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灰冠(はいかん)の大陸アルメリア  作者: たむ


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第六章 選択編 第4話 沈黙する者たち

 すべての人が語りたがっていたわけではない。


 討議所の灯が増えるにつれ、ミレスの町には別の種類の静けさも濃くなっていった。話す者が目立つほど、話さない者の輪郭もはっきりする。口を閉ざすことは空白ではない。そこにも理由があり、癖があり、傷がある。


 北門近くで針仕事をして暮らす未亡人サナは、倉庫の二階にも寺院の裏庭にも行かなかった。


 四年前に夫を熱病で亡くし、今は七歳の息子と二人で暮らしている。朝から晩まで他人の服のほつれを縫い、小さく切った蝋を節約し、冬の薪を夏のうちから計算する生活だ。彼女にとって“話し合い”とは、余裕のある者が持つ時間の別名に見えた。


 布告板の前で人が騒いでいた日も、彼女は糸を買うために市場を急いで通り過ぎただけだった。王が決めない。だから何だというのか。決めない王でも、決める王でも、息子の靴底は擦り切れるし、パンの値は上がる。話したところで針の穴は小さいままだ。


 ある夕方、隣家の老女が言った。


「サナ、あんたも一度くらい顔を出せばいいのに。あそこで配給の話が出てるよ」


「私が行って何か変わる?」


「変わるかもしれないだろ」


「変わらないかもしれないでしょう」


 老女は口を尖らせたが、それ以上は言わなかった。サナは針を持つ手を止めず、薄暗い部屋で糸を通した。話すことは、自分の無力を人前に出すことに似ている。貧しさを語れば、誰かの同情か、誰かの苛立ちを招く。黙って働く方が、まだ自分の形を保てる。


 一方で、沈黙には別の種類もあった。


 市場の穀物商セルムは討議所に顔を出したが、一言も喋らなかった。油灯の下で椅子に深く腰掛け、太い指で杯を回しながら、他人の議論を聞いている。誰もが彼の意見を求めた。穀物の流れを知っている者だからだ。だがセルムは顎を撫でるだけで、曖昧に笑った。


「何か言えよ、セルム」


「俺が言うと、儲けのためだと思われる」


「実際そうじゃないのか」


「だから黙ってるのさ」


 その言葉に笑いが起きたが、半分は本気だった。利害のある者は語れば疑われる。疑われたくなければ黙る。だが黙れば、その利害は見えないところで動く。沈黙は中立ではない。ただ、責められにくい場所に身を置く技術でもある。


 さらに、過去の経験から黙る者もいた。


 元兵士のオルドは、若い者たちが熱を帯びて議論する様子を見るたび、口の中に古い砂の味を思い出した。二十年前の国境紛争で、彼は村の徴発会議に一度だけ意見したことがある。兵糧輸送の道は危険だ、別の谷を使うべきだと。会議では年長者に笑われ、その後の敗戦で責任の一端をなぜか彼が負わされた。あの時から彼は学んだ。集まりの場では、正しさより、あとで誰に押しつけやすいかが勝つことがある。


 だから今も倉庫の隅で腕を組み、誰にも視線を合わせない。


「何か言えばいいのに」と若者が言うと、オルドは鼻で笑う。


「言葉は槍より戻ってくるぞ」


 若者は意味がわからない顔をしたが、説明してやる気はなかった。


 役所でも同じだった。


 書記見習いたちは新しい布告について廊下でひそひそ話すが、正式な場では誰も意見しない。下手に口を出せば、その場の空気で“自分の考え”にされるからだ。黙っていれば、せめて責任の明確な輪郭からは外れられる。


 マイナはそういう空気を敏感に嗅いでいた。


「人はね」と彼女はレオネルに言った。「発言の自由が与えられたら、すぐに喋るようになると思ってるなら間違いよ」


「では何が必要なんです」


「間違っても即座に潰されないって感覚。自分の声が場に置かれるだけで、人格まで値踏みされないって感覚。それがないと、黙る方が賢い」


「そんなもの、どう作るんですか」


「時間。あるいは何人かの鈍感な先頭者」


 レオネルは少し笑った。マイナもごくわずかに口元を緩めたが、すぐ元に戻った。


 その日の夜、倉庫の二階では配給と備蓄の話が続いていた。話す者はだいたい同じ顔ぶれになりつつある。声の大きい肉屋、理屈の好きな薬草師リュシア、勢いで口を出す若い荷運び、やたらと帝都を悪く言う鍛冶屋。彼らが悪いのではない。ただ、場には重力があり、一度中心に立った者の周りを他人は回り始める。


 リュシアが炭筆を止めて言った。


「いつも同じ人ばかりが喋っているわ。話さない人の考えが見えない」


「考えがないんじゃないか?」肉屋が言う。


 その瞬間、入口近くに立っていた娘がぽつりと口を挟んだ。


「あるよ」


 皆が振り向いた。粉挽き屋の娘だった。第2話でレオネルに話しかけた娘だ。彼女は少し怯んだが、言葉を続けた。


「あるけど、言っても笑われると思ってるだけ。あと、時間がない。うちの母さんは夕方なんて一番忙しいし」


 場が少し静まった。

 当たり前のことだった。だが、当たり前のことほど、真ん中にいる人間には見えにくい。


「じゃあ昼にやるか?」誰かが言う。


「昼は働いてるよ」別の誰かが返す。


「じゃあどうする」


「わからない。でも、来てない人は何も思ってないって決めつけるのは違う」


 その言葉は立派な演説ではなかった。少し早口で、語尾も揺れた。けれど場の空気は確かに変わった。討議所とは何か。その問いに、初めて“話している者たちのためだけの場ではない”という輪郭が生まれたのだった。


 隅で聞いていたオルドは、わずかに眉を動かした。

 サナのような者は、きっとここには来ないだろう。

 だが、来ないことを単なる無関心として片づけない声が出たのは、少しだけましだった。


 その頃、アリアは寺院の裏庭を歩いていた。夜の石畳には昼間の熱がもう残っておらず、木々の梢が風に擦れてかすかな音を立てる。彼女の後ろをエリオンがついてくる。


「語る者より、黙る者の方が多いな」彼が言った。


「いつもそうよ」


「それでもお前は“人々が選ぶ”と言う」


 アリアは歩みを止めずに答えた。


「選ぶことは、声の大きさじゃない。沈黙もまた選択になる。ただ、沈黙の理由を誰かが勝手に決めてしまうと、そこから歪む」


「難しい話だ」


「難しいわ。だから簡単な命令の方が、いつだって魅力的なの」


 寺院の白い壁に月明かりが落ち、彼女の横顔を淡く照らした。


「王が決めれば早い。間違っても、恨む先がある。民は少し楽になる。でも、それを続ければ、人はいつまでも自分の足の重さを知らない」


「知れば幸せになるわけでもない」


「ええ」


 アリアはそこで、ようやく立ち止まった。


「それでも、知らないままでは国は大人になれない」


 風が吹き、庭の隅に積まれた祈祷札の紙片がかさりと鳴った。

 紙は軽い。

 だがそこに書かれるものは、時に剣より重い。

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