第29話 シェリルとギルバートの視察(2)
その後、長々と私たちは馬車に揺られた。他愛もないお話をしながら馬車に揺られる時間は、何処となく心地いい。徐々にうとうととしてしまうけれど、眠っている場合ではないと頬を軽くたたいて意識を覚醒させる。
「……シェリル。眠っていてもいいぞ」
そんな私の態度を見てか、ギルバート様は優しい声音でそうおっしゃってくれた。でも、もしも起こされても起きなかったら……と思う気持ちが半分。今更だけれど、ギルバート様に寝顔を見られるのが恥ずかしいというのが、半分。
(ここに来た頃は、寝顔を見られるのが恥ずかしいなんて思わなかったのに……)
なのに、今の私は寝顔を見られることが恥ずかしいと思っている。そのため俯いていれば、ギルバート様は「……悪いな」と小さく謝られた。別に、悪いことなんてされていないのに。私がギルバート様の好意を無下にしようとしているだけなのに。
「……い、いえ」
視線を逸らしながらそう言えば、「俺は、別に寝顔は見ないぞ」と力強い声でおっしゃった。
「そりゃあ、見たい気持ちはあるが……」
「……気持ちは、あるのですね」
ギルバート様のお言葉にそう返せば、ギルバート様は「好きな奴なんだからな」と視線をそっと逸らしながらおっしゃった。その頬が何処となく赤く染まっていて、照れていらっしゃるのだろう。
「お、俺は、シェリルが好きだ。……年甲斐にもなく、シェリルが好きなんだ……」
もうやけくそのお言葉にも聞こえてしまった。だけど、そのお言葉が私は嬉しくて。いろいろと大変な時だとわかっているけれど、気持ちを伝えてもらえるのが嬉しくて仕方がない。エリカのことや、私の魔力のことがあるというのに。
「……ギルバート様」
そんなギルバート様を見ていると、私の心の中にいろいろな感情が湧き上がってくる。ぎゅっと手のひらを握って、ギルバート様の目を見つめる。そうすれば、ギルバート様は「ど、どうした?」と少しだけ慌てたように言葉を返してくださった。
「私がいなくなったら、悲しんでくださいますか?」
どうして、そんな問いかけをしたのかはよくわからない。
もしかしたら、身体が弱っているから弱音を吐きたかったのかもしれないし、別の理由なのかもしれない。我ながら女々しい質問だとわかっているけれど、言いたかった。
ギルバート様のお顔を上目づかいで見つめそう問えば、彼は「……何を、言っているんだ」とおっしゃる。その声は、露骨に震えていた。
「……たとえ話、ですよ」
違う。私は、本気で自分の身が危ういことを理解していた。私の魔力が土とリンクしている所為で、私の身体はいろいろなものに左右されやすいらしい。もちろん、私以外にも同じような女性もいるはずだけれど、私は詳しくは知らないから。
「たとえ話、か」
私の誤魔化しが通じたのか、通じていないのか。ギルバート様はボソッとそうお言葉を零されると、すぐに「そんな話、するな」と力強くおっしゃった。
「俺がシェリルを助ける……なんて、かっこいいことは言えない。だが、精一杯助けられるように努力はする」
「……ギルバート様」
「なんて、こんなおっさんに言われても嬉しくないだろうな」
ご自身の髪の毛を掻きながら、ギルバート様はそう言葉を締めくくられた。……どうして、このお方は。
「おっさんなんて、おっしゃらないで」
私の好きな人を、そうやって貶されるのだろうか。私の好きな人は、確かに年齢はずっと上だけれど可愛らしい性格をしていて、頼りがいのある人なのだから。
「私の好きな人を、貶さないでください。……たとえ、ご自身だったとしても」
「……悪かった」
ギルバート様が、何処となくしょんぼりとした様子で謝罪をしてくださる。でも、わかってほしかった。……ギルバート様は、ご自分が思うよりもずっと素敵な人だと。わかって、くださらないかもしれないけれど。
(だけど、何度も何度もお伝えすればわかってくださるわ)
私がそう考えていると、不意に石でも踏んだのか馬車が跳ねる。その際に私の身体がふらつけば、ギルバート様が私の身体を抱き留めてくださった。
「……大丈夫か?」
顔を覗き込まれ、優しくそう問いかけられる。……心臓が、大きな音を鳴らしている。こんな至近距離に、大好きなお顔があって。……ときめかない方が、無理だった。
「だ、大丈夫、です……」
そっと視線を逸らしてそう言えば、ギルバート様は「悪い」とおっしゃって私の身体を放される。もう少し、くっついていたかったけれど、そんな高望みは出来ないわ。
(いつの間に、私はこんなにも乙女チックな考えになったのかしら……)
そう思ってしまうけれど、間違いなくギルバート様に恋をしたからだ。
そんなことを考えていると、馬車の外の景色が徐々に変わっていく。多分、もうじきノールズにたどり着くのだろう。
(次期夫人として、頑張らなくちゃ)
自分にそう言い聞かせて、私はぐっと手のひらを握った。




