第30話 シェリルとギルバートの視察(3)
ノールズはギルバート様のおっしゃった通りというべきか、とても景色のいい場所だった。山々に囲まれた田舎ではあるものの、農業が盛んであり裕福な場所ではあるそうだ。
以前訪れた街は観光業が盛んな場所だったので、その違いに目を見開く。でも、いい場所であることには間違いはなかった。
「領主様。よくぞいらしてくださいました」
私たちを出迎えてくれたのは、町長と思しき壮年の男性。彼は私のことを見つめると、「おぉ、噂の婚約者様ですね」と言ってニコニコと言った表情を浮かべる。
「初めまして、シェリルと申します」
静かに一礼をして、軽く頭を下げる。すると、男性は「まるでお姫様のような方ですね」と褒め言葉をくれた。そのため、私は首を軽くかしげながらふんわりと見える笑みを浮かべる。
「……町長。いろいろと要望書には目を通したのだが、直に見たい。畑の状況と修繕が必要な橋の状況を見せてくれ」
しかし、男性はギルバート様のその声を聞くと、一気に真剣な面持ちになり「はい」と返事をする。
だからこそ、私もギルバート様について行こうとしたのだけれど、ほかでもないギルバート様に止めておけと言われてしまう。
「シェリルは病み上がりだからな。……ここにいてくれ」
「……ですが」
「ノールズは町を出ると足場の悪い場所もあるんだ」
確かに、病み上がりの私は足枷になってしまうだろう。それを理解し、私が「承知いたしました」と素直に引き下がれば、ギルバート様は「その代わり、町の方を頼む」とおっしゃってくれる。
「生憎、あちらに向かってしまうと町の視察がおろそかになってしまう。だから、シェリルにはそっちを任せたい」
……どうやら、ギルバート様は私にもやることをくださるらしい。それを理解して、私は「はい」と真剣な表情を浮かべて頷いた。
そんな私を見ると、ギルバート様は町長と共に馬を走らせて町を出て行ってしまわれた。
残されたのは、私と馬車の御者の二人。
(けれど、視察と言ってもどうすればいいのかしら?)
そう思って頭上に疑問符を浮かべていれば、不意に「あの」と声をかけられる。そちらに視線を向ければ、そこには中年の女性が建っていた。
「領主様の婚約者の方、ですよね……?」
彼女は恐る恐るといった風に私に声をかけてくれた。なので、私は「はい、シェリルと申します」と言って出来る限りにっこりと笑う。ここではそうでもないけれど、領民とは領主を恐れる部分がある。だから、出来る限りふんわりと笑った。
「あぁ、よかった。私はターラと申します。町長の妻です」
女性――ターラさんはそう自己紹介をしてくれた。そしてよくよく見れば、その足元には十歳前後の小さな女の子が二人いる。
「こちらは娘のソフィとティナです。あなたたち、ご挨拶なさい」
「ソフィです」
「ティナです」
女の子たちは少しぎこちない礼をしながら、私に向き直ってくれる。そのため、私は「シェリルです」ともう一度自己紹介をする。
「実は、主人に町の方を案内するようにと言われておりまして。私でよければ、町の方を案内させていただこうかと……」
ターラさんはそんな提案をしてくれる。その提案は素直にありがたいもの。でも、私が一人で勝手に決めていいのだろうか? そんな疑問を抱き御者に視線を送れば、彼は「シェリル様の、お心のままに」と言ってにっこりと笑ってくれた。
「では、お願いしてもよろしいでしょうか?」
お心のままにということは、この提案に乗ってもいいということだろう。そう判断して、私はターラさんに微笑みかけながらそう返事をする。すると、彼女は「では、案内させていただきますね」と言ってぺこりと一度頭を下げてきた。
「ソフィ、ティナ。おうちの中に戻っていなさい」
そして、彼女は女の子にそう指示をする。だけど、二人は「えー」と言いながら何処となく不満そう。
「私も領主様の婚約者様と一緒に居たい~」
「ティナもいたいわ。だって、お姫様みたいなお方なのだもの」
二人は口々に一緒に居たいと言ってくれる。ターラさんは困っていたけれど、私からすれば別に一緒にいても問題ない。
「あの、ターラさんさえよければソフィちゃんとティナちゃんも一緒にどうぞ」
「……よろしいのですか?」
「はい。子供目線からでも気になることがあるかもしれないので」
肩をすくめながらそう言えば、ターラさんは「……この子たち、お転婆ですが」と言って眉を下げてくる。
「構いません。子供は元気な方が良いですよね」
幼少期のエリカを思い出すから、子供は比較的好きだったりする。……あの頃のエリカは、とても可愛らしかったもの。
「……そう言っていただけて、なによりです。ソフィ、ティナ。シェリル様に迷惑をかけてはダメよ」
「は~い」
「わかっているわ、お母さん」
自分たちの要望が通ったからなのか、二人はニコニコと笑っている。その表情が何処となく可愛らしくて、私はふっと口元を緩めてしまった。




