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最終話 嘲笑


「そうですか……新方くんが警察に……」

「ああ。それにしてもひどい目に遭ったよ」


 時計は既に夜11時を回っていたが、僕はまだバイト先にいた。というのも、船木店長が新方くんに殴られたとして警察を呼び、その警察が店長と新方くんを連れて行ってしまったのだ。そして僕は店長に、自分が帰ってくるまで穴を埋めておいてくれと頼まれた。そして店長が帰ってくる頃にはこんな時間になってしまったのだ。

 しかし、店に帰ってきたのは店長だけだった。新方くんが戻ってこない理由は、店長曰く『しばらくは警察のお世話になるだろう』とのことだった。


「ごめんね筑波くん、夕方勤務の君にこんな時間まで残らしちゃって」

「いえ、非常事態なので仕方ないですよ。明日は学校も午後からなので、大丈夫です」

「この分の残業代はきっちり出すから心配しないでね、いつつ……」

「店長こそ、大丈夫ですか? 結構思い切り殴られたみたいですが……」

「ああ、大丈夫だよ。というか、かえって良かったかもしれないね」

「え?」

「これは明らかに刑事事件だからね。それに被害者は私だし、彼が私が殴った瞬間も事務所の防犯カメラにばっちり映っている。こうなれば店としても彼を懲戒解雇せざるを得ない。これだけの材料があれば、彼を今日限りで辞めさせても大丈夫だろう」

「まあ……そうですね」

「痛い目には遭ったけど、問題児を合法的に解雇できたのであれば、結果オーライかな」

「……」


 船木店長はまだ痛むらしい顔を押さえながら大きく笑う。新方くんは店長のことも『陰キャ』と見下していたらしいが、実際は彼が店長に見下される異物だったようだ。

 まあ、その気持ちはわかる。実際僕も、新方くんがこのバイト先をクビになってもなんとも思わない。プラスの感情も、マイナスの感情も湧かない。本当に僕は、彼のことに興味がなかった。

 僕は確かに、高校時代に彼にいじめられていた。あの当時は結構辛いものではあったけれども、高校を卒業して一年間の浪人生活で、彼からのいじめのことは既に過去のものだったのだ。だから彼については特に恨みを抱いてはいない。

 思い返せば、新方くんは口を開けば高校時代の話ばかりだった。おそらくは彼が縋れるものはそれしかなかったのだろう。だって彼は20歳になったフリーターでしかないのだから。

 だけどもう、彼はフリーターでしかない。正真正銘の無職だ。おまけに今回のことで前科もつくかもしれない。そうなればもう、彼は誰からも見下される存在になるだろう。自分が最も忌み嫌っていた存在に。


「でも、新方くんも考えてみれば可哀想な子だったね。イケてた高校時代から抜け出すことができなかったのかもね……」


 船木店長は新方くんに哀れみの言葉をかけるが、僕の考えは違った。


「イケてた高校時代……そうでしょうか?」

「え?」

「確かに彼は高校時代はスクールカーストとやらの上位にいたのかもしれませんけど、正直彼以外のいじめっ子も、就職や進学を意識する時期には彼を見限ってましたよ」

「そ、そうなの?」


 そう、今思い返してみれば、周りの生徒が就職活動や受験勉強に精を出す中、彼だけは他人をいじめるのを辞められず、周りに呆れられていた。彼は気づいてなかったのかもしれないが、その時点で彼はもう周りから蔑みの目で見られていたのだ。


 つまり、彼にとっての栄光時代は、そもそもが幻だったというわけだ。


「どちらにしろ、他人をいじめていた時間を自分の『全盛期』だと思っているうちは、何やってもダメなんじゃないですかね」

「ず、随分辛辣だね……新方くんのこと嫌いだったの?」

「……そうかもしれませんね」


 どうやら僕も、自分が思っていたより彼のことを恨んでいたのかもしれない。だけど正直、彼のことなどもう恨みたくもない。恨むだけ時間のムダとしか言えない。


 だけど、一つだけ思うことがある。新方くんにはもうこの先、人生における『全盛期』は待ち受けていないだろう。ならば……


「もし、彼に……『全盛期』があったとしたら……」

「ん?」


「生まれた直後に、両親に祝福された時点でそれ終わってたんじゃないですかね?」


 おそらく僕は、人生で最も汚い笑みを浮かべてそう言った。




 新方くんの早すぎた全盛期 完

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