91.最初の一歩は決して大きなものではないけれど。
「あ、アテナ?」
びくっとする虎子。アテナの叫び声に衝撃を受けて、その前にあった、もっと衝撃的な発言には気が付いていない。
アテナがまくし立てるようにして、
「ちょ、ちょっと!何言ってるの!あんた……馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿じゃない」
「馬鹿よ!大馬鹿!そんなことしてなんになるの!?いい?あなたが積み重ねてきた信頼なんて、すぐに崩れ落ちるものなの!それくらい重要なことなのよ?それを、あんた……」
「じゃあ、聞くけど、今後こういう事態が起きないって保証はある?」
「う……そ、それは……」
アテナが言葉に詰まる。俺は攻勢に出るように、
「だったら、今ここでうやむやにしても意味がないんじゃないの?今度は一日とか二日じゃないレベルになるかもしれない。それでも同じ対応をする?」
「ぐ」
「それだったら、俺は信じたい。甘いって言われても構わないし、それでもいい。もしかしたら、俺の想定よりも良くない事態になるかもしれない」
「じゃあ、」
俺はアテナの言葉を遮るようにして、
「でも!俺は消したくないんだよ、今日一日を。嫌わるなら、それでいい。仲直りは出来るかもしれない。だけど、消えたものはもう戻らない。違う?」
「そ、それはそうかもしれないけど」
俺は頭を下げ、
「責任は俺が取る。だから、頼む」
頼み込む。
それから、暫くの沈黙があった、その間に虎子が「俺……?」と呟いた気がするけど、些細なことだ。だってこれからもっと衝撃的な事実を知るわけだから。
やがてアテナが頭をがっしゅがっしゅとかき。
「あーーーーもーーーーー!!!!分かった!!分かりました!!やればいいんでしょ!!やれば!!」
それを聞いた俺は頭を上げ、
「ありがとう」
そう告げる。アテナはそれはそれはふかーいため息をついて、
「いいわよ。私はあくまでサポートが役目だから。貴方がそれでいいっていうなら。でも、最後にもう一回確認するわよ。ほんとーにいいのね?貴方が思ってるよりも事実は残酷かもしれないわよ?それでもいいのね」
「大丈夫。まあ、いざとなったら、仲直りするのに力は借りるかもしれないけどね」
と苦笑い。それを見たアテナはぽつりと、
「……やっぱ、信じるべきなのよね」
とだけ零し、
「多分、時間的にはせいぜい三十分が限界だと思う。それ以上は分からない。服装は……多分一番記憶に残ってるものになるはず。後なにか聞きたいことは?」
「ないよ。お願い」
「ん」
アテナはそう言うと、先ほど投げ捨てたスマートフォンを手に取って、いくつかの操作を行う。
やがて、俺の身体が光に包まれる。虎子が「うわっ」と驚くが、それも束の間。俺を包んだ光は徐々に小さくなる。やがて、その中から現れたのは、
「え……?」
佐々木小太郎。
笹木華ではない。この世界に転生する前の俺だ。
アテナが説明する。
「えっと……詳しく言うと凄く長くなるんだけど、華はね、本来男だったの」
「え、え、どういうこと?」
「そのままの意味。男だったのよ。だけど、元いた世界で死んで、この世界に転生してきた。女子高生笹木華として。そして、彼女……いいや、彼を取り巻くいざこざに、あなたをまきこんでしまった。私からお詫びするわ」
頭を下げる。虎子はまだ理解が出来ないという風に、
「えっと……意味がよく分からないんだけど……」
それはそうだ。
友人として付き合っていた女の子が実は男で、異世界から来ましたなんて話、俺ならまず信じない。質の悪いドッキリか、夢か、その辺として処理するだろう。だから虎子の反応は適切だ。
「そうね……」
アテナは暫く悩んだのち、
「ね、小太郎。あなた、今日九条さんにメッセージって送った?」
「ん?ああ、一応連絡で……」
「つまり、会ってからは一度も送ってないってわけね?」
「それはそうだけど……」
一体何をするつもりなのだろうと思っていたら、
「九条さん」
「は、はい」
「貴方のスマートフォンに、笹木華からのメッセージを送りました。送信時間は今日の昼十二時ちょうど。内容は……貴方の隠している思いについて。確認してもらえるかしら」
「あ、ああ……」
虎子は促されるままにスマートフォンを操作して確認し、
「っ!?」
即座にアテナの方を凝視する。
「な、な、な、なんで、これを?」
「それは私が女神だからです。そして、その私が、ここにいる小太郎を、この世界に連れてきたんです」
「…………(ぱくぱく)」
開いた口がふさがらないといった塩梅だ。一体どんなメッセージを送ったのだろう。っていうかなんで俺の名前で送った。
沈黙。
やがて虎子が、
「…………本当に、華?なのか?」
「えっと……一応、そういうことになる、のかな?」
答える。それを聞いた虎子は、一筋の涙を流す、
「と、虎子……?」
最初、俺は事実を知って、絶望しているのだと思った。
だけど、それは違うとすぐに分かった。
なぜならその涙に、一番驚いているのは“虎子自身”だったからだ、
「あ、あれ……おかしいな?俺、なんで泣いてるんだろ……あれ?」
必死で涙をぬぐい、
「いや、違う。違うんだよ?だって、華は、この世界では華なんだろ?だから、他の世界で男だったとしても、そんなの関係無くて……あれ?関係はあるのか?あれ?」
否定しながら混乱していく。けれど、その瞳に「拒絶」の二文字はない。
「そう……華は、華なんだ。だけど、俺、ちょっと、嬉しいって言うか、安心しちゃって……」
「安心?」
「そう、安心。おかしいよな……だけど、安心したんだ。ああ、だからカッコいいんだって……だけど、それだったら、俺はなんなんだろうとか、そんなことを……思っちゃって」
ああ。
そういうことか。
虎子はきっと、俺に親近感を覚えていたんだ。同じ女の子なのに、自分と同じような趣味を持って、一緒に遊べる笹木華という存在に。
俺は謝る。
「それは……ごめん」
ところが虎子は首を横に振り、
「ううん……大丈夫。悪いことばかりじゃないから、さ」
「?」
「なんでもない」
虎子はぐしぐしっと腕で拭き、
「えっと…………これからもよろしく……で良いんだよな?」
とアテナに聞く。当の彼女は話を振られただけで驚き、
「え!?な、なに!?」
「いや、これからも華……いや、小太郎か?」
「あ、華でいいよ。もうすぐ元に戻るみたいだから」
「あ、そうなのね……なら華だ。華は俺たちと一緒に学生生活を送るんだよな?」
「ええ、それは一応……」
虎子は今度こそ元気を取り戻したようで、
「なら良かった。これからもよろしくな、華」
と、俺に手を差し出してきた。
その手を取っていいのだろうか。
そんなことを考えていると、
「握手。してあげなさいよ」
隣からせっつかれる。うるさいな。今しようと思ってたんだよ。
と、そんな宿題をしない小学生みたいな言い訳を心の中でしつつ、俺は差し出されたその手を、がっつりと握った。
次回更新は明日(12/5)の0時です。




