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紙をめくる音と、キーボードの打鍵音。
たまに誰かの咳払い。
研究室より、ここが好きだ。
適度に人の気配があって、
でも干渉されない。
今日もいつもの席に座る。
参考文献を広げて、ノートを開いて、ペンを走らせる。
集中はできている、はずだ。
なのに。
ふと視線が上がる。
別に理由はない。
音がしたわけでもない。
ただ、なんとなく。
カウンターの向こう。
返却本を整理している姿が見える。
ああ、今日もいるんだな。
それだけ思って、すぐ視線を落とす。
別に珍しくもない。
彼女はほぼ毎日いる。
シフトなんだろう。
なのに、今日は何の本を扱ってるんだとか、
髪まとめてるな、とか、
そんなことが目に入る。
……集中。
ペンを持ち直す。
数式を追う。
理論を組み立てる。
気づいたら彼女を追っている。
意味はない。
立ち上がって棚に向かう人影。
小さな脚立を使って、上段の本を取ろうとしている。
危なっかしい、とかじゃない。
ちゃんと安定している。
でも、なんとなく見ている。
彼女が本を取って、脚立を戻して、
またカウンターに戻るまで。
それを確認してから、視線を落とす。
何やってんだ、俺。
軽く息を吐く。
別に心配するようなことでもない。
図書館だぞ。
事故なんてそうそう起きない。
それでも目で追ったのは、
ただの暇つぶしだ。
ページをめくる。
集中できないわけじゃない。
思考は回っている。
でも、どこか意識の端に、
静かな存在がある。
音を立てない。
話しかけてもこない。
でも、確実にそこにいる。
閉館アナウンスが流れる。
時計を見る。
思ったより時間が経っていた。
立ち上がって本を返却する。
カウンターに置くと、
彼女が顔を上げる。
「ありがとうございました」
いつも通りの声。
抑揚は少ない。
でも冷たくはない。
「どうも」
それだけ返す。
一瞬、目が合う。
逸らさない。
でも、続かない。
数秒。
それだけ。
外に出ると、少し冷たい風。
歩き出してから気づく。
今日、結局何回あっち見た?
思い出そうとして、やめる。
数えるほどじゃない。
多分。
別に、特別な感情じゃない。
ただ、視界に入るだけだ。
それだけ。
なのに。
明日もいるかどうか、少しだけ気になる。
……いや。
いるだろ。
シフトなんだし。
そう自分に言い聞かせながら、
無意識に、明日の予定を思い浮かべている。
図書館に行く時間を、
いつもと同じにするかどうか。
そう考えている時点で、
もう、遅い。




