消えていく煙突の火。
昼過ぎの風が冷たかった。
陽は高く昇っているはずなのに、光はどこかくぐもっていて、
空の色も、淡い墨を滲ませたように白かった。
畑はすっかり茶色になり、空気には乾いた土の匂いが漂っている。
虫たちはもういない。風の音ばかりが響いていた。
「にゃ……あれも、ついに消えたにゃ」
ノラが、ぼくの肩の上で呟いた。
その視線の先――
村の北にある、小さな民家の煙突から、今日は煙が立っていなかった。
「毎朝、あの家からだけは火が上がってたにゃ。
ずっと前から、最後の“火のある家”だったにゃ」
ぼくはその煙を、毎朝見ていた。
灰色の煙が空にのぼり、それが風に流されていく様子を、当たり前の風景として。
でも今日は、煙がなかった。
「……あのおばあちゃん、ついに出ていったのかにゃ」
「それとも、もう、ここで火を焚かなくてもいいって思ったのかにゃ……」
ノラの声に、責める気配はなかった。
ただ、寂しさと、納得が混ざっていた。
火のない煙突は、それだけで村の空気を変える。
まるで、誰かがいなくなったことを、風そのものが告げているようだった。
「昔は、村のあちこちに煙突があって、
どの家も、朝になると湯気みたいに煙を出してたにゃ」
「火があるってことは、誰かが“朝を始めてる”ってことだったにゃ」
ぼくのなかで、何かがすとんと落ちた。
煙が出ないということは、
誰かの“朝”が、もうこの村にはやってこないということだ。
ノラがしばらく黙ったあと、小さな声で言った。
「サエ……この村の“あかり”は、あとどれくらい残ってるかにゃ」
ぼくは何も言えない。けれど、風が答えていた。
――もう、あまり多くはない。
でも、それでも、まだ風は吹いている。
空の高いところで、微かな光が、雲の隙間から差していた。
それはまるで、火の消えた村のために、空が代わりに灯しているような光だった。
この話は、「火」という暮らしの象徴が静かに消える描写を通して、
村に残る人の営みが、ひとつずつ終わっていくさまを描いています。
ノラとサエは、見守ることしかできないけれど、
だからこそ、その“火のない煙突”を忘れずに、風に焼きつけていくのです。




