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息が、まだ揃わない。
腕の中で、朱里が小さく震えている。
泣いているわけじゃない。
余韻に溺れて、呼吸がうまく整わないだけだ。
やっと、越えた。
焦りでも、勢いでもなく。
覚悟と覚悟で。
朱里の額に、唇を落とす。
「……大丈夫か」
朱里は胸に顔を埋めたまま、小さく頷く。
「……はい」
声が掠れている。
それだけで、胸が締め付けられる。
悠はゆっくり腕の力を緩める。
でも、離さない。
「無理させたよな」
「してません」
少しだけ拗ねた声。
さっき泣いていたのが嘘みたいに、素直だ。
悠は目を閉じる。
理性が切れた瞬間を思い出す。
あの涙。
あの「なりたい」。
「……朱里」
「はい」
「後悔してないか」
間を置いて、
「してません」
顔を上げる。
まだ少し赤いけれど、
瞳は揺れていない。
そこにあるのは、安心だ。
悠の喉が鳴る。
守るつもりだった。
大事にするつもりだった。
でも今、守られているのは俺かもしれない。
「……俺のもの、な」
朱里が、照れながら頷く。
「悠さんも、私のです」
その一言で、胸の奥が熱くなる。
独占欲が、甘く満たされる。
悠は額を合わせる。
「春から忙しくなっても」
「離さない」
朱里の指が、背中をぎゅっと掴む。
「私も、離れません」
それは約束じゃない。
宣言だ。
部屋の空気は、さっきまでの熱とは違う。
落ち着いた、深い温度。
静かな繋がり。
「……ずっと我慢してたのに」
悠がぽつりと呟く。
「朱里が泣くから」
「悠さんが止めるからです」
そのやり取りに、二人で小さく笑う。
さっきまで、あんなに張り詰めていたのに。
悠は朱里の髪を撫でる。
「小さいくせに」
「関係ないです」
「俺を振り回すな」
「振り回してません」
選ばれて、揺さぶられて、理性を壊されて。
それでも、嬉しい。
「……朱里」
「はい」
「好きだ」
今までより、ずっと静かに。
でも、ずっと深い。
朱里は少しだけ目を潤ませて、
「私もです」
越えたのは一線じゃない。
距離。
遠慮。
春の前。
二人はやっと、本当に並んだ。




