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図書館は、何も変わっていない。
いつもの匂い。
いつもの静けさ。
いつもの午後の光。
なのに。
落ち着かない。
入口をくぐった瞬間から、妙に心拍が速い。
自分でも笑える。
彼氏初日。
たったそれだけのことなのに。
カウンターの奥に、朱里がいる。
目が合う。
一瞬だけ、止まる。
それから、いつも通りの顔で小さく会釈。
「いらっしゃいませ」
業務用の声。
でも、少しだけ柔らかい。
悠も軽く頷く。
「どうも」
それだけ。
それだけなのに、距離が違う。
席に座る。
いつも通り本を開く。
文字を追っているはずなのに、頭に入らない。
視線が、無意識にカウンターへ向く。
朱里が誰かの返却処理をしている。
横顔。
小さな仕草。
今まではただの“司書”だった。
今は、彼女。
その事実が、胸の奥を静かに熱くする。
(彼女)
心の中で繰り返す。
実感がまだ追いつかない。
ページをめくる音がやけに大きい。
落ち着け。
いつも通りだ。
何も変わっていない。
なのに。
視線が合う回数が増えている。
目が合うたび、朱里がほんの少しだけ視線を逸らす。
それが、余計に意識させる。
閉館時間が近づく。
利用者が減っていく。
静けさが濃くなる。
本を閉じて、立ち上がる。
返却カウンターへ向かう。
距離が近づくたび、呼吸が浅くなる。
「お願いします」
朱里の指が、少しだけ触れる。
一瞬。
ほんの一瞬。
でも確かに、触れた。
二人とも同時に視線を上げる。
近い。
前より、近い。
沈黙。
気まずくはない。
でも、静かすぎる。
「……悠さん」
小さな声。
心臓が跳ねる。
「ん、」
平静を装う。
「お時間、少しありますか」
「どうした」
「……その、」
「彼氏って、どうしたらいいんでしょう」
「どう、って」
「距離とか、話し方とか……変えた方がいいのかなって」
彼女なりに考えてる。
まだぎこちない。
まだ、慎重。
悠は少し笑う。
「変えなくていい」
「無理に変えたら、たぶんどっちも変になる」
悠が一歩だけ近づく。
でも触れない。
「……ただ」
朱里が見上げる。
「今までより、少しだけ近くなれたらいい」




