第003話 戦闘態勢
2人が振り返るとそこには、真っ黒な髪をした赤目の男が立っていた。
赤と黒に彩られた緩やかな服の裾には何かの呪いに使うような模様が縫いあしらわれており、それは風に揺られながら怪しく光りその模様を刻々と変えていた。
一瞬ヒトのような姿をしていたが、その男の気配はヒトのそれとは全く違っていた。
「誰だお前は?」
「俺様は魔王軍第三使分位天が1人。獄炎のエンラ。
禁領と呼ばれた古タダス大森林の侵略を任されたものだ。
所謂、お前らの支配者だ」
生き残りがいたことが不満なのか、エンラと名乗った男は怪訝そうにギオニスを見た。
「禁領の大森林にヒトがいるとは聞いてなかったぞ?」
「先程から聞き捨てならない言葉が聞こえているけど、あんたが私たちの領土を侵したのね?」
リリアが手に氷の剣を作り出すとその切っ先をエンラに向けた。
彼女の殺気と相まって周りの気温が一気に下がる。
「おっ? だったらどうなんだ?」
「民の無念をはらすためにも、貴様を斬る」
「ハハハハハ」
エンラは、リリアを見て笑いだした。
まるで相手にしないようなそんな笑い方にリリアの表情がさらに険しくなった。
「やってみろよ! この雑魚が!
バイモスからは上手く逃げられたようだが、俺様から逃げられると思うなよ!」
「1つ聞きたい。
そのバイモスというのは?」
リリアに代わりギオニスが彼に尋ねた。
「なんだ? ヒトのクセに偉そうに」
「質問に答えろ」
「だから、なんで、そんなに偉そうなんだよ!
バイモスもハイーダも使えねぇやつだな!」
まるで動じない2人にエンラはイラつきを抑えられないでいた。
が、それは2人にとっても同じことだった。
話の内容から、今回の原因の一端を担っていることに間違いがない。
「ハイーダってのは、肌の黒いハイエルフか?」
「なんだ、知ってんじゃねぇかよ!」
思い通りに話が進まないエンラはイライラしながら、怒鳴り続けた。
「バイモスもハイーダも、しっかり殺せって言われてただろ! 本当に使えない奴らだな!」
その言葉を聞いて、ギオニスは大きくため息をついた。
全く話にならない。
だが、これで確定した。
「決まりだな。
元凶はこいつらか」
「ギオニス、もう止めないでよ。
私たちを侮辱したこの愚か者を生かしてはおけないわ!」
リリアの目には耐えきれぬ感情が満ち、柄を持つ手は怒りに震えていた。
どのみち、もう止めろと言って止まる状態じゃない。
それに、その気持ちは自身も同じだった。
「殺すなよ。
こいつには聞きたいことが山ほどある」
「切り刻んで生きていたらね!」
そう叫んだ瞬間、リリアは飛び出すとエンラに斬りかかった。
「っぶねぇ! てめぇ!」
エンラが、リリアの初太刀をギリギリで躱す。
リリアの一撃を躱すとは、エンラという男もそこそこ腕が立つようだ。
エンラは、ふわりと宙に浮き、目の前に巨大な魔法陣を描いた。
「爆砕神殺。灯せ巨人の心臓――
我は不なり、我は深淵なり――」
魔法陣に描かれた文字が紅く揺れ動いた。
まるで焔のような文字で描かれた魔法陣。
それに呼応するように服の文様も怪しく光る。
「灰燼に還せ――」
リリアが、剣を立て、真っ直ぐに構えた。
「壊炎の右手!」
炎の魔法陣がくるりと周り始め、突如そこから巨大な炎の手が現れた。
離れていても感じるほどの強烈な熱気と禍々しさ。
その巨大な手が、グッとリリアに向かって伸び、彼女を覆い尽くすとそのまま握りつぶした。
「さっきの威勢はどうした! この雑魚エルフが!
壊炎の右手は、火山に住まう獄炎鳥ですら焼き殺す灼熱の炎!
雑魚エルフごときに耐えられるものじゃねぇ!」
(やばい。間に合わないかもしれない)
エンラとリリアの戦いを見てギオニスはそう思った。
早く戦闘態勢に入ったほうが良さそうだと判断し、大きく息を吸って精神を統一した。
「絶氷雪ッ――!」
リリアの咆哮と共に彼女を覆っていた炎が飛び散り、散った炎は空中で凍りついた。
エンラは予想だにしなかったことに驚いたが、すぐ様、リリアを危険と判断して、さらに高く舞い上がった。
「なんだ、お前は!
なんで、燃えねぇ!」
当たり前だ。
初太刀こそ感情に任せた一振りだったが、いったん戦闘になればエルフの最高峰《千剣の姫騎士》と言われたリリアが、あの程度の炎でやられるはずがない。
リリアはそのまま剣を突き立てるようにエンラ向かい飛び上がった。
リリアの跳躍は高くはあったが、頭上遙か上にいるエンラには届きそうになかった。
が、その瞬間、リリアの足元に薄い氷の魔法陣が現れ、リリアはそれを踏んで更に跳躍した。
それは一回目とは比較にならないほど早く彼女を空へと持ち上げた。
「てめぇ、まさか――!」
エンラが目を見開いたその瞬間、数え切れないほどの薄い氷の板が現れ、リリアは弾けるように縦横無尽に宙を跳ねた。
高速移動による目に見えない剣撃。こうなったらギオニスでも止めるのは難しい。
(殺すなと言っていたのに……間に合うか?)
手加減をする気などさらさらないようだ。
魔王軍第三使分位天がどれほどのものかは分からないが、一対一で動き回ったリリアを止められるものなどこの地上にはいない。
「手加減はないわよ。
己の行いを悔いて死になさい!」
エンラが慌てて詠唱に入る。
それよりも大きく透き通った声でリリアの詠唱が始まる。
「絶対の静寂――
音もなく、色もなく――
動くものは死に絶える――
凍えよ千剣。全てのものに等しき静寂を――」
高速移動からの全方位立体魔法陣の氷結魔法。
不必要なほどの大技だ。
リリアが完全に頭にきているのが分かる。
いや、ギオニスもそうだ。
同胞を殺された恨みは、自分の内側に煮えたぎっている。
気を抜けばすぐにでも相手を一片も残らず喰らい尽くしたい。
だが、その気持ちをヒトであった南方ハレの意識が僅かに遠くさせる。
良く言えば冷静に、悪く言えば薄情にさせる。
(本当に復讐を果たしたいならあいつじゃないだろ?)
心の中で、自分に語りかける。
明らかにエンラは誰かに命令されていたような口ぶりだ。
こいつを殺してしまえば何も解決しない。
「行くぞ! 戦闘態勢ッ!」
肉が盛り上がり、皮膚がうねる。
ギオニスの身体がヒトの姿からオークに変わっていくのがわかる。
足に力を込め、地面を強く蹴る。
「絶氷ッ!」
「やめろ! リリア!」
「あ……ぁん」
ギオニスがそう叫んだ瞬間、なぜか、リリアの艶めかしい喘ぎ声とともに、魔法をキャンセルし、動きを止めた。
その隙きをエンラが見逃すはずもなく、リリアに向けて完成された魔法を向ける。
「死ねぇ! 雑魚エルフが!」
エンラの魔法がまさに打とうとしたその瞬間、ギオニスの跳躍がエンラにまで届いた。
「お前の相手は俺だ」
ギオニスが大きく口を開き、エンラの腕を魔法ごと食いちぎった。
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