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返却を終えたタイミングで

篠原が少しだけ視線を上げる。


「あの」


呼び止められる。


珍しい。


「はい」


「今週末、お時間ありますか」


一瞬、呼吸が止まる。


週末。


お時間。


脳内で警報が鳴る。


「……ありますけど」


声が一段低くなるのが自分でも分かる。


篠原はカウンターの下から封筒を取り出す。


「〇〇大学で、特別展示があるそうで。

関係者枠でチケットをいただいたんです」


研究分野。


自分がよく読んでいるテーマ。


「神谷さん、いつもその分野の本読まれてますよね」


覚えている。


そこまで見ている。


胸の奥がざわつく。


「よろしければ」


封筒を差し出す。


一瞬だけ、落ちる。


「……二人で、ですか」


ほとんど無意識に出た言葉。


篠原は首を振る。


「いえ、さしあげます。」


平然としている。


当然のように。


「興味はありますけど、専門ではないですし」


さらっと続ける。


「神谷さん、集中したいでしょうし。

一緒だと気を遣われるかと」


そこまで言われて、ようやく理解する。


これは善意だ。


純粋な。


でも。


それで終わるのは、嫌だ。


「……篠原さん興味はあるんですよね」


封筒を受け取らないまま聞く。


篠原が一瞬だけ迷う。


「ありますけど」


「じゃあ」


喉が、勝手に動く。


考えるより先に。


「一緒に、行きましょう」


言ってから、遅れて鼓動が跳ねる。


やりすぎたか。


踏み込みすぎか。


沈黙が落ちる。


篠原は、ほんのわずかに目を見開いている。


それから、ゆっくりと視線を落とす。


「……ご迷惑では」


「迷惑じゃないです。」


即答だった。


自分でも驚くほど。


「むしろ」


言葉を探す。


言い過ぎないように。


でも逃げないように。


「詳しい人が隣にいたほうが、楽しいです」


嘘ではない。


でも本音は、もう少しだけ別にある。


篠原は小さく息を吐く。


「では」


ほんの少しだけ、口元が緩む。


「ご一緒します」


その瞬間。


胸の奥が、静かに熱を持つ。


デートではない。


研究見学だ。


ただの展示会。


そう言い聞かす。


悠は封筒を受け取りながら、気づく。


……連絡手段。


「……あの」


篠原が顔を上げる。


「はい?」


少しだけ呼吸を整える。


大げさにするな。


展示会のため。


それだけだ。


「連絡先、交換してもいいですか」


一拍置いて、付け足す。


「時間とか、決めるのに」


説明を足すあたりが、自分でもらしいと思う。


篠原は一瞬だけ目を瞬かせて、


「あ、はい」


と、あっさり頷く。


「メッセージアプリで大丈夫ですか」


「はい」


ポケットからスマホを取り出す。


指が少しだけ滑る。


落ち着け。


QRコードを表示する。


篠原がそれを読み取る。


画面に「追加しました」と表示される。


悠の画面にも、新しい通知。


篠原。


アイコンはシンプルな風景写真。


「これで大丈夫です」


篠原が言う。


「では、当日の時間、後ほど送りますね」


「お願いします」


短いやり取り。


でも。


図書館の空気が、少しだけ違う。


カウンターを離れる。


歩きながら、スマホを取り出す。


トーク画面を開く。


まだ何もない。


名前だけ。


それなのに。


胸の奥が、静かに熱を持つ。


週末が、急に輪郭を持つ。


スマホをポケットに戻す。


意味もなく、また取り出したくなる衝動を抑えながら。




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