86.無意識天然ジゴロの発動条件。
その後、俺らは言葉少なにスペシャルパフェをつつき、飲み物を飲みきったのち、メイド喫茶を後にした。
退店時のお会計も八代が担当だったけど、そこでは特にいじられることはなかった。代わりに虎子が「頑張って」と声を掛けられていた。きっと、こうやって毎回励まされていたのだろう。ちょっといいなと思った。値段はびっくりする額だったけど。忘れてたけど、虎子もお嬢様なんだよね。
「えっ…………と。どう、しようか、これから」
「それは……」
俺たちは急に迷ってしまう。
そりゃそうだ。いくら仮初とはいえ、今日これから別れるまで、俺と虎子は恋人同士だ。
そもそもこれは八代が言い出したことで、真に受ける必要もなければ、律儀に守る必要はない。
ないんだけど、じゃあ逆に「やらない理由」を探してみるとこれが意外とみつからない。そもそも恋人同士とはいえ、そこに大した制約はないわけだから、「ふぁんしぃ☆さんだー」に入るまえと全く同じ感じで、行先を決めて、適当に歩き回ればいいだけのはずなのだ。あれだって立派にデートで、恋人同士といえばそう言えなくもないはずだ。
では、なぜそうはいかないのか。
その理由は今、俺の目の前でもじもじしている。
(虎子が完全にいつもの虎子じゃないんだもんなぁ……)
失礼な話だけど、「女の子」っぽいなと思った。いや、いつもだって女の子なんだけど。
でも、彼女からはどっちかというと「男らしさ」を感じることが多かったから、新鮮だし、正直言ってちょっとどきどきする。
いつもの虎子なら、一緒にゲームでも見に行こうぜ!というふりをしても問題がなさそうな気がするんだけど、今日は違う。なんか、こう、丁寧に扱わないといけない感じがする。おかしい。逆じゃないのか。あ、違う、元をただせは俺は男だった。なんでエスコートされるつもりなんだろう。
答えに困った俺は取り合えず、
「ええっと……108でも行く?」
108というのは渋谷の中心地に存在するファッションビルのことだ。
俺みたい人間には全く縁がないし、多分虎子にもない。だけど、女の子のデートって言って真っ先に思いついたのがここだったんだ。
許してほしい。俺に可愛い子をエスコートするなんてことは主になんだ。それっぽいところに連れて行って、それっぽい台詞を言うくらいしか、今は思いつかないんだ。まあ一日ッ考える時間を貰ったとしても、結局同じ結果に落ち着きそうな気がするのが悲しいところだけど。
そんな俺の苦し紛れにしか過ぎない提案を虎子は、
「じゃ、じゃあ、そこで」
と、あっさり受け入れた。駄目だ。完全に借りてきた猫状態だ。虎だけに。なんちゃって。
◇
一歩足を踏み入れてみて分かった。
ここは俺みたいな人間がくる場所じゃない。
建物内の男女比は完全に女子高状態で、店員さんも、その辺を歩いているお客も、皆どこか垢抜けているような気がする。ような気がるというのは俺の勝手な主観だけど、多分間違っていないと思う。
それに加えて、虎子みたいな勝気っぽさはなく、変な言い方だけど「ちゃんと女の子」している人ばかりだ。うう……ごめんなさい。俺が来るような場所ではなかったですよね。申し訳ございませんでした……生きててすみません……
でも、ここで足を止めるわけにはいかない。ここで俺が戦闘不能になったらパーティーは全滅だ。だって、隣を歩いている虎子なんて完全にうつむいてしまってるから。
きっと俺たちにはこのダンジョンの攻略はまだ早かったに違いない。どこかレベル上げに向いている場所はないだろうか。ユ○クロとかでいいかなぁ……
そんなことを考えながら歩いていると、声をかけられる。
「君、可愛いね。ポテンシャルを感じるよ」
「わ、可愛い。ねね、ちょっとこれ、着てみない?」
「私はフォ────」
常々疑問なんだけど、どうしてこの手のアパレル店員には「静かに見てもらう」という選択肢が存在しないんだろう。大体が「突撃」と「話しかける」のコマンドしか持っていないのではないか。
そんなに言い寄られても、何かが変わるわけではないんじゃないかと思うんだけど、話しかけると売れ行きが良くなるみたいなデータでもあるんだろうか。
と、そんなことを考えていたら、
「あ」
見覚えのあるロゴマークが視界に映る。間違いない。あれは美咲と一緒に入った店と同じブランドだ。
もちろん、見覚えがあるからと言って、ホームになるというわけじゃないけれど、少なくともこのシーズン全敗みたいなアウェーな状況よりは幾分ましなはずだ。そう思いたい。
そんなわけで、俺は虎子の手を引き、
「あそこ。ほら。美咲と一緒に行ったブランドの。あそこ行ってみよう?ね?」
と割と強引に引っ張っていく。仕方ないじゃないか。この勧誘(と恐らくはナンパ)を交わすにはどこかの店に入ってしまうしかない。
一度入ってしまえば、もし店員から声をかけられても「あ、大丈夫です」と一回断るだけで良いはずだ。流石にそこで押し売りの訪問販売みたいな強引さを発揮はしてこないはずだ。
心の中で、そんな誰に対してかも分からない言い訳をしながら俺は早足で歩いていく。その後を、手を引かれながらついてくる虎子の視線が、普段とは大分違った色を帯びていることに、俺は最後まで気が付かなかった。
次回更新は明後日(11/30)の0時です。




