epi どうか、永遠に愛させてください
わたしは飼い猫のエリザベスに向かって、今日も膨れっ面になって文句を言っていた。
「エリザベス、聞いてくれる? お父さんも、お母さんも、すっかりその気なの。ルティとわたしは将来、結婚するんだって。もぉ! 勝手に決めて! まったく!」
わたしは頬に熱が帯びるのを感じながらも、膨れっ面をやめない。
ルティはわたしのお隣に住む男の子で、姉弟みたいに育った。わたしの方が1ヶ月早く生まれたから、お姉ちゃんなのよ。
ルティはちょっと、その……えっと……なんていうか、変わった子で、いっつもニコニコしているんだけど、やたらわたしに「好き」とか言ってくるの。
最初はわたしがお父さんとかお母さんに向けるような好きってことだと思っていたのよ? だって、ほら……姉弟みたいな関係だし……
わたしたちはまだ大人じゃないし……その……結婚なんて考えられないでしょ?
なのに、ルティったら、昨日、お父さんに向かって言ったのよ!
「俺、大人になったらアイビーと結婚したい。おじさん、許してくれる?」って。
そういうことは、わ、わたしの気持ちを考えてからでしょ! わたしはまだ、ルティのこと、す、好きとか言ってないし! 気が早すぎるのよ! もぉ!
……そりゃあ、ルティは見た目がかっこいいし……一番、かっこいいし……性格だって優しいし……目があうと、心臓がきゅってするけど……
あ、でも、他の男の子と話をしていると、すっごい笑顔で見てくるの。でも、目が死んでるの。あれはゾワゾワするからやめてほしい。
でもね。それも、わたしが好きだから、ドクセンしたいんだって。ごめんねって謝るから、許したわよ。
だって……寂しそうな顔をするんだもの。見たくないじゃない? そんな顔。
はぁ……でも、ここままだとルティと結婚するしかなくなるわ。
結婚。
結婚。
結婚……!?
うそ! やだ! ルティと結婚なんて……そんなの……そんなの……
「アイビー?」
いやぁぁぁ! なんでこのタイミングで話しかけてくるのよ! わたしは混乱してるの! はっ。エリザベスは? あれ!? 逃げてる!
「アイビー?」
ちょっとルティ、黙ってて! 今は顔を見せられないのよ! 顔が熱いの! 汗、出てるの! 放っといてよ!
「なんで、手で顔を隠してるの?」
ば、ばかっ! 手を掴まないでよ!
きゃー! いーやー!
だって、今、ルティの顔を見たら。
わたし……わたし……っ
「よいしょっ。あれ? なんで、そんなに赤くなっているの?」
両手で隠していた顔を手首を掴まれて暴かれてしまう。太陽を背に見えたルティは紫色の瞳を不思議そうに瞬かせていた。
宝石みたいな瞳は太陽の下だと余計に綺麗に見えた。
どくんと、心臓の音がなる。
この人と結婚するなんて……
なんて、なんて、嬉しすぎる……
そうハッキリと自覚した瞬間だった。
様々なビションが頭を目まぐるしく駆け巡り、わたしはひゅっと息を飲んだ。
――――――あ。……思い出せた……
ルティがルティスだってこと。
何度も恋をした相手だということを。
あの王子様だってことを。
まぁ、もう……
……それはいっか。
彼には、わたしが王宮にいた時代の記憶はあやふやだと伝えているけど、それは嘘だ。わたしは、全部、覚えている。
嘘をついたのは、彼がその話をするとき、見ていられないくらい悲しげな顔をするからだ。
わたしはずるい子になって、嘘をつく。そうすると、彼はほっとしたような顔を見せてくれる。
彼の心を辛くさせないのなら、多少の嘘は許してねって思っている。
わたしは大きく息をすって、いつものように微笑みかけた。
「ルティス。思い出したよ。ありがとう。また、恋をさせてくれて」
彼は大きく目を開いてわたしを見つめる。その顔が悲しげに、くしゃっと歪んだ。
彼はわたしが思い出す度に、堰を切ったように泣いてしまう。わたしが思い出さなかった分、辛い思いをたくさんしたからだろう。
それに、罪悪感を覚える。
彼と同じようにわたしも記憶を留めておければいいのに……と、何度も思った。
そうすれば、彼の痛みをわたしに貰えるのにって……
でも、わたしは彼を好きにならないと、彼を思い出せない。それが、たまらなく辛い。
そんな感傷に浸りつつ、大きく息を吸い込んで、未来を視ようとした。
彼との終わりの時間を知るためにいつもしていることだ。
だけど……
――――あれ……未来が視えない……?
驚いて何度も確認する。
何度も、何度も。
思わず口を引き結んだ。
そして、どこか妙に冷静に事態を受け止めている自分に気づく。
わたしの左目は、彼と連れ添ったときから、ゆっくりと時をかけて黄金の輝きを失っていた。
力が弱くなっている。
その実感はあった。
その代わり、囚われていた感情が解放される奇妙な感覚があった。
素直に言葉を紡ぎ、声をだし、笑い、怒って、泣く。
人らしい感情がわたしの中にゆっくりと育っていった。
……たぶん、わたしは永遠の輪廻から外れてしまったのだろう。
魔女ではなく、ただの人間に。
わたしは人になってしまったんだ。
それに心がきゅっと掴まれる感じがした。とても大切な人を置いていってしまったかのような一抹の寂しさが、胸をつく。
ごめん……と心でつぶやいた言葉は誰に向かって言ったことなのか。
ごめんなさい……✕✕✕✕……
わたしは静かに謝罪して、彼に向き合う。
胸にひとつの覚悟を宿して。
彼が永遠を生きるわたしを追いかけて見つけてくれた。
何度も何度も愛してくれた。
だから、今度はわたしが――
彼に付いていくために永遠を望もう。
咽び泣く彼を抱きしめる。繭のように縮まった体を覆うように、抱きしめた。
今、この瞬間を彼と生きられる喜びを伝えられるように。
目の奥がツンとしても、わたしは口の両端を持ち上げてやるんだ。
「ルティス……わたしたち……結婚しようね」
「ここは……争いもない。のどかで平和よ……お父さんたちも許してくれるわ……家族の邪魔なんて入らない……」
涙が溢れて、頬を伝った。
声が震えても、伝えたいからわたしは言葉を続ける。
「早い子は十六でお嫁にいくし、わたしたち……結婚できるわ」
「……夢だった。ウェディングドレスを着て、あなたの横に立つことが……」
「本当に夢だったの……」
震えて返事をしないルティスの体に、ぴったり自分の体をくっつける。
「ルティス……わたしは幸せよ……」
「あなたに恋をして、幸せなのよ」
「だから……そんなに泣かないで……」
――――――――
彼女に体を覆われながら、俺は涙を止められなかった。
彼女が思い出す度に感極まって泣いてしまう。
嬉しくて。でも、どこか――罪深くて。
また、十七年の永遠に彼女を捕まえてしまった。
俺が望んだこととはいえ、罪悪感はぬぐえない。
それに、今度は俺の夢みた世界そのもの。奇跡を見ているみたいで、余計に泣いてしまう。
花嫁衣装を着たアイビーを見たかった。
たったそれだけのことのために、何度も。
何度も、何度も、何度も、何度も……君に恋をした。
苦痛に喘いで、時には君を傷つけて、咽び泣いて、やっとたどり着いた。ここに……
ようやく、君と夫婦になれる。
短くても、一瞬だろうと、次がなくても、構わない。
幸運であることには変わらない。
「アイビー……」
震える声で、彼女の名を呼ぶ。
泣きすぎて、声が掠れて格好悪い。
でも、伝えたい。
君にこの溢れる想いを全て。
体を動かすと、彼女が離れていく。
彼女は目を真っ赤にして、俺と同じくらい泣いていた。
しゃくり声を上げているアイビーの両手を震える手で包み込む。
そして、初めてプロポーズをした。
「大人になったら、俺と結婚してください」
彼女は顔をくしゃっとさせて、大粒の涙を瞳からぼろぼろ溢した。
それにまた泣いたけど、まだ伝えたいかことがあったから、俺は震えを唾で飲み干して、誓いを口にした。
もうこんな幸運は永遠にこないかもしれない。
それでもいい。
今、この瞬間を共に生きてくれる君に誓いたい。
「どうか……これからも、君を愛させてください……」
「永遠に愛させてください」
それだけが俺の望みです。
ぐしゃぐしゃな泣き顔で何度も頷かれ、俺はどうにか笑顔を作って、彼女に顔を近づけた。
軽く触れた唇は涙で濡れてしょっぱかった。
だけど……
とても幸福な味がした。
たとえ、果てぬ闇に未来が閉ざされようとも。
俺は今、この瞬間。
君と生きられるのがとても幸せだ。
END
ここまで読んでくだってありがとうございます。
まだ「アンハピエンの恋企画」はありますので、お好きな方は下にあるバナーをクリックしてくださいませ。
企画してくださった長岡更紗様に感謝を。そして、誘ってくださったAさまにも感謝を。ありがとうございます。