第16話
オークの群れを剣で切り裂き、蜘蛛を異能で灼きながら20層のボス部屋まで到着した。
「何が出るかな~」
『オークジェネラルに一票』
「正解は~?」と言いながら扉を押し開く。デカい蜘蛛の巣が目に入る。部屋中に糸が張り巡らされており、見上げると天井付近に大きな蜘蛛の姿が見えた。
「とりあえず巣を燃やすか」
火炎放射のように手から炎を長く伸ばす。扇状に炎で薙いだあと、どんどん上まで焼いていく。ボスまで燃やそうと手のひらを向けると、蜘蛛は天井に取り付いてこちらにカサカサと向かってきた。
うわ、あいつ天井に貼り付けるのかよ。炎をやめて雷でも打ち込んでやろうと手をピストルにしたところで、蜘蛛から何かが飛んできた。
白い何か。とっさに横に跳ぶと、さっきまで立っていた床にベチャッと広がる。糸か?
頭上で足音がした。見上げると、蜘蛛が天井を蹴ってこちらに降ってくるところだった。
「うぉっ」
慌てて後ろへ跳ぶ。目の前に長い脚が突き刺さり、石の床が削れた。胴体だけでも私くらいある。脚を広げると、普通に車よりでかい。
恐ろしい上に気色悪い。
『ライカ、前世の世界に戻りたい?』
急にそんな思念が飛んできた。
「急に何!」
『いや、まだ余裕あるでしょ?強くなりたいなら、提案があるよ』
目の前では蜘蛛がカチカチと顎を鳴らしている。
「今言う事?後にしてくれない?」
『その蜘蛛の足だけを切り落として、生きたまま動けないようにしてよ』
「んん?まぁ、いいよ」
よく分からんが、それなら出来るだろう。
西洋剣に魔力を通す。魔力を炎に変えると、刀身に沿って火が走った。炎のエンチャントソードである。ここにくるまでにちょっと練習しておいた。
『切り落とすだけなら普通の魔力でいいよ』
「かっこいいからいいんだよ!」
と言って振り下ろされた前脚を、蜘蛛に向かって右斜め前へ踏み込んで避ける。すれ違いざまにその脚を切り落とし、そのまま側面へ回って残りの脚も斬った。
一応ケツから糸が出るんだよな、と禄に身動きが取れなくなったボスを顔側から回り込んで、もう片側の残りの脚も切り落とす。
「よし。これでいい?」
『うんうん!完璧!』
「で、何するつもり?」
『普通に倒しても、魂はほとんどライカのものにならないんだよね。だからダンジョンに還元される前に魂を加工して全てライカに取り込ませたらいいんじゃないかってね』
なるほど?
「そんなことして大丈夫なの?」
『おそらく、普通より強くなるのはずっと早くなると思う。異能に影響が出ることもあるかもしれないけど、この蜘蛛くらいなら何かが変わるほどの量じゃないよ』
「影響が出るってどういうこと?」
『もしかしたら新しい異能を憶えたりするかもしれないし、今ある異能が変化するかもしれないってこと』
ダンジョンに長く潜っているとそういう事があるとは知ってる。それが魂を多量に取り込んだからって事なのか?
『そうそう、多分ね!とりあえずこいつを取り込んだところで何かあるとは思えないし、やってみる?』
「異形化したりしない?」
『あはは、あり得ないよ!こいつ程度じゃ絶対ない』
「う~ん…、じゃあお願いしようかな?どうやるの?」
『剣を手にとって蜘蛛に突き刺して。死なない程度に、急所は避けてね。あと剣から手を離さないで』
ちょっとグロい提案だが、まぁいいだろう。
「おっけー。じゃあ、やるね」
剣を構えて、急所ではなさそうな丸く膨らんだ腹部の上の方を刀身が半分くらい埋まるまで突き刺した。
『いいね。じゃあやるよ?』
「ミスらないでね」
『大丈夫。僕も早く自由になりたいからね』
蜘蛛はガチガチと顎を鳴らしながらなんとか動こうと、無い脚の根本の部分だけを忙しなく動かしている。少し憐れだな、と思いながらじっと待っているとこれまでとは比較にならないほどの何かが身体に流れ込んできているのが分かる。
『よしよし、あとちょっと』
黙って見守っていると、恐らく魂の流入が終わり、蜘蛛が動かなくなる。
「終わり?」
『うん、終わったよ』
蜘蛛は光となって溶けていく。あとには何も残らない。
「あら?魔石は?」
『残らないみたいだね』
「そういうもんなの?」
『そういうもんみたい』
曖昧なやつだ。初めてやったのか?とりあえず強くなったのか試してみよう。
『もちろん初だよ。でも出来るとはほとんど確信してたけど』
無視して身体強化を全力で行い、そのまま垂直に飛び上がる。
思ったより床が遠ざかった。
「うおっ、ちょっ」
慌てて上を見る。天井はまだ上にあるが、普通に怖い高さだ。落ちる。いや、当たり前だけど。膝を曲げて着地する。靴底が石の床を叩き、思わず片手をついた。
「……高くない?」
『高かったね!』
「他人事みたいに」
立ち上がって足首を回す。特に痛くはない。膝も大丈夫だ。いつもと同じ様に跳んだのに、明らかに違う。確実に身体強化の強度が上がっている。今度は強化を少し抑えて跳ぶ。これなら、まぁいつも通りか。着地して、もう一度。
おぉ。すげぇ。
「これ、蜘蛛一匹で?」
『普通に倒したときより、ずっと多く取り込めたからね』
剣を持ち上げる。さっきまで感じていた重さも少し軽くなった気がする。片手でゆっくり振ってみる。止めたいところで止まる。
いいじゃん。かなりいいじゃん。
『気に入ってくれた?』
「まぁね。でも、初めてなら先に言ってよ」
『ごめん。次から言うよ』
次からねぇ…。
念の為、腕と脚を見てみる。いつも通りだ。蜘蛛の毛とか生えてないよな。手の甲も確認する。白い。よし。
『だから、それくらいじゃ変わらないって』
「一応だよ、一応」
鏡も持ってくればよかったな。スマホの内カメラで顔を確認する。うん、可愛い。目も二個だし。複眼になってたらブチギレるとこだった。とりあえず、目に見えて変なことにはなっていない。
スマホを仕舞い、ボス部屋の奥へ向かう。扉を開けると、見慣れたクリスタルがあった。これで二十層までいつでも来られる。
触れて登録を済ませる。そのまま椅子を出して座り、水を飲んだ。
「ちなみに、毎回こんなことできるの?」
『できると思うけど、全部にやるの?』
「いや、全部は面倒でしょ」
いちいち脚を落としたり、死なないところを狙って刺したりする必要がある。普通に倒したほうが楽だし、あんまり何回もやりたい作業ではない。でも、ボスだけなら。
水の蓋を閉めて、少し考える。魔石が残らないということは、ドロップ品もなくなるのだろうか。腕輪みたいなものを落とすなら、普通に倒したい気もする。
「次から、先にレアドロ教えてね」
『いいよ!』
装備が欲しければ普通に倒す。強くなりたければ取り込む。そういう使い分けになるのかな。なんか、急に探索が忙しくなってきた。いい意味で。
チョコを一つ口に入れる。甘い。スマホを見ると、メッセージの通知が来ていた。そういえば、学校をさぼる宣言をしたんだったな。…あとで見よう。
外の時間を見ると、夜の十時くらいだ。潜ったのが夜九時前だったので、一時間くらいか。十時間以上は潜っていたのに相変わらず凄まじい。
もうこのダンジョンの中で生活しようかな?
時間もある。強くなる方法にも目処がついている。これなら外で夏休みが終わるまでに、深層まで行けたりしないか?
『十分に可能だと思うよ』
飯や着替えはネットで大量に買い込んで、ゲートハウスに置いておけばいい。風呂に入りに家に帰ってあとはひたすら潜り続けるってのもアリな気がする。
『前世の世界がどれくらい時間の流れが違うか分からないし、行きたいなら早く行ったほうがいいかもね』
「ダンジョンの深くまで潜ったとして、前世の世界にいける確率はどれくらいあると思う?」
『……煽っている僕が言うのも申し訳ないけど、そこに辿り着ける確率は限りなく低いと思うよ』
「でも、可能性は無くもないんだよね?」
『ゼロではない、と思う』
「それなら、目指す価値は十分以上にあるよ」




