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第033話 逃げなさい

「リリア様、ギオニス様。

 さすがですわ。一日で白銀級になるなんて」


 ギルドからの帰り道、フェリスが嬉しそうに2人に話しかける。


「これで一応身分証もちか。

 これで、世界を歩くには多少融通がきくようになるのか?」

「えぇ。もちろん、ギルド所属に対するある程度の義務はありますが、もう、これで隠れて検問をくぐることもなくなります」


 もっとも、ギオニスもリリアもそれを飛び越えればすむ話なのだが、変な疑いや争いを起こさないという点については、この世界の社会ルールに則ったほうが楽なことを知っている。


「俺としては目標に到達したからこれからどうするか考えものだな」

「私は、せっかくだから、もうちょっと冒険者ギルドで遊ぶわよ?」

「好きにしてくれ」


 どうやら、依頼をこなすのが相当楽しかったみたいだ。


「で、フェリス。

 あなたはこの後どうするつもり?」

「わたくしは商談の――」

「そうじゃないわ。

 あなたの修行の話よ。

 これからどうするつもり」


 フェリスが保留にしていた話。

 それをちくりと言われ、フェリスは思わず歩いている足を止めた。

 が、リリアはそれを気にも止めずあるき続ける。

 フェリスは、リリアの後ろ姿を立ち止まったまま無言で見続けた。

 少し歩くとリリアは足を止め、フェリスの方を振り返った。


「私としては、あなたが魔法を学んでも学ばなくてもどっちでもいいのよ」

「おい、リリア、そんなこと今言わなくても――」

「ギオニスは黙って」


 ギオニスがフォローに入ろうとしたところをリリアはピシャリと止めた。

 さっきまで浮かれていた空気だったのが、急に張り詰めた。


「リ、リリア様に教えてもらう魔法はとても……面白かったです……けど……」


 フェリスがとぎれとぎれに言葉をつなぐ。

 彼女が何を考えているのか分からないが、それでも先延ばしにしたい話題だった。

 けれど、それはもうできないのだとフェリスは感じた。

 ここで向き合わなければ、決めなければ。

 そう思えば思うほど、言葉は口から出てこない。


「わたくしは……」

「収納結界だけを覚えたいなら今のフェリスならできるはずよ。

 やり方は教えてあげる」


 確かに、インベントリスペースを覚えるのがフェリスの目標だった。

 それを覚えたら目標達成。

 フェリスは黙り込んだ。

 何を考えることがあるのだろうか。本来の目的はそれなのだ。

 それ以上に望むことはあるのだろうか。

 フェリスの沈黙にリリアは待った。


「お二人に強くしていただいても、わたくしの心は強くなれませんでした。

 わたくしは生まれてからずっとそうです。

 学園では平凡と呼ばれ、家では兄や父から無能とそしられる。

 結局わたくしは弱いままでした」


 フェリシアはきっとリリアを睨みつけた。

 その目には涙が溢れていた。


「わたくしはどうしたらいいんですの!」


 リリアは小さくため息をついた。

 フェリスはそれを聞いて小さく震えた。

 そのため息が、落胆なのかと思うと、フェリスは自分のダメさ加減に苛立ちを覚えてしまう。


「なら、逃げなさい」

「やはり……わたくしはそれしかできないのですね」


 ギオニスは口を開こうと思ったが、すぐにそれをやめた。

 次にリリアが言うであろうことは、ギオニスも思っていることだと分かったからだ


「フェリス。あなたは勘違いしているわ。

 大森林では、一番重要なことは生き残ることよ。

 危険を避け、時には立ち向かい、生き残ることこそに最大の敬意が払われるのよ。

 たかが、敵前逃亡くらいで何の恥があるの!」

「……いいのですの?」

「当たり前よ。

 私達の中で一番敬意が払われるのは生き延びることよ」


 でもとフェリスは小さくつぶやいた。


「でも! そんなの何の解決にもなりませんわ!」

「なんでよ。逃げられたんでしょ?」

「違いますわ!

 それなら、わたくしは弱いままですわ!

 強さがあれば、わたくしは勝てたのに……」


 リリアは少しだけ口を閉じた。

 フェリスの顔を見て、言葉を慎重に選び、ゆっくりとまた口を開いた。


「地上の獣と戦う時、猿が木の上に逃げて何が悪いの?

 鳥が空に逃げて、魚が水に逃げて何が悪いというの?

 地上の獣がどれだけ強かろうと、木の上では猿に劣るわ、空では鳥に劣るわ、水では魚に劣るわ。

 あなたが他よりも劣っていると思っているようだけど、逆よ。

 あなたはたまたま相手に有利な場所で戦っているだけなの。

 だから、勝ちたいなら、逃げなさい。

 そして、自分に有利な場で持ってそいつを打ち倒しなさい」

「卑怯ではないのですか?」

「自分の不得意なもので戦うのが正々堂々と言うならば、卑怯かもしれないわね」


 リリアはフェリスの言葉を聞いて鼻で笑った。


「地上の獣は木の上で猿と戦って、猿に卑怯と言うかもね。

 木の上で戦って何の意味があるのかと責め立てるわ。空で鳥と戦っても、水で魚と戦っても。

 でも、彼らからしたら、地上で戦う方が卑怯だわ。

 地上の獣が、木に登る意味はないと笑うかもしれない。飛ぶ意味はないと嘯くかもしれない。泳ぐ意味はないとそしるかもしれない。

 覚えておきなさい。あなたは劣っているんじゃないわ。

 あなたは木の上の、空の、水の価値観を持つ者なのよ」

「わたくしに……何ができるのですの?」

「そうね……遠距離……いえ、そのさらに向こう側。そんな魔法を覚えてはどう?」

「遠距離の向こう側ですか?」

「そう、逃げ続けその先。目も霞むほどの遠くの敵を狙う魔法よ。それなら、あなたが嫌いな声も顔も見なくてすむわ」

「……それはわたくしにも覚えられるのですか?」

「できない事なんてないわよ」


 フェリスは覚悟が決まったようにリリアは見た。

 リリアはその顔を見て、小さく微笑んだ。


「じゃあ、帰りましょう」


 リリアが歩きだし、フェリスもそれについていった。

 ギオニスはリリアのそばに行くと小さくリリアに尋ねた。


「なんで、今そんなことを聞いたんだ?

 フェリスが自分から言うまで待つこともできただろう?」

「そうね……あなたの言うとおりかもしれないわ」


 リリアが少し辛そうに唇をかんだ。

 彼女もまたなにか思うところがあったようだ。

 ギオニスはこれ以上踏み込むのをやめた。



>> 第034話 今度はちゃんと殺して

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