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玄関の鍵が回る音。
扉を開けて、閉まる音。
……続くはずの音が聞こえない。
少し間が空く。
靴を脱ぐ音も、
リビングに向かう足音もない。
わずかな違和感。
立ち上がって玄関に向かう。
「……朱里?」
俯きがちに佇む朱里。
靴も脱いでいない。
ただ、そこに立っている。
何かあったのか。
……違う。
何もないからだ。
ゆっくりと、朱里の手を取る。
まだ暑さが残る季節。
それなのに、
朱里の手は氷みたいに冷たい。
「朱里」
返事はない。
代わりに、
朱里の肩が小さく震える。
それを見た瞬間、
胸の奥が強く締め付けられる。
静かに朱里を抱き込む。
こんなに細かっただろうか。
腕の中の体は、
驚くほど軽い。
守りたかった。
壊れそうな姿を、
もう見たくなかった。
終わったことだと思っていた。
もう、
前に進めると。
でも。
それは、俺の中だけだった。
朱里は、
まだ止まっていたんだ。
朱里の中では
終わっていない。
壊したのは、
俺だ。




