じゃあ別の視点から考えていこうぜ。ごっちんは、全部署集めなくてもって言ってたけど、『全部署』って言われたって、勤務している全員が参加するわけじゃないよな。実際ごっちんは最初は参加しない予定だったし、課長だって最初はそのつもりだったと思うぜ。」

僕は肯定の相槌を打つ。僕のような新人は臨時会議には出ないし、それは支配人も承知しているだろう。ならば、支配人は『全部署』という言い方で集まってくる人の時間を潰したかった…?

「いつもの臨時会議の参加者と違う点といえば、ごっちんが参加してたのもそうだけど、もうひとつ変じゃなかったか?」

僕にも思い当たる節があった。インフォメーションカウンターに勤める人たちだ。人の少ない平日の昼とはいえ、全員が出席する必要があっただろうか?

 僕がこの意見を述べると坂戸さんは満足そうに頷く。

「そうだ。もし、このミーティングに情報共有以外の目的があって、それを普段とは違う点から導くとしたら、インフォメーションカウンターに勤める人たちの時間を潰したかったんじゃないか?そして、それって。」一呼吸置く。「インフォメーションカウンターから人を遠ざけたかった、とも言い換えられるよな。」

僕は少しの間、思考するために黙っていた。坂戸さんは補足するように続ける。

「俺は始めに会議の目的はなんだと思うか聞いたよな。ごっちんの『時間を潰す』てのも間違っちゃいないと思うけど、俺は厳密には『とある場所に人が近づかないようにするため』なんじゃないかと考えたわけだ。」

「それだけだと根拠は薄いと言わざるを得ませんが…。」僕はその先を続けることができなかった。

坂戸さんはニヤリと笑う。「お前が感じたひとつひとつの違和感は『そんなこともあるよね』で片付けられるが、全てを重ね合わせて考えると偶然ではないように思えてこないか?このままいくぞ。」

楽しくなってきたらしい。テンションの上がってきた先輩は続けて、

「ごっちんが言ってた二個めの疑問を覚えてるか?」

「中途半端な開始時間の話ですね。」

「そうだ。13:40というハンパな時間から会議が始まったことによって起こることを考える。どこかのテナントのセールが始まるとか、本社のお偉いさんが来るとか、クレーマーが来店するとか、俺らには分からない何かがあるのかもな。ただし、その時間から会議が始まったことによって実際に起こった事象はあった。ささいなことだけど。」

僕は置いていかれまいと懸命に記憶を手繰る。会議中に起こった、僕にも坂戸さんにも認識できた出来事…?

「インフォメーションカウンターのシフトが交代の時間になったこと…?」おそるおそる考えを口にしてみる。

 正解だったようで、坂戸さんはわざとらしく指を鳴らす。

「その通り。俺はカウンターの子を全員把握してるわけじゃないが、全員と顔見知りのごっちんは『一人を残して全員が出席していた』って言ってたよな。」

なんだか雲行きが怪しくなってきた。

「中途半端な時間設定だったのは、ちょうど会議中にカウンターのシフトが交代するため。それによって起こることは、大きく言えば二つだろ。戸田さんが会議の頭を聞き逃すことと、交代の子が会議の頭だけを聞けることだ。交代のタイミングが境界線と考えると、答えに近づけるんじゃないか?」

僕はメモを見返しながら考えるが、いかんせん内容はほとんど既出なのだ。新しい情報だって、それほど重要なことには思えない。僕がピンとこないでいると、坂戸さんは自論の展開を続ける。

「俺が目をつけたのは、支配人がいっちばん始め、部屋に入ってきてすぐに言ったことだ。」

「……お客様の財布を拾ったからとりあえずインフォメーションカウンターに預けてきた。」

「その通り!そのことを戸田さんは知らないかと言うとそうじゃない。戸田さんに預けてきた、と言っていたからな。そしてそれは会議中に交代要因の子も聞いている。」

僕はなんだか落ち着かない気持ちだった。先輩はさらに続ける。

「ここで俺がふと思い出したのは、ごっちんのメモにあったお客様からのクレームについてだ。『落とし物として返却された財布の中身が減っている』といった旨のクレームがあったよな。最初俺が見た時は知らんがなって気持ちだったが。他のクレーム、例えばトイレが汚いとかには、清掃業者への指導を見直す、などの対策が取られていたよな。もし、この財布に関するクレームにも対策を取ろうとしていた、としたら…?」

ここまで言われたらさすがの僕でも言いたいことは分かる。

「……つまり、インフォメーションカウンターに勤める人の中に、落とし物の財布の中身を漁る人がいる。その人の目星は付いているが証拠はない。ならば現行犯を抑えようとした……。」

坂戸さんはもはや笑っている。

「その通り!飽くまで全部俺の想像だ。だけど、そう考えると色々説明がつく気がしないか?」

僕は懸命に否定する要素を探す。

「……でも、何も開始時間を中途半端にして交代させなくても、始めから疑わしい人を一人にして、そこに警備員さんに拾ったから届けておいてくれとでも言って預けたものを渡してもらうでも良かったのでは?」

「それもそうだな。強いて言うなら、支配人、それから戸田さんは今日のうちに絶対に犯行を押さえたかったんじゃないか?だから、会議の冒頭を聞かせることで会議の雰囲気を見せて、この後もしばらくは終わらない、つまり時間があることを見せたかった、とか。支配人は『中身を見ずに』預けたとも言っていたし、実行するには絶好のチャンスになると思う。」

「そうか…。僕のカウンター業務だけが予想外だったわけですね。この業務は課長の指示で行っているから。」

坂戸さんは満足そうに頷いた。

「そういうことだ。さて、ミニ会議はここらへんにして、事務所に戻るか。俺たちの推理が当たってるかはいずれ分かるさ。」

そう言って坂戸さんは缶に残っていたコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。

 ささいな違和感から辿り着いた仄暗い気持ちを吹き払うように、僕も缶ジュースを一気飲みした。


 あれから約二週間後、改めてカウンター業務に入った時に、カウンターの子が一人急に辞めたと聞いた。それまで特に大事にはなっていなかったので、警察沙汰には至らなかったのか、それともごく内密に対処されたのか。それは分からないが、坂戸さんの想像は当たっていたと見て良さそうだ。

 坂戸さんはそれほどことの顛末を気にしていたわけではなかったようだが、自分の考えが的を射ていたことに満足そうだった。

「ふふん。そうかそうか、当たってたか。まぁ俺たちには直接は関係ないからな。関係ないのになんでごっちんはそんなに落ち込んでるんだ?」

坂戸さんの言う通り、僕はいささか暗い気持ちだった。

「僕はあの日、いつもの業務の日よりも早めにカウンターに着いたんです。だから支配人に対面して、ミーティングに出るように言われた。本当にたまたまです。だけど、僕がいつも通り、時間ちょうどくらいにカウンターに着いていたらもう彼女と交代していて当然僕は支配人に会わず、僕がいたから彼女は犯行に至らなかったかもしれない。」

「なんだ、そんなことで落ち込んでたのか?いいか、そいつは前にも同じことをやってる。だから今回こんな囮作戦みたいなので捕まえたんだろ。むしろたまたまごっちんが早く行ったおかげで作戦が決行できて、無事に捕まえることができたんじゃないか。それに、もし今回を逃したってその子はまた同じことをして、同じ結末を辿ることになったさ。どちらかと言えばごっちんのしたことは貢献だと思うね。」

この人は普段は適当だけど、こういう人としての優しさみたいなものはきちんと持ち合わせているのだ。肩の力が抜けた気がした。

「さ、仕事をするぞごっちん。次はひな祭りだ。」

表のカウンターでは、今日も通常通りの業務が行われている。

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