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ささいな  作者: 菜津鵜羽
1/2

前編 変なミーティング

 1

 田舎のショッピングモールは、とにかく敷地と面積が広い。僕、越生翔太郎おごせ しょうたろうが初めて都内のショッピングモール(にあたる商業施設)を訪れた時は、縦に続く建物の高さとワンフロアの狭さに驚いたものである。中心にエスカレーターを挟んで縦に十階分ほど続くそのショッピングモールは、登り降りしているうちに自分が今何階にいるのか分からなくさせる。僕が都会暮らしを断念した理由のうちのひとつだ。

 その点、田舎のショッピングモールは横に長い。三階建て程度の高さの代わりに、ワンフロアに何十もの店舗が詰まっているためひたすら歩いて回らなければならない。その分見晴らしがよく、吹き抜けで他の階の様子まで見渡せる田舎式の方が自分の性に合っていると感じていた。

 二月半ば、バックヤードにある管理事務所は冷え込みの厳しくなってきた外界の影響を大きく受けて、朝から足元を冷やしている。夜の間も動いていたはずのささやかな暖房設備はわずかな温風を吐き出すばかりで、事務所に詰める人は各々ブランケットやマイヒーターを持ち込んでいる人が多い。バレンタインで土日は比較的混み合うこのショッピングモールも、平日の人の入りは穏やかだ。今日も通常通りの事務的な業務をこなすだけで一日が終わるだろうと思いながら、僕は自分のデスクでメールなどを確認しながら朝礼を待つ。隣のデスクの住人は未だ出勤してこないが、いつものようにどうせギリギリに来るのだろう。


 「それで、おっさんは朝礼でなんか言ってたか?」

隣の席の持ち主で、僕の二年先輩の坂戸康平さかど こうへいは、朝礼が終わるころにしれっと現れた。坂戸さんはいつも朝礼に間に合ったり間に合わなかったりだが、それを咎められる前にのらりくらりと躱すので、おそらく一度も注意を受けたことはないだろうと思う。ある意味そういう性格として周囲に受け入れられているふしがあり、僕にはできない生き方と割り切れれば良いが、少し羨ましくもある。

「特に。二月中旬の平日ですし、大きな動きはないと思います。」

『おっさん』という敬意のかけらもない呼ばれ方をしたのは副支配人のことで、朝礼の司会は副支配人の仕事である。

「あ、一つだけ」僕は朝礼の内容を振り返って伝えるべき内容を思い出した。「今日は臨時のミーティングをするそうです。昼の13:40から。全部署参加のやつらしいですよ」

「13:40?随分中途半端だなぁ。ごっちんも出るの?」

『ごっちん』というちょっと気恥ずかしい呼ばれ方をしたのは僕のことだ。「おごせ」の「ご」らしい。

「いやぁ、僕は出なくていいんじゃないかと思ってます。坂戸さんが出れば充分でしょう。」

僕は月一の定例会議は出席するが、臨時の会議や、企画会にはまだ出席しない。二年目かそこらの新人が出るような幕ではないのだ。今回は突如行われる臨時のミーティングである。何か早急に取り掛かるべき事柄でも発生したのだろうか。坂戸さんが何を思ったかは分からないが、「ふぅん」と納得を見せて朝の小規模な情報共有は終了した。


2

 午前中は、資料をまとめたり、来月のキャンペーンの詳細を詰めたりで穏やかに過ぎた。昼食を済ませ、お客様のいる表のフロアへ向かう。

 僕はこのショッピングモールの管理事務所に勤めているため、普段はあまり表を出歩くことはない。吹き抜けの装飾を取り替えたり、新しく入るテナントさんと打ち合わせをしたりすることはあっても、基本はバックヤードにある事務所に座って仕事をしている。しかし、ショッピングモールはお客様あっての施設である。バックヤードに詰めてばかりでは、実際の売り場の様子がわからないまま、どんなお客様が何を思ってここを訪れているのかわからずに仕事をすることになる。

 そこで、課長の命で、新人は何年かの間は二週間に一度ほどの頻度でインフォメーションカウンターの業務を手伝うことになっていた。入社二年目の僕も例外ではなく、今日がその手伝いの日だ。課長とその場にいた坂戸さんに声をかけて事務所を出た僕は、バックヤードの扉を出て、表のフロアの前で一礼してからインフォメーションカウンターを目指した。

 歩きながらそっと腕時計を見る。13:00。僕らお手伝いは14:00に業務を開始できればいいことになっているので、かなり早めだ。いつもなら自分のデスクでもう少し事務作業をして、ちょうどに着くくらいに合わせて事務所を出るが、今日は急ぎの業務もないし、早めに行って掃除しようか。そんなことを考えながら歩くとインフォメーションカウンターが見えてきた。カウンターではちょうど誰かがやりとりをしているようだ。モールの制服を着て、しゃんと立っているのはおそらく戸田さんだろう。ぱつっと切り揃えられた黒髪のボブカットが見える。カウンターの外側から戸田さんと話しているのはお客様かと思ったが、よく見るとこのモールの支配人だ。普段は事務所にいる支配人が表にいるのは珍しい。戸田さんも支配人も、何やら厳しい顔つきで真剣に話している。

 近づいてくる僕に先に気がついた戸田さんは、一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐにいつもの柔和な微笑みで僕に挨拶をした。遅れて僕の存在を認識した支配人も、やはり少し驚いているように見えた。

「越生くん。そうか、今日は例の業務の日だったんだね。」

五十も後半に差し掛かっている支配人は、頭こそ寂しさがあれど姿勢もよく、上に立つ者としての貫禄がある。戸田さんに釣られてか、頬に微笑を浮かべているものの、有無を言わさない目つきでそのまま今日の僕の業務内容の変更を告げた。

「今日このあとあるミーティングに、君にも参加してもらいたいんだ。直前の連絡になってしまってすまないが、他の業務よりもミーティングを優先してもらいたい。事前準備や議事録などもいらないから、今後のためも考えて内容の聞き取りに集中してくれ。戸田さんには話は通しておくから。」

これまでも急にその日の業務が変更になることはあったが、それが支配人直々の命令となるといささか不思議な気持ちが残る。そんなに大切なミーティングなのだろうか?とはいえ断る理由も権利もない僕は素直に頷くしかない。

「わかりました。」

13:40からのミーティングにあまり時間はない。戸田さんと支配人に軽く挨拶をして、すぐに来た道を引き返した。

 

3

 ミーティングは大会議室で行われる。大会議室といっても、せいぜい五十人程度の広さの部屋で、扉を入って正面にホワイトボードが置かれ、ボードに向かって長机が並べられている一般的な会議室である。会議まで少し余裕があるので、人はまだまばらだ。僕は一番後ろの端の席に腰を下ろした。

 隣に誰かが来た気配に顔を上げると、坂戸さんだ。少しいたずらっぽく笑って、

「あれ?お前、表の手伝いの日じゃなかったのか?こんなとこにいていいのかよ」

僕は自分が『こんなとこ』にいる理由を説明した。

「ふぅん。支配人が直接ね。そんなに大層なミーティングなのか?」坂戸さんも僕と概ね同じ感想を口にする。そのまま坂戸さんは隣に着席した。


 開始時刻が近くなってくると、会議室も人が集まってきた。いつも事務所に勤めているメンバーと顔ぶれはほとんど変わらないが、どうやら表のカウンターの人たちも多く出席しているようだ。というか、今の時間の当番であろう戸田さん以外の全員がいるように見える。ミーティングの内容はインフォメーションカウンターに関係のある事柄なのだろうか。

 時間になってもミーティングは始まらなかった。坂戸さんは隠れてスマホを見ていたが、僕は少し落ち着かない。

 四十分を二、三分過ぎたとき、突然支配人が入ってきた。急いで来たのか、少し息が上がっている。

「いやぁ、遅くなってしまって申し訳ない。表でお客様の落とし物と見られる財布を拾ったものでね。急いでいたので中身も見ずに一旦インフォの戸田さんに預けてきてしまいましたよ。」

坂戸さんがぼそっと「良い言い訳ですなぁ」などと呟いている。そもそも坂戸さんは時間を守らない側なのだから、数分遅れてきた支配人を責める資格はない気がするのだが……。

 その後もバレンタインキャンペーンへの協力に感謝するだの、節分で特設会場の恵方巻きが売れただの、雑談に近い近況報告が行われた。十分ほど経ったところで、カウンター勤めの制服姿の女性が席を立った。しばらく後に戸田さんが入れ替わりで会議室に入ってきたので、彼女が交代要員だったのだろうか、14:00からのシフトか?どうせ会議も初頭の十数分しかいられないのならば、始めから会議に参加しなくても良かった気もするが。

 支配人直々に参加を命じられたために、少々緊張しながら臨んだミーティングだったが、会議が進んでもそれほど重要そうな議題は挙がらなかった。それどころか、この1時間ほどのミーティングは月末に行う定例会議の内容とほとんど差がないように思えた。会議が終わり、続々と人が会議室から出ていく。なんだか腑に落ちない思いで自分のとったメモを眺めていたら、隣で坂戸さんが大きく伸びをした。「よし、事務所に戻るぞごっちん」

さては寝てましたね?坂戸さん。


 僕は歩きながら、やっぱりもやもやしていた。

「坂戸さん、さっきのミーティング、なんのためのミーティングだったんですかね?」

少し前を歩く坂戸さんは振り返らずに返す。

「ははぁ、ごっちんも言うようになったなぁ。確かにあんなミーティング、なんの意味もねぇよなぁ」

「いや、そうじゃなくて……」僕は別にあんな意味のない会議なんてやめちまえとか思ってるわけじゃなくて…

「なんだか変じゃないですか?ミーティングの内容は先月末に行われた定例会議の内容とほとんど一緒でしたよ。それなのに急遽ミーティングを開いて、しかも全部署参加だなんて、どうしてですかね?そんなに何度も繰り返し伝えるような大切な内容ではなかったと思うんですが……」

坂戸さんは「ふむ」とだけ呟く。そして大げさに僕を振り返ると、例のいたずらっぽい表情で続けた。

「それは確かに変だなぁ。一旦ミーティングの内容をよぉぉく考え直した方が良さそうだ。事務所に戻るのはやめにして、このまま休憩室に行こう」

別にサボりの口実を与えたかったわけでもないですよ、坂戸さん。でもずっと心に引っかかって仕事にならなそうなのも事実なので、僕より少しばかりこの職場に詳しい先輩の言うことに素直に従うことにした。


 缶ジュースを僕の分まで買ってくれた坂戸さんは、休憩室のテーブルのある椅子に腰を下ろした。

「よしよし。ここに座れよ。…それとも何か急ぎの用事でもあったか?」

根は真面目なのだろう、僕を気遣うそぶりを見せた坂戸さんに可笑しくなって、僕はちょっと笑った。「あったら着いてきてないですよ。坂戸さんに聞いてもらおうと思います。」

僕は言われた通り、坂戸さんの隣に座った。

「それで、何が変なんだって?」

「今日、急遽行われたミーティングですよ。何か重大な報告とか議題があるのかと思ったら、内容はほとんど先月末の定例会議と同じでした。この内容なら全部署を集めなくても良かったのでは?特に表のカウンター勤めのみなさんなんて、一人留守番を残して交代しながら全員出られるようにしていましたよ。そこまでするような内容だったんでしょうか?開始時間も13:40なんて中途半端でしたし。」

「待て待て、落ち着けよ。なるほどね。俺は会議をよく聞いてなかった…じゃなかった、念のためもう一度確認した方が良さそうだな。内容を具体的に覚えてるか?」

僕は自分でとったメモを取り出す。「メモとってるなんて偉いじゃないか。」坂戸さんは感心している。

「えぇと、本当に先月末とほとんど同じだったんですよ。クリスマスから年末年始にかけての売り上げ報告とキャンペーンの効果について、節分の特設会場の恵方巻きの売り上げと集客について、新しいテナントの打ち合わせについての現状報告、清掃業者への清掃指導の見直し、駐車場の利用状況について、お客様からのクレーム(トイレが汚れていた、落とし物として返却された財布の中身が減っていた気がする、エスカレーターの周りに列ができていて通行に支障があった)、ここまでは先月末と同じです。新しい情報は、バレンタインキャンペーンの中間報告と来年度の節分に向けた意見を募集している、という話くらいですかね。」

「なるほど。確かに緊急で臨時のミーティングを開くほどの内容には思えねぇなぁ。そんで、一個めの疑問が内容の薄さだとして、二個めがなんだ?開始時間?」

「そうです。13:40なら、十分早めて13:30か、刻んで13:45が相場じゃないですか?」

「そうだなぁ…。じゃあ会議の時間を決めますって時に、わざわざ13:40を指定することはないよな。」

今のところ坂戸さんも僕の意見に同意らしい。不思議そうに頭をひねっている。

「これは一個めと重なりますが、この程度の内容なら全部署を集めなくても良かったんじゃ、てことです。時間に関して言えば、中途半端な時間だったせいで途中でカウンターの人はシフトを交代しなければならなくなっていましたし…。」

「……。なぁ、ごっちんは今日本当ならカウンター業務の日だっただろ?支配人に言われてミーティングに参加したって言ってたか?」

小さく頷いて、改めて坂戸さんに当時の状況を説明する。

「なるほど、カウンターの前で、か……。」

坂戸さんは真剣な顔つきで何やら考え込んでしまった。

 しばらく沈黙が続く。坂戸さんは相変わらず真剣な眼差しで、足を組み替えたり、僕のメモを見返したりしていた。

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