初雪と肩の上のノラ。
この回は、物語の“冬”だけでなく、関係の静かな深化と不安を描いています。
初雪は美しくも、孤独を運ぶ。
ノラの言葉には、“終わり”の予感と、“残りたいという願い”が同時に込められています。
案山子=サエにとって、それを受け止めることは、彼自身の変化の始まりでもあります。
その夜、空から静かに白いものが降ってきた。
最初は、風に混じった霧かと思った。
でもそれは、やがて確かに形を持ち、音もなく土の上に降り積もり始めた。
初雪だった。
「……来たにゃ」
ノラがぼくの肩に丸くなりながら、ぽつりとつぶやいた。
「ことしの冬は、ゆっくり来たにゃ。でも、確かに来たにゃ……」
風の音が、夏より低く、秋よりも重くなっていた。
虫の声は消え、畑には葉の色もなくなり、ただ、音のない白だけが静かに降っていた。
ぼくは、いつも通り、動けないままそこに立っていた。
でも今日は、肩がすこし重たかった。
ノラが、いつもよりも深く体を寄せていた。
「……この村の冬、覚えてるかにゃ?」
ノラが、笠の縁に顔をのせて聞いてきた。
「昔は、雪がもっと深かったにゃ。
屋根の上に積もって、子どもたちが雪だるまを作って……
……今は、だれもいないにゃ」
空は、満月を隠すように、灰色に染まっていた。
それでも雪はやさしく、どこかあたたかく見えた。
ノラが、小さな声で言った。
「サエ……おまえの肩、あったかいにゃ」
ぼくは何も言えない。けれどその言葉に、
心のどこかが、ふわりとほどけるような気がした。
「……もしも、また春が来たら――」
「……そのとき、ぼくはまだここにいるのかな」
ノラの声が、雪にまぎれて消えていく。
いつもは強く、気ままで、誰よりも賢い彼女が、
今日はやけに、静かだった。
その言葉が、“さよなら”のように聞こえてしまう自分に、ぼくは気づいた。
雪は止まなかった。
音も立てず、ただずっと、降り続いていた。
夜が深まり、空がすこしずつ黒くなる。
ノラは、ぼくの肩の上で小さく丸まったまま、眠りについた。
ぼくはただ、風のなかで、彼女の小さな寝息を感じていた。