28.顔の良い変な女。
いやいや。
いやいやいやいや。
おかしいだろう。だって、ここは美術部の部室だぞ?寮の部屋じゃないぞ?いや、寮の部屋だったとしても大分おかしな状況ではあるけど。まず全裸だし。
幸い(何が幸いなのかは分からないけど)にして、布団は引いてあった。それが部室にある意味がよく分からないけれど、取り合えず床に直というわけではなさそうだ。よかった。もしそうだとしたら、事件性も考えなきゃいけないだろうから。
彼女が、馬部碧だろうか。昼に中庭で見た育巳とは全く別の人物で、美術部に出入りする可能性がある人物となればほぼほぼ間違いはないと思うのだけど。
芸術品のような白いロングヘア―に、それはそれは豊満な体。身長も彼方と遜色ないくらいはありそうで、女性としては大分大柄に見える。顔立ちは全体的に線が細い感じがする。なんというか、はかなげな印象が漂ってくる。
と、そんなことを考えている場合じゃない。早くこの場を立ち去らないと。先輩がいた以上、物色なんてことは、
「……いや」
考え直す。
これは好都合なんじゃないか?
部室には今、俺と碧しかいない。この状況なら彼女の、育巳には見せない本心を聞き出すことが出来るかもしれない。
よし。
そうと決まれば話は早い。
「あのー……すみませーん」
碧をゆすって、起こそうとする。寝ているところを悪いとは思うのだが、この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
「んん…………もう、食べられないよ」
わぁ。
そんなベタな寝言言う人初めて見た。
いるんだな、そんな人。
俺は更に近づいて、
「すみませーん……お腹いっぱいなところ悪いんですけど、ちょっと聞きたいことがあるんです」
強めに揺さぶる。すると、
「んん…………」
眉間にしわを寄せつつも、ゆっくりと目を開けて、
「一色ちゃん?」
一色ちゃんではない。
っていうか、ちゃんづけで呼んでるのか。
「すみません。一色先輩じゃないんです。あの、馬部先輩ですよね。先輩に用事があってきました。勝手に入っちゃってすみません」
と、順を追って説明する。が、寝起きの馬部はそんなことは全く無視をして、俺の首に手を回して、抱き寄せて、
「ちゅー」
「ちょっ、まっ」
キスをしてきた。
抵抗は、出来なかったと思う。
◇
「いやぁ、ごめんねぇ。まさか一色以外の人間がここに来るとは思ってなかったからさ」
あはははは。
あはははは、ではない。
奪われた。
いや、汚されたといってもいいと思う。
寝ぼけた碧は俺を育巳と勘違いし、思いっきり抱きかかえてキスをしてきた。しかも、ちょっとしたついばむような子供のキスではない。大人と大人の、情事のような濃厚なやつだ。
舌は入れてくるわ、絡めてくるわ、抱きかかえた手はいつの間にか俺のスカートの下をまさぐろうとしてくるわで、それはもう大変だった。
ほんの少し残った理性で何とか抵抗し、引っぺがしたが、正直もう一回迫られたら拒める自身は全くない。一体そのテクニックはどこで学んできたんだ。
後、俺を育巳だと思って“あれ”をしたってことは、つまりはそういうことじゃないか。畜生。こんなことになるんだったら育巳を連れてきておけば良かった。今の好感度じゃ、本気の拒絶につながるだけかもしれないけど。
「それで?見たことない子だけど、うちの子?入部希望?」
おっと、そうだった。
ちょっと時間があったから私服に着替えてきたんだった。学年やなんかの素性は、制服を着てた方が分かりやすかったかもな。反省。
「えっと、入部希望では、ないんですけど」
「ふーん……まあ、君みたいなかわいい子は、こんな辺鄙なとこにある部活動は似合わないかもね」
「辺鄙って……それに、別にかわいい子ではないですよ」
取り合えず否定しておく。百合がどうとかではなく、割と身の危険を感じるので。
が、碧はさらりと、
「そんなことないよ。さっきちらっと見えたけど、随分と可愛い顔、してるじゃない。なんで前髪で隠してるの?もったいないよ」
しまった。
理性との格闘に夢中で、そんなことは全く頭になかった。
モブでありたい。その願いをかなえるために、長めの前髪で目が隠れるくらいになっているんだけど、前髪を上げれば美少女、みたいな要望をしたんだった。
あの時は単純に「どうせ生まれ変わるなら美少女がいいよね」という単純すぎる欲望と、「美人ならなにかと便利かもしれない」という計画性皆無の思い付きで要望を出したんだけど、もしかしたら裏目に出てしまったかもしれない。でも全く見向きもされないとそれはそれでやりにくいしなぁ……
取り合えず今回は、
「それは……はずかしいので」
と、適当な理由をつけておく。
それを聞いた碧はさらりと、
「そう?可愛いのにな」
うーん、さらっと言うなぁ。
彼方も割と「女子にモテそうなタイプ」だったけど、馬部もモテそうな発言が多い。なんていうか、躊躇が無い感じ。可愛いと思ったら可愛いって言うし、嫌いだって思ったら嫌いって言うタイプ。竹を割ったような、とでも言えばいいのだろうか。大分変人寄りっぽい感じがするけど。現に未だに服一つ着てないし。なんか慣れてきちゃったけど、よく考えなくても大概おかしいからね?
「あの……ちょっと聞いていいですか?」
「ん?いいよ?」
「なんで……全裸なんですか?」
「うーん……」
碧は顎に手を当てて考え込んで、
「忘れた。あはは」
あはは、じゃないよ。全裸になった理由を忘れるってどういうことだよ。
と、脳内でツッコミを入れていると、
「そうだ。思い出した」
碧がぽんと手を打ち合わせ、
「モデルになってあげようかなって思って」
「モデル、ですか」
「そう、デッサンの」
「デッサンの」
デッサンのモデル。なるほど、言いたいことは分かる。でも、
「あの……ちなみに描くのは……?」
「ん?一色」
「これから来るんですか?」
「さあ?」
さあ、じゃないよ。
これはとんでもないことに首を突っ込んでしまったかもしれない。
整理しよう。
つまりはこういうことだ。
碧は(今日部室に来るかどうか分からない)後輩、育巳のデッサンモデルをつとめるために裸になった。そして、経緯は分からないが、そのまま毛布にくるまって、ぐっすりと夢の中へと旅立ってしまった、というのだ。
何を言っているのか分からないかもしれないけど、俺も全く分からないから安心してほしい。ツッコミどころのバーゲンセールみたいな人だな、おい。
取り合えず一番目立つところで、
「モデルになるにしても、その一色さん?が来てからで良かったんじゃないですか?」
それを聞いた碧は「大発見」と言った感じで手を叩き、
「そうだね。きみ、頭がいいね」
多分、あなたの思考回路が斜め上なだけだと思いますよ?
馬鹿と天才は紙一重と言うが、なかなかどうして一筋縄ではいかなさそうだ。
このままでは話が進まない。俺はわざと咳ばらいをして、
「こほん。取り合えず理由は分かりました。それで、なんですけど」
多少強引だけど、本題に入ろうとしたその瞬間、
「あれ、鍵開いてる。んもー……戸締りはちゃんとしてくださいっていっつも言って……る、じゃ……」
扉が開く音と、やや遅れるようにして声が聞こえてくる。耳に覚えのあるものだ。間違いない。その主は、
「一色、遅いじゃないか。待ちくたびれたぞ」
「…………えっと、今度は何をしてるんですか?」
明るい茶髪を長めのサイドポニーに縛り上げた、ややつり目の、気が強そうな女の子。身長の発育はまあまあだけど、凹凸は控えめな女の子。俺はその姿に見覚えがある。今日の昼、悪態をついていた、彼女だ。
一色育巳。碧の待ち人だった。
次回更新は明日(9/18)の0時です。




