49.「これが……私……?」っていうやつ。
数分後。
「あの…………どう、ですか?」
着替えが終わった俺は、無事に二人の見世物となっていた。
美咲は、
「か、可愛い……」
と、若干顔を赤らめながらもスマートフォンのカメラをこっちに向けてくるし、虎子は虎子で、
「え、やば」
と語彙が完全に消失した状態で、俺のことを眺めまわしていた。
そして当の俺はと言えば、
(な、なんだろ、これ……)
完全に混乱していた。今俺が来ているのは女物の白いワンピース。先ほどまで着ていたのも、適当に見繕った私服で、スカートだったのだから、着ている服の構造自体は厳密にはそこまで変わっていないことになる。
だけど、なんだろう、これは。凄く不思議な気持ちになる。布が薄目とか、肩が出ているとか、さっきまで着ていた私服と違うところはいくつかあるんだけど、多分原因はそんなことじゃない。
ヘアピンで顔を見えるようにしていること。そして、そんな俺の姿を「可愛い女の子」として美咲と虎子が凝視していること。きっとそのあたりが原因なんだと思う。端的に言うと凄く恥ずかしい。
視線は当然うつむいてしまうし、なんとなく内股気味になってしまう。そこには何もついていないのに。性的な興奮を覚えるたびに形而上の男性器が大きくなっているような錯覚を覚えたけど、今回、その感じは全くない。代わりに、股間のあたりがちょっときゅんとして、
「あ、あのっ!」
いけない。
これ以上はいけない。引き返せなくなる。俺は決死の覚悟で、
「ど、どうでしょうか。似合って、ますか?」
強引に会話に持っていく。取り合えず無言で見つめられ続けるという状態だけは何とかしなければ。
美咲がうんうんと力強く頷き、
「似合ってるわ。やっぱり私の見立てに間違いはなかったのね」
と太鼓判を押す。虎子も追随するように、
「そうだな。あと、やっぱり前髪は上げてたほうがいいんじゃないか?」
と提案する。
流石にそれは避けなければならない。今思い返してみればなんとも軽率なことだけど、「まあ見えないなら可愛い方がいいよね」で、「髪で隠れているけど、実は美少女」というビジュアルにしてしまったのはうかつだった。見た目も平均ぐらいで良かったんじゃないか。でも、それだと本当に観測者にすらなれないモブになっちゃいそうだしなぁ……
そんなことを考えつつも俺は両手をぶんぶんして否定し、
「い、いや。それは流石に、」
そんな俺の両肩を、虎子はがっちりと掴んで、
「ひゃっ」
「でもさ」
ぐいっと、回れ右させ、
「こんなに可愛いんだから、もったいないって」
と、言い切る。俺の視界には試着室の鏡にばっちりと全身が映った笹木華──つまりは俺自身の姿が映っていた。
「あ……」
正直に言う。
素直に可愛いと思った。
いや、違うんだ。別に自分のことが大好きなナルシストか何かじゃないんだ。これは仕方の無いことなんだ。確かに俺は今、女子高校生笹木華だ。けれど、けれどだ、その中身は佐々木小太郎のままなんだ。だから許してほしい。視界に映った「ちょっとあか抜けない感じの、ひ弱な美少女」を「可愛い」と思ってしまうことを。でもこれ、俺なんだよな。
美咲が虎子の後ろからひょいと顔をだし、
「やっぱり髪は上げた方がいいと思うわ。こんなに可愛いんだし」
「あ、ありがとうございます」
俺はまたしても視線を下げる。なんだこれ。可愛いなんて言われて嬉しいことなんてないはずなのに。ちょっと幸せになっちゃったぞ。違う。そうじゃないんだ。俺は別に女の子になりたいわけじゃないんだ。あれ?でも女学院に通いたいって言ったのは俺か?あれれ?
思考の泥沼を俺を引っ張り出したのは、
「……それに、ヘアピンも。それを選んでくれてよかったなって」
「…………へあぴん?」
半分くらい泥沼に使ったままだったので、発音もアクセントもおかしかったような気がする。ただ、美咲はそんなことには一切触れずに、
「そ。それ、華ちゃんに似合うんじゃないかって思ってたから」
「これが……」
俺は改めて鏡に映る自分──厳密にはそこに映っているヘアピンを見つめる。
最初に見たときに抱いた正直な感想は「古い」と「地味」の二つだった。美咲が選んだものだから、少しでも俺に似合うと思って持ってきてくれたのは間違いないし、実際俺が選んだのもそれだったわけなのだから、その考えは間違っていなかったんだとは思う。まあ、その選んだ理由が「あんまり可愛いものだと流石に気が引けるから」というなんとも全力後ろ向きの選択なのは秘密だけどね。
ただ、その選択も前提条件に「全て美咲は笹木華に似合うと思って持ってきたものだ」というものがあったからだ。
美咲が持ってきたヘアピンという前情報が無い状態で、散らばっているヘアピンの中からこれを選んだかと言われると正直自信はない。自信はないが、一応手に取ることはしたと思う。それくらいこれは他のものとは違う、言わば外れ値的な一個だったのだ。
正直、迷った。
もっとカラフルだったり、新しい感じのものもある中からこれを選ぶのはどうかとも思った。けれど、美咲が「選んだらがっかりするもの」を入れ込んでいるとは思えなかったので、結果として無難な選択ではあるけれど、これを選んだのだ。理由だって後ろ向きだ。
そんな選択を虎子は「まあ似合ってるけど……ちょっと地味じゃないか?」と、コメントする。その感想は俺と一緒のものだ。美咲も苦笑いして、
「そうね。だってそれ、私がもっと小さいころにつけてたやつだから」
と同意するも、
「……でも、似合ってるよ、華ちゃん」
ふっと微笑む。その視線はどこか、懐かしげだった。
次回更新は明日(10/15)の0時です。




