第035話 露出部分が少ない
その後、数日はのんびりと過ごした。
朝起きると、ワグザと少しの手合わせをして、午後は本を読んだりあたりを歩き回ったりしていた。
リリアは、朝一番にギルドに向かうといくつかのクエストをこなして夕方にはフェリスとエジャに魔法を教えていた。
フェリスも商談の準備を進めているようだった。
たまに、忙しくリリアの魔法の修行を断ることもあった。
ある朝、フェリスがギオニスに話しかけてきた。
「ギオニス様、本日のご予定はありますか?」
「ん? いや、特にないが」
「あのお暇でしたら、本日商談があるので、ご同席していただけないでしょうか」
「構わないが。
俺は商談なんてできないぞ」
「いえ、どちらかというと護衛に来ていただきたいのです」
「あぁ、なるほど。
そういうことなら同席しよう」
フェリスは昼前に行くので、それまでご準備をと頭を下げると自らの用意に慌ただしく去っていった。
「商談に護衛ね……」
ギオニスはそうつぶやいた。
そういえば、彼女がどういった商談をしているかよく知らなかった。
手伝えることがあれば手伝ってもよいが。
まぁ、やめておこう。
生兵法は大怪我のもとというしな。
こちらは用意といっても特に何もすることがなかったのだが、フェリスと入れ替わるようにワグザがやってきた。
「手合わせか?
すまん。少ししたらフェリスと出かけなきゃいけないらしいんだ」
「ギオニス様、私もそちらの用でございます。
急ではございますが、商談のために服を新調いたしましたので、それに袖を通していただこうかと思いまして」
「なるほど。ここでやるか?」
「どちらでも構いませんが……
まぁ、時間もありませんし、失礼して」
ワグザが彼に付き添っていた少年に何かしゃべると少年は頷き部屋の外に出た。
「こちらに服を持って越させるので、少しお待ちを」
ワグザの言うとおり、少しすると何人かの従者が服を持ってきた。
まるで貴族のように様々な装飾を施したその服。
ギオニスがいつもまとっているそれとは何もかも違っていた。
ギオニスはその場で服を脱ぐと、ワグザが持ってきた服に袖を通した。
「結構、ぴったりなんだな」
「だいたいの体型を存じてあげますので。
ただ、やはり細かいところはダメですね。
寸法を合わせますので、そのまま動かないでください」
ワグザはそう言うと、白いかけらを取り出し、着ていた服に印を入れていく。
「しかし、ギオニス様の身体はヒトのそれと同じような体型ですね」
「ワグザもだろう?」
「私の場合は、魔法でそのような形になっているだけですので」
確かに、人狼族のそれは、二足歩行ではあるが、顔から体毛までヒトとは似ても似つかない。
「しかし、その力はヒトのそれを軽く凌駕しておりますね」
「身体強化の魔法を使ったらな。
魔法なしなら、体型通りの力なんじゃないのか?」
「お嬢様に教えたというあれですか」
フェリスとワグザが戦ったときに見せた常人離れした動き。
それは魔法の補助にほかならない。
「ワグザには教えないぞ?」
「それは残念でございますね」
この老人、年甲斐もなくがっかりとした表情を浮かべる。
「勘違いするなよ。人狼族にもあるだろ?」
「ありますが、お嬢様が使うよりは強くありませんからね」
ギオニスは少しだけ思案げにワグザとの戦いを思い返した。
「いや、どっちかというとそっちのほうが強いぞ?」
「そうなのですか?」
「おそらくオークのそれと同じものだ。
俺たちは血戦と呼んでいるが、ワグザのそれも同系統だ」
ワグザはほうと嬉しそうに頷いた。
「シデンのおっさんも同じの使ってたしな。
人狼のそれは素早さが段違いに上がるから、相手するのは苦労するんだよ」
ギオニスは今度それを教えてるぞと笑いかけた。
ワグザもそれを聞いて年甲斐もなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
シデンもそうだったが、人狼は戦闘狂が多い。
「さて、お話が過ぎましたね。
すぐに寸法を合わせますので、少々お待ちください」
ギオニスは服を脱ぎワグザに渡すと彼は頭を下げ、部屋から出ていった。
ワグザが言ったとおりしばらくすると寸法の合わせができたみたいで、先程の従者とともに服を持ってきた。
ギオニスはもらった服に袖を通すと、全身を映す姿見を見た。
ヒト族の服に包まれると少し落ち着かない。
なんというか、露出部分が少ない。
そのせいか窮屈に感じる。
「さすが、ギオニス様でございますわ」
自分の姿を鏡で見ているところに、フェリスが部屋に入ってきた。
「何が”さすが”なんだ?」
「何を着ても似合われますわね」
「俺からしたら、少し窮屈だがな」
ギオニスは少し照れながらまんざらでなさそうな顔を浮かべた。
「内容は歩きながらお話しますわ。
ワグザ、今日はギオニス様に護衛を頼みますわ」
「承知しました。
ギオニス様なら、むしろ、私よりも安全でございますね」
ワグザはそう言うと頭を下げ、部屋から出ていった。
「では、参りましょう」
−−−−
屋敷から出ると、フェリスは今回の商談の内容を説明してくれた。
フェリスのブラン商会は、今分裂の危機にある。
ブラン商会ナンバー2のラグリットを筆頭にする利益追従派と現商会会長のフェリスを筆頭にする穏健派。
「ラグリットは優秀ではありますが、利益追従し過ぎなのですわ。
今まで見逃していましたが、今回は度が過ぎましたの」
「度が過ぎる?」
「ラグリットは魔王軍も相手にしようと思っているようですわ」
ヒト族として、敵対相手にモノを売るのはあまり芳しくないようだ。
が、ギオニス、いや、その中にいる南方ハレはどうやら、それもいいんじゃないかという意見らしい。
「商売の基本は需要に応えるんじゃないのか?
それが魔王軍でも問題ないように思えるが……」
ギオニスの言葉にフェリスは少し戸惑った。
「確かに、言いたいことは分かりますが、
ラグリットの場合、需要を無理やり作り上げる気ですのよ」
それも、南方ハレの中ではありのようだ。
「望まれるだけでなく、望まれる以上の価値を作り上げるってのは悪いことじゃないとは思うが」
「確かに、言葉だけ聞けば商人としての理想の動きですわ。
しかし、彼はもっと残酷な思考ですわ」
「残酷?」
フェリスは悔やんだような顔を見せた。
「彼は、ブラン商会に武器の運輸を加えるつもりらしいのですわ」
今、冒険者が武器を買おうと思ったら、鍛冶屋かそのギルドに認可されている武器屋でしか買えない。
ブラン商会がそれを手広くやろうというのだからそれは問題ないような気がするが。
納得仕掛けたギオニスの思考に南方ハレの思考が割り込んだ。
ラグリットという男は魔王軍に売るつもり、そして、彼はその需要を作り上げるつもりと言っていた。
「まさか……」
「そう。そのまさかですわ。
ラグリットは死の商人になるつもりですの」
南方ハレの記憶で最もおぞましい商人の行く末。
戦争をお越し、そこに必要となる武器を両軍に売るつもりらしい。
「すでに、いくつかの諍いを意図的に発生させ、互いに武器を売っているようです。
お陰で、ブラン商会の利益は過去最高を記録していますわ」
利益追従というのはそういうことかとギオニスも理解した。
「戦士には覇道、魔法使いには魔道があるように、わたくしたち商人にも利道がありますの。
そして、死の商人はそれに反しますの」
「それを止める算段はあるのか?」
「今回、商会会長の座を巡って、わたくしとラグリットが争っています。
その争いに勝ってラグリット派を追放すれば」
売りさばくルートを作ってしまったのなら、それすらも時間稼ぎにしかならないかもしれない。
「勝負はどうやって決めるんだ?」
「ブラン商会への貢献度。
わかりやすく言えば、決められた期間で利益を上げたほうが会長に就任ですわ」
「勝てるのか?」
その言葉に、フェリスは口をつぐんだ。
「かなり厳しいですわ。
先程仰ったみたいに、ブラン商会は過去最高の利益をだしていますの。
それを覆すとなると」
半ば諦めに似たような言葉にギオニスもどのような言葉をかけるのか悩んでしまった。
「しかし、一応手は打っておりますわ。
商人ギルドに今回のことを密告していますから、もし、私が敗れブラン商会が武器商人に舵を切ったなら、その瞬間、ギルドから追放。ブラン商会は商売の権利を失いますわ」
最悪のことを想定して手を打っているようだ。
「ちなみに、フェリスは何を売ったんだ?」
商人ギルドからの追放は最終手段として、できればフェリスの勝ちとして丸く収めるのが最善手だ。
「ドワーフとの交渉で貴重な鉱石の販売権ですわ」
「鉱石か相手は鍛冶屋ギルドか」
「ですわね。ただ、高価なせいで需要はあるもののそんなに多くの供給を見込めませんの」
これはきつい勝負だ。
状況によってはゴミのような武器でも売れてしまう死の商人と片や正攻法か。
「ラグリットが勝負の舞台をここにした時点で気づくべきでした。
最初はまさか、死の商人をやるとは思ってみませんでしたの」
フェリスの歩く速度が落ちた。足取りが重そうだ。
ラグリットからしたら、何も正攻法で勝つ必要がない。まして、死の商人であることを知られているフェリスをそのままにしておくはずがない。暗殺されたほうが都合がいいのだろう。
そういう意味では護衛は必要だ。
「つきましたわ」
フェリスが指したそこは、商人ギルドだった。
「商人ギルドに併設してありますディアクライ館。商人ギルドが所有している迎賓館の一つですわ」
「でかいな」
「なんでも古の館をイメージした場所らしいですわ」
フェリスが中に入り、受付にフェリスの名前を言うと部屋に通された。
長い毛の絨毯が敷かれた廊下を通り、通された部屋に入った。
そこには丸い大きな机があり、そこにすでに見知らぬ男性が座っていた。
「お久しぶりですわね。ラグリット」
「1年ぶりですねフェリス嬢」
ラグリットは立ち上がると人懐っこい笑みを浮かべ、フェリスに手を差し出した。
「何を友好的な雰囲気をだしていますの。
わたくしとあなたは今や敵同士ですわ」
「ははは、嫌われたかな」
ラグリットが差し出した手を無視して、フェリスは席についた。
「となりの彼は?」
「わたくしの付き添いですわ」
「ワグザじゃないんだな」
当然、ラグリットもワグザを知っている。
彼が来ないことに多少の驚きを感じたが、それでも彼は都合が良いと笑みを浮かべた。
「断っておきますが、彼はワグザよりも強いですわよ」
「ははは、それなら安全ですね」
「えぇ。あなたの差し向けた刺客に殺されなくて済みますわ」
「そんなことしないですよ」
「この1年死にそうなことが幾度も起きましたから」
「偶然とはいえ、怖いですね」
もちろん、それが偶然ではないことをフェリスもラグリットも知っていた。
が、ラグリットが糸をひいているという証拠が取れていない。
残念だが、偶然だと言い張られたらどうしようもない。
「さっさと始めませんこと?」
「ははは、せっかちだな。
まだ1人揃っていないが、始めようか?」
ラグリットが席につくと、顔の前に人差し指と中指を絡めた。
ちょうど、チョキの形の二本指で丸を書いたような指の形。
フェリスもラグリットと同じ指の形を見せた。
「ギオニス様もお願いします」
フェリスはギオニスの耳元に顔を持っていくと、ラグリットに聞こえないほどの小さいことでそういった。
ギオニスも2人のマネをして指で形を作った。
「商いの神に宣言して、この場での話は他者にもらなさないことを宣言する」
ラグリットがそう言うと、フェリスも同じように繰り返した。
作法を知らなかったが、ギオニスもフェリスのマネをした。
「さて、宣誓したところで、勝敗の日取りを決めたい」
「いつにしますの?」
「今から二度赤と青の月が真円を描くとき。
場所はここで」
「意外とすぐなのですね」
「何事も早いほうがいいでしょう。
私達商人は拙速を好みますので」
「分かりましたわ」
フェリスがそう答えたとき、遠慮がちに扉をノックする音が聞こえた。
それを聞いたラグリットは笑みを崩さず、立ち上がるとその扉を開けた。
「いや、遅れて申し訳ない」
「いえいえ、始まったばかりですよ」
部屋に招き入れた小太りの男を見て、フェリスは急に立ち上がった。
「レガート! なぜ、あなたがここにいるのですか!」
「おいおい、俺がいたら何か不都合か?」
「不都合も何も!」
「フェリス嬢、落ち着いてください。
レガート氏には若輩な私に助言をもらおうと呼んだだけですよ」
「というわけだ」
ラグリットに促されレガートは机に座った。
それを見たフェリスは青ざめた顔で席に座った。
「どういうことだ?」
状況が理解できていないギオニスはフェリスに小さく耳打ちをした。
「わたくしが、密告した商人ギルドの重役ですわ。
どういうことですの?」
フェリスは予想外の出来事にかなり混乱しているようだった。
「役者が揃ったところで、
勝敗の裁定者を彼に頼もうかと思っていたのですよ」
「ちょっとお待ちなさい!
あなたの息のかかったものを裁定者に選ぶつもりですか!?」
「いやいや、ブラン商会のものならまだしも、彼は商人ギルドの者ですよ。
これ以上ない適任でしょう?」
「そういうことだ」
レガートはそう言うと大きく口角を広げた。
言葉だけ取ればラグリットの言うとおりだ。
ブラン商会の内部の抗争だ第三者である商人ギルドにその行く末を見てもらえるならそれはある意味客観的だ。
が、その客観的な人物はよりにもよってラグリットのそばに座っている。
これが関係ないと言って誰が信じられるか。
「フェリス。父上は息災か?」
「なぜ、そこでお父様が出てくるのですの!?」
レガートがフェリスの怒声を聞いてニヤリと笑った。
フェリスは何が起こっているのか必死で頭を働かせた。
「まさか!」
フェリスがそう叫んだ瞬間、ラグリットは金が入った川袋を取り出すと、それをレガートに渡した。
「そういえば、顧問料を納めておりませんでしたね」
「いや、いつもすまないね」
目の前のそれを見て、フェリスは言葉を失い力なく椅子に座り込んだ。
「では、日取りと裁定者を決めましたが、
他に何か決めておかないことはありますか?」
「何も……ありませんわ……」
「それは良かった。
では、私は忙しいのでこれで」
ラグリットの言葉にレガートも席を立つとその部屋から出ていった。
フェリスだけは絶望の表情を浮かべて椅子に座ったままだった。
>> 第036話 やられましたわ




