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朱里への返事を考えているとスマホが震える。
湊。
少しだけ目を閉じる。
出るか迷って、それでも出る。
「……なに」
自分でも分かるくらい疲れた声。
『今、いい?』
「ん、どした」
『……ちょっと相談』
珍しい。
湊が人に相談する時は、だいたい本気だ。
「で?」
息を吐く音が聞こえる。
『……指輪ってさ』
「は?」
『プロポーズの』
一瞬、言葉が止まる。
頭の中でその単語がゆっくり形になる。
指輪。
プロポーズ。
「……急だな」
思わず出た。
『急じゃねえよ』
「いや急だろ」
『ずっと考えてたし』
「……そっか」
短く返す。
電話越しに、湊がちゃんと前を見てるのが分かる。
それだけで少し、安心する。
「で、なんで俺」
『他に誰に聞くんだよ』
「本人に聞けよ」
『サプライズしたい』
「一生物なんだから好みじゃなきゃ意味ないだろ」
『……だから、お前に聞いてる』
少し低い声。
必死さが混じってる。
ほんの少しだけ
羨ましいと思ってしまう自分に気づく。
俺は今、会う時間すら作れてないのに。
「…どこで詰まってんの」
自然に声が落ちる。
『種類多すぎんだろ』
思わず笑いそうになる。
『デザインも素材も意味も色々あるし』
『どれ選んでも中途半端な気して』
『決めきれねえ』
一気に吐き出す。
真面目すぎる。
「お前だなって感じ」
『なにそれ』
「考えすぎ」
『うるせえ』
「いや褒めてる」
小さく笑うと、少しだけ疲れが抜ける。
「候補は?」
『……ある』
「送れ」
画面を見つめる。
どっちも悪くない。
でも。
「どっちも似合いそう」
『それ一番困る』
少しだけ間を置く。
「お前もう決まってるだろ」
『……なんで分かるん』
「なんとなく」
決めてる時の声をしてる。
少し静かになる。
「いいじゃん」
声を落とす。
「それ選んどけよ」
『……ええんかな』
その声が、少し弱い。
珍しい。
「遥花、お前が選んだもんなら
なんでも嬉しいタイプだろ」
「ちゃんと考えて選んだって分かるし」
言いながら、胸の奥がざわつく。
一生物。
ちゃんと考える。
守る。
俺は今、何をしてる。
忙しい。
会えてない。
時間がない。
言い訳ばっかりだ。
『……じゃあこれにする』
「はい決定」
『軽』
「お前が重すぎ」
小さく笑う。
その重さが、羨ましい。
少し間が空く。
自然と、声が真面目になる。
「ちゃんとやろうとしてんの、いいと思うよ」
「焦ってねえのも、お前っぽいし」
『……焦ってるわ』
その言葉に、少し引っかかる。
「なにに」
一瞬の沈黙。
『なんでもねえ』
深追いしない。
今はそれでいい。
「……頑張れよ」
本音だ。
湊には、ちゃんとやってほしい。
俺より一歩先に進むとしても。
『……おう』
通話が切れる。
静かな部屋。
スマホを握ったまま、天井を見る。
指輪。
一生物。
朱里のトーク画面を開く。
最後のメッセージ。
《私も、会いたいです》
「……くそ」
小さく吐く。
湊はもう覚悟を決めてる。
俺は。
まだ、時間に言い訳してる。
でも。
画面を見つめながら思う。
ちゃんと向き合う。
一生物なんて言葉を口にするなら、
今のままじゃ足りない。
スマホを握り直す。
『日曜、迎えに行く』
既読がつくのを、今度はちゃんと待つ。
「境界線の内側で」#106の裏側です。




