第006話 這いつくばれ! メス豚が!
「まさか、オークも収納結界を使えるとはね」
「大森林に生きるものなら当然だろう」
「ふふ、確かにそうね」
木々の間を駆け抜けながら、ギオニスとリリアはお互いの能力を話し始めた。
これから魔王と戦うのだ。
お互いを知っておいて損はないだろう。
真剣に殺し合ったのは初めてだったが、その分お互いの手の内は分かり合えた。
会話は再確認の意味を含んでいたが、それでも発見することは多かった。
例えば、収納結界のように直接戦闘に関係ない技術。
これは術師が一定の仮想空間を作り上げ、そこに荷物を収納する。
と言っても、万能ではないし、無限の広さを持っているわけではない。
ギオニスはせいぜい倉庫ほどの広さだ。考えて入れないとすぐにパンクする。
一方リリアの方は街ほどのサイズを有しているようだ。
この話を聞くだけで、彼女の魔力の多さが伺える。
「未だに信じられないんだけど、オークは草食なの?」
「おう。
いつか、俺の畑で取れた野菜を食べさせてやるよ。
まぁ、こっちからすると、エルフが肉を食べてるほうが驚きだ」
勝手なイメージだが、エルフは野菜と果物しか食べてない印象だった。
実際、その食生活は自分たちオークだった。
「みんな、狩りが得意よ。
今度、美味しい鳥をご馳走してあげるわ。
もちろん、肉だけじゃないわ。
エルフの大樹にある果物はどれも絶品よ」
「果物は楽しみだな」
「本当に肉を食べないのね」
リリアの驚きの声にギオニスは照れて笑った。
ギオニスもオークに対する噂は知っていた。
曰く、攻撃的で残忍で何でも食べる種族。
間違いではないが正確ではない。
「オークにとって食べるというのは2つの意味があるんだ。
1つは、食事のため。
もう1つは、闘争のため」
戦った相手を食べるのはオークにとって神聖な行動だ。
それは食欲からの行動ではない。
だが、他の種族には理解されにくい。
「なら、あなた自身が狩ればいいの?」
「おっ、それなら、食べられるかもな。
だが、相手は強くないとな」
「あら、なら、地殻土龍とかどう?」
「おいおい、あんやつ勝てるのか?」
「私とあたなならいけるんじゃない?」
リリアの言葉にギオニスは笑った。
リリアが得意としている戦闘スタイルは、中近距離の剣と魔術の混合戦術。
変わってギオニスは、肉体を武器にした超近距離。リリアの神速の剣戟を避けられるのも、範囲魔法を受けきれるのもギオニスだからこそだ。
共闘も対決も互いに相性はとても良い。
「そういえば、大森林から出るのは初めてだが、エルフはどうなんだ?」
「私もよ。外に出たエルフなんて数えるほどよ」
「まずいなぁ。エルフは外と交易はしないのか?」
「交易ってほどじゃないけどね。
と言っても、こちらから何かするわけじゃなくて、エルフ領に来たものに売ってあげるだけよ。基本的には必要なものは自分たちで作るから」
2人とも、外の常識が分からない。
今が世界のどこにいるのか、そして、魔王かどこにいるのか。
まずは近場の街に出て、地図と魔王の話を聞くしかない。
「ちょ、ちょっと待て!」
「ん? 何だ?」
ギオニスは慌てて叫んで、足を止めた。
今の話を総合すると走っている方向に街があるかどうかわからない。
このまま走って森を抜けても、街がなかったら完全に間抜けだ。
「この先に街があるの――ん?」
ギオニスがリリアに不満をぶつけようかと思ったその瞬間、ふとあり得ないことに驚いた。
「さっきからどうした?」
考え込むギオニスにリリアは不思議そうに顔を覗き込んだ。
「ちょっと、試したいことがあるんだがいいか?」
「いいわよ?」
ギオニスは、大きく息を吸って、リリアを指さした。
「這いつくばれ! メス豚が!」
ギオニスの声だけが虚しくあたりに響いた。
リリアは僅かな沈黙の後、氷の剣を握ると切っ先をギオニスに向けた。
「へぇ……死にたいようね」
「いやいや、誤解だ。
待ってくれ!」
弁解しようとしたが、そんなギオニスに聞く耳も持たず、リリアは剣を構えた。
「待ってくれ! まずは、これを見てくれ!」
ギオニスは慌てて戦闘態勢に入る。
ギオニスの姿がヒトのそれからオークへと変わっていく。
「少しは見直したけど、やっぱり、オークね!
魔王を切る前にあなたを先に切るわ!」
リリアが、まさに一歩踏み出そうとした瞬間、ギオニスはリリアを指さした。
「待て! そこに這いつくばれ!」
「ひゃんっ……」
艶めかしい喘ぎ超えと共に、リリアはとろんとした目でその場に座り込んだ。
「なっ?」
ギオニスは元の姿に戻ると、どうだといわんばかりにリリアを見る。
「ど、どういうつもりなの……」
座り込んでも半身が疼くらしく、中々立ち上がらずにその場で膝を動かす。
「さっき、お前に、ちょっと待てって声をかけたじゃないか。
なのに、お前は平然としていた」
このまま宛もなく走る気になれず、リリアに声をかけた。
それは紛れもなく命令だった。
が、リリアの反応は普通そのものだった。
本当なら呪印の効果が出るはずだ。
あの時と今との違いは、何か。
そう、自身が戦闘態勢かどうかだ。
「どうも、俺が戦闘態勢に入ら無いと呪印が効果を出さないみたいなんだ」
実際、戦闘態勢に入ったら、リリアに呪印の効果が発動した。
「ちょっと! それを試したいだけにそんなことしたの!」
「いや、だって、説明しようと思ったらお前が斬りかかってきたじゃないか」
身体の調子が戻ってきたらしく、リリアもようやく立ち上がった。
が、まだ少し居心地が悪そうに足を動かす。
「よく分かったわ」
リリアは剣を持ち上げるとギオニスに向けた。
「あなたは2度と攻撃態勢に入らないで」
「えっ……マジで言ってるのか?」
「当たり前よ! 2度も醜態を晒させておいて、更にやらせるつもりなの?」
「でも、そうしたら、俺はこの姿のままだから弱いぞ?」
「その姿でどこまで戦えるのよ」
「そうだな。戦えるように鍛えてはいるが、せいぜいブラストベアを倒せるくらいだ」
リリアはギオニスの言葉に考え込んだ。
ブラストベアは大森林にいる巨大なクマのモンスターだ。
決して弱いわけではないが、強くもない。
先程戦ったエンラの半分ほどの強さしかない。
「まぁ、あなたが死んだ方が、私にとっては都合がいいかもしれないわね」
そう言うと、リリアは呪印がある下腹部を優しくなでた。
「待て待て。
呪印をつけたまま術師が死ぬなんて聞いたことがないぞ」
呪印と名のつくだけあって、その効果は負に傾いている。
「呪印の効果でお前が道連れになる可能性もあるし、最悪、呪印は次の持ち主を探す可能性だってあるんだぞ?
いいのか? 全く事情の知らないやつが次の呪印の支配者になって」
「くっ……じゃ、じゃあ、緊急事態以外、戦闘態勢に入ることは許さないわ」
ギオニスはリリアの言葉に分かったさと笑った。
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