第322話 休息日
ミラは冒険者協会の受付へ、大きく膨らんだ革袋を置いた。
中から取り出したのは、ダンジョンで討伐した魔物の素材と魔石だった。
魔石は大きさごとに分けられ、爪や牙にも目立った傷はない。
受付係は素材を一つずつ確認した後、ミラから登録証を受け取った。
「依頼の達成を確認しました。これで昇格に必要な実績も揃いました」
受付係が登録証を専用の魔法具へ差し込む。
淡い光が魔法陣の上を走り、登録証へ刻まれていたFの文字がEへ変わった。
「おめでとうございます。今日からミラさんはE級冒険者です」
ミラは返された登録証を見つめた。
「これで私もE級……」
「登録から一か月での昇格です。かなり早い方ですよ」
受付係は買い取り用の箱へ素材を移しながら笑う。
「二日続けてダンジョンへ潜れるだけの魔力量があり、依頼も全て達成していますからね」
「ありがとう」
ミラは嬉しそうに登録証を革袋へしまった。
冒険者になってから一か月。
ミラは二日続けてダンジョンへ潜り、その翌日を魔力の回復へ充てるという周期で依頼をこなしていた。
一晩眠れば、消費した魔力が全て戻るわけではない。
魔力量の少ない者なら、半日潜っただけで翌日を休みにしなければならない。
一日中探索した場合、その後二日間は休息が必要になる者も珍しくなかった。
それに比べれば、二日続けて探索し、一日の休息で再び潜れるミラは、冒険者の中でも魔力量が多い方だった。
一か月でのE級昇格は、その魔力と実力を十分に示す結果だった。
ミラが受付を離れようとした時、冒険者協会の扉が開いた。
外から入ってきたのは、黒い髪に青い瞳を持つ少年だった。
腰には、以前とは違う魔剣を提げている。
「レン?」
ミラの声に気づき、レオンが足を止める。
「ミラか」
「久しぶりね。最近、協会で見かけなかったけど」
「戻る時間が違ったんだろう」
レオンは早朝からダンジョンへ潜り、夕方近くまで探索を続けている。
ミラは魔力を使い切らないよう、昼過ぎには地上へ戻る。
同じ冒険者協会を利用していても、顔を合わせる機会はほとんどなかった。
「見て。私も今日からE級よ」
ミラは登録証を取り出し、刻まれた文字を見せた。
レオンはEの文字を確認する。
原作の設定では、F級からE級へ昇格するだけでも、普通は三か月以上かかる。
それを一か月で達成したのだから、ミラは冒険者として十分に優秀だった。
「昇格したのか。おめでとう」
「ありがとう」
「一か月か。早いな」
ミラは一瞬黙った後、呆れたようにレオンを見る。
「ダンジョンへ潜った初日にE級へ上がった人に言われても、嫌味にしか聞こえないわよ」
「……すまん」
レオンが素直に謝る。
ミラも、レオンに悪意がないことは分かっていた。
本当に早いと思ったから、そう口にしただけなのだろう。
「別に怒ってないわよ」
ミラは気にせず話を流し、登録証を革袋へ戻した。
「それより、レンもそろそろ昇格するんじゃないの?」
「次はまだまだ先だな」
「そうなの?」
「ああ。流石に一か月では難しい。それに、条件を達成しても審査があるからな……」
その言葉を聞き、ミラが眉を寄せる。
「は?」
「どうした?」
「D級へ上がるのに、審査なんてないわよ。審査があるのはB級からでしょう?」
レオンは一瞬黙った。
そこで、二人が別の昇格について話していたことに気づく。
レオンは革袋から自分の登録証を取り出し、ミラへ見せた。
そこにはCの文字が刻まれている。
「俺が言っているのは、B級への昇格だ」
「……C級?」
ミラは登録証を凝視する。
何度確かめても、刻まれている文字はCだった。
「いつC級になったの?」
「十日ほど前だ」
「聞いてないんだけど!」
「聞かれなかったからな」
「そういう問題じゃないでしょう!」
ミラはレオンの登録証を指差した。
「なんでD級を飛び越えてC級になってるのよ!」
「特例で昇格した」
「特例?」
「持ち帰った素材と、ダンジョンでの実績を評価されたらしい」
「らしいって……自分のことでしょう?」
レオンとしては、原作で把握している場所から価値の高い素材を持ち帰っただけだった。
討伐した魔物も、これまで戦ってきた相手と比べれば強くない。
それでも冒険者協会から見れば、E級になったばかりの少年が一人で達成出来る内容ではなかったらしい。
「それでD級を飛び越えたの?」
「ああ」
「本当に滅茶苦茶ね……」
ミラは額へ手を当てた。
一か月でE級へ上がったミラも、冒険者としては十分に優秀だった。
だが、レオンの昇格速度は優秀という言葉で片づけられるものではない。
「この一か月、どれくらいダンジョンへ潜ったの?」
「毎日だ」
「毎日?」
「ああ」
「休む日は?」
「特に決めていない」
ミラが眉を寄せる。
「最後に休んだのはいつ?」
レオンは、この一か月を思い返した。
冒険者登録をした翌日から、毎日ダンジョンへ潜っている。
依頼を受けなかったのは、魔剣を探すために街を歩き回った日くらいだった。
「そういえば、休んでないな」
「一日も!?」
ミラが目を見開く。
「魔力は大丈夫なの?」
「ああ。翌朝には戻っている」
「毎日魔法を使ってるでしょう?」
「使っているな」
「それでも全部戻るの?」
「ああ」
ミラは言葉を失った。
二日潜って一日休むミラでさえ、魔力量は多い方だ。
魔力が少ない冒険者なら、半日の探索で翌日を休む。
一日潜れば、その後二日間は動けない者もいる。
それなのにレオンは、一か月近く一日も休まずダンジョンへ潜り続けていた。
「どれだけ魔力があるのよ……」
「人より少し多い程度だと思う」
「測定玉を壊した人が、少しで済むわけないでしょう!」
ミラの声が協会内へ響いた。
周囲にいた冒険者達が二人を見る。
ミラは視線へ気づくと、声を小さくした。
「魔力が残っていても、少しは休んだ方がいいわよ。毎日ダンジョンへ潜っていたら、身体の方が持たないでしょう?」
「特に疲れてはいない」
「疲れてから休むんじゃ遅いの」
ミラが呆れたように腰へ手を当てる。
だが、レオンにとっては珍しいことではなかった。
ノルディアにいた頃も、毎日のように政務と訓練に追われていた。
政務が少ない日は訓練へ時間を使い、訓練を早く終えれば書類へ目を通す。
何もしないで一日を過ごすという習慣が、そもそもレオンにはなかった。
むしろ、この一か月は普段より楽しんでいた。
机へ積み上げられた書類もなければ、領内から次々と持ち込まれる問題もない。
目の前の魔物を倒し、素材を集め、ダンジョンの奥へ進む。
それだけに集中できる。
何より、かつて画面越しに見ていたダンジョンを、自分の足で攻略しているのだ。
記憶どおりの場所を見つけるたびに懐かしさを覚え、ゲームでは分からなかった構造を知るたびに新しい発見があった。
レオンにとって、ダンジョン探索は仕事というより遊びに近い。
楽しかったからこそ、休むという発想すら浮かばなかった。
「なら、明日は休みにするか」
「本当に?」
「ああ。急ぐ必要もないからな」
ミラの表情が明るくなる。
「それなら、私が街を案内してあげる」
「ミラはいいのか?」
「私は今日で二日続けて潜ったから、明日は休息日なの」
「そうか。なら頼む」
「任せて。ミストレアで生まれ育った私が、観光客の知らない場所まで案内してあげるわ」
ミラは自信ありげに胸を張った。
翌朝。
レオンが宿の食堂で朝食を取っていると、受付の女性が一通の手紙を持ってきた。
「レンさん。職人街から手紙が届いていますよ」
「俺に?」
差出人を見る。
そこには、アルマ・ベルクの名が書かれていた。
封を開け、中の紙へ目を通す。
書かれていたのは、預けていた剣が完成したという短い知らせだけだった。
一か月前、アルマへ預けたガレオンの剣。
その刀身へ、切れ味を高める無属性の魔法陣を刻んでもらっている。
当初の予定どおり完成したらしい。
「今日取りに行くか」
朝食を終え、宿の前へ出る。
そこでは既にミラが待っていた。
普段の防具姿ではなく、動きやすそうな街着を身につけている。
それでも腰には剣を提げていた。
「おはよう、レン」
「ああ。待たせたか?」
「今来たところよ」
ミラはレオンが持っている封筒へ目を向けた。
「その手紙は?」
「預けていた剣が完成したらしい」
「初日に持っていた剣ね……」
「ああ。魔法陣を刻んでもらっていた」
「それなら、先に取りに行く?」
「職人街にある。街を見て回った後で構わない」
「分かった。それじゃあ、最後に職人街へ行きましょう」
二人は並んで大通りへ向かった。
朝のミストレアは、既に多くの人で賑わっている。
道の両側に並ぶ店では、魔石の照明が色とりどりの光を放っていた。
魔法陣によって温められた料理を売る屋台。
風を送り続ける大きな筒。
重い荷物を載せながら、子供でも簡単に押せる荷車。
レオンも一か月の間に何度か大通りを歩いていたが、目的地へ向かうだけで、ゆっくり店を見たことはなかった。
ミラは通りを進みながら、一つずつ説明していく。
「あれは風属性の魔法具で、建物の中の空気を入れ替えてるの」
「ずっと動いているのか?」
「魔石に蓄えた魔力がなくなるまでね。大きな店だと、専門の魔法使いを雇って毎朝補充してるわ」
「随分と手間がかかるんだな」
「工房では煙や熱がこもるから、必要なのよ」
通りの先では、建物と建物の間へ張られた金属線を、小さな箱が移動していた。
「あれは?」
「手紙や小さな荷物を運ぶ魔法具。街の中だけなら、その日のうちに届けられるわ」
「今朝の手紙も、あれで届いたのか」
「多分そうね」
レオンが見上げていると、頭上を通過した箱が近くの塔へ吸い込まれていった。
ゲームの画面では、街並みの一部として置かれていただけの物だ。
実際に動く仕組みを知ると、思っていた以上に興味深い。
その後もミラに案内され、魔法具を扱う市場や、街の中央にある噴水広場を見て回った。
噴水の中央には大きな水属性の魔石が置かれ、いくつもの水流が空中で複雑な模様を描いている。
一定の時間になると水の形が変わり、鳥や魚の姿となって広場の上を動き回った。
「これは初めて見たな」
「夜になると、魔石の光で色もつくのよ」
「随分と魔力を使いそうだ」
「そこを最初に気にするの?」
ミラが苦笑する。
「もっと綺麗とか、そういう感想はないの?」
「よく出来ているとは思う」
「レンらしいわね……」
二人が広場を出る頃には、太陽が真上近くまで昇っていた。
「そろそろ昼にしましょう」
「ああ」
「近くに美味しい店があるの。小さい頃から何度も行ってるところよ」
ミラに連れられて入ったのは、大通りから少し離れた場所にある小さな食堂だった。
店内には十席ほどしかなく、壁には古びた魔法具や冒険者の登録証が飾られている。
扉を開けた瞬間、奥から恰幅の良い女性が姿を現した。
「いらっしゃ――あら、ミラちゃんじゃない!」
「こんにちは」
「久しぶりね。冒険者として頑張ってるって聞いたわよ」
「昨日、E級になったの」
「まあ! おめでとう!」
女性が嬉しそうに手を叩く。
厨房からも、白い帽子をかぶった男性が顔を覗かせた。
「ミラか。昇格したんだって?」
「うん」
「一か月でE級とは大したもんだ」
ミラは少し照れたように笑った。
女性は何度も頷いた後、ミラの隣にいるレオンへ視線を向ける。
「それで、そちらの男の子は?」
「レンよ」
「初めまして」
レオンが軽く頭を下げる。
女性はレオンとミラを交互に見た後、意味ありげに笑った。
「もしかして、ミラちゃんの彼氏?」
「違うわよ!」
ミラが即座に否定する。
その声が店内へ響き、ほかの客まで二人へ視線を向けた。
「そんなに慌てなくてもいいじゃない」
「慌ててない!」
「一緒に街を歩いて、二人で食事に来たんでしょう?」
「今日は街を案内してるだけ!」
ミラが顔を赤くして否定する隣で、レオンが口を開く。
「冒険者仲間だ」
「そういうこと!」
ミラが強く頷く。
女性は残念そうな、それでいて面白そうな笑みを浮かべた。
「まあ、今はそういうことにしておきましょうか」
「今もこれからもそうよ!」
「はいはい。好きな席へ座って」
二人は窓際の席へ座った。
しばらくすると、香草を使って焼いた鶏肉と、温かいスープが運ばれてくる。
レオンが鶏肉を口へ運ぶ。
表面は香ばしく、中には肉汁が残っていた。
「美味いな」
「でしょう? 小さい頃から、この店の料理が好きなの」
ミラはどこか誇らしそうに笑った。
「さっきの二人とは長い付き合いなのか?」
「うん。私が生まれる前から、この店をやってるの。父さんと母さんもよく来てたみたい」
「ミラの家も、この近くなのか?」
「もう少し職人街に近いところよ。父さんが小さな魔法具の修理店をやってるの」
「魔法具職人の家だったのか」
「職人っていっても、壊れた日用品を直すのがほとんどだけどね。母さんが受付とお金の管理をして、弟は父さんの下で修業してるわ」
「ミラは継がなかったのか?」
ミラは少し気まずそうに視線を逸らした。
「私も子供の頃は、父さんから魔法陣の刻み方を教わったのよ」
「向いていなかった?」
「細かい作業が苦手だったの」
ミラは指先で小さな円を描く。
「魔法陣は線が少しずれただけでも、魔力の流れが変わるでしょう? 私は何度やっても線が曲がるし、力を入れすぎて道具を壊すし……」
「それで剣を選んだのか」
「身体を動かす方が好きだったからね」
ミラは腰の剣へ触れる。
「それに、店へ来る冒険者から、よく外国の話を聞いてたの」
王国にある大きな森。
帝国の広大な砂漠。
教国に建つ巨大な聖堂。
魔法具の修理を依頼する冒険者達は、幼いミラへ自分達が旅した場所の話を聞かせてくれたという。
「ずっと、この国の外へ行ってみたいと思ってた。でも、低級の冒険者じゃ外国へ行く依頼はほとんど受けられないの」
「だからC級を目指しているのか」
「うん。C級になれば、外国へ向かう商隊の護衛依頼も受けられるから」
ミラは期待を込めた目で、窓の外を見る。
「最初は王国へ行ってみたいの。その次は帝国。いつかは四つの国を全部、自分の目で見て回りたい」
「そうか」
「レンは王国から来たのよね?」
「ああ」
「王国のどの辺り?」
レオンは一瞬考えた。
ノルディアという地名を出せば、正体へ繋がる可能性がある。
だが、地方を答えるだけなら問題はないだろう。
「北部だ。山脈に近い」
「寒いところ?」
「ああ。冬になれば毎年雪が降る。酷い時は腰の辺りまで積もることもある」
「腰まで!?」
ミラの瞳が輝いた。
「そんなに積もるの?」
「珍しくはない。山へ近づけば、もっと深い場所もある」
「すごい……私、そんな雪を見たことがない」
ミストレアでも気温が下がることはあるが、雪が積もるほど寒くなることは滅多にない。
「雪が降ると、街は全部真っ白になるの?」
「ああ。屋根も街道も畑も、ほとんど雪に覆われる」
「綺麗なんでしょうね」
「降っている間はな」
レオンはノルディアの冬を思い出す。
「その後は雪かきが必要になる。街道が埋まれば竜車も通れない。屋根へ積もりすぎれば、家が潰れることもある」
「夢がないわね……」
「暮らしている側からすれば、そんなものだ」
ミラは頬を膨らませたが、すぐに何かへ気づいたようにレオンを見る。
「でも、道理でレンが氷魔法を使えるわけね」
「出身地で分かるのか?」
「氷属性は水属性から派生するけど、この国の南部にはほとんどいないの。水属性を持っていても、氷属性への適性を持つ人はまず生まれないわ」
ミラは水の入った杯を指で軽く揺らした。
「ほかの国でも、氷属性を持つ人は雪が降る土地の出身が多いって聞く。レンが王国北部の出身なら納得よ」
「そういう見分け方もあるのか」
「魔道国家では、属性の研究が盛んだからね」
レオンは小さく頷いた。
自分が北部出身だと話すだけなら問題ないと思っていたが、属性から出身地を絞られることもあるらしい。
今後は気をつけた方がいいだろう。
ミラが鶏肉を一切れ口へ運んだ後、尋ねる。
「レンは、どうして冒険者になったの?」
「探している物がある」
「探している物?」
「三つの魔法具だ」
「どんな魔法具?」
レオンは僅かに黙った。
回復の杖。
魔力の流れを見る片眼鏡。
そして、魔法の威力を高める首飾り。
どれも簡単に人へ話していい物ではない。
「今は話せない」
「……そう」
ミラは残念そうに目を伏せる。
その表情を見て、レオンは言葉を続けた。
「話せる時が来たら話す」
ミラが顔を上げる。
「本当?」
「ああ」
「なら、待ってる」
ミラはそれ以上尋ねず、再び食事を始めた。
二人が料理を食べ終えると、レオンは立ち上がって会計へ向かった。
店の女性が代金を計算しながら、楽しそうに笑う。
「今日はミラちゃんが彼氏を連れてきてくれたから、少し安くしておくわね」
「だから彼氏じゃないって言ってるでしょう!」
席を立ったミラが抗議する。
「冒険者仲間だ」
レオンも訂正したが、女性は聞いていないようだった。
「二人分で銀貨三枚ね」
レオンは革袋から銀貨三枚を取り出した。
「俺が払う」
「自分の分は払うわよ」
「今日は街を案内してもらっている。その礼だ」
レオンは銀貨を女性へ渡す。
女性は満面の笑みで受け取った。
「あらあら。ミラちゃん、優しい彼氏でよかったわね」
「もう!」
ミラは顔を赤くしたまま、先に店を出ていった。
レオンが後を追う。
外へ出ると、ミラは食堂の扉を睨んでいた。
「レンが二人分払うから、余計に勘違いされたじゃない」
「案内の礼をしただけだ」
「それは分かってるけど……」
ミラは小さく息を吐く。
「次は私が払うからね」
「分かった」
「絶対だからね」
「ああ」
念を押すミラと共に、レオンは午後の街へ歩き出した。
大通りから離れ、二人は職人街へ入った。
周囲から、金属を打つ音や魔法具の作動音が聞こえてくる。
ミラにとっては生まれ育った場所らしく、道を歩くたびに店先の職人達から声をかけられた。
「ミラ、E級に上がったんだってな!」
「無茶して剣を壊すなよ!」
ミラは笑いながら手を振る。
「随分と知られているんだな」
「小さい頃から、この辺りを走り回ってたからね」
二人は職人街の奥へ進む。
華やかな看板を掲げる店は少しずつ減り、古い工房が増えていった。
やがてレオンは、街外れに建つ古びた石造りの建物の前で足を止める。
看板はない。
一見すれば、使われていない工房にも見えた。
「ここだ」
「ここって……」
ミラが建物を見上げ、表情を固める。
「アルマ・ベルクの工房じゃない?」
「そういう名前だったな」
レオンが答えると、ミラが勢いよく振り返った。
「そういう名前だったな、じゃないわよ!」
「どうした?」
「どうしたって……アルマ・ベルクよ!? この国で一番の魔法具鍛冶師!」
「ああ。腕がいいとは聞いた」
「腕がいいなんてものじゃないわ。外国の貴族や王族だって、アルマに魔法具を作ってもらうために、この国まで来るのよ」
ミラは工房とレオンを何度も見比べる。
「どれだけお金を積まれても、気に入らない相手の仕事は受けないって有名なの。魔道王家からの依頼を断ったことだってあるのよ」
「そうらしいな」
「どうして、そんな人に剣を預けてるの?」
「紹介状を書いてもらった」
「紹介状があっても、普通は引き受けてもらえないわよ!」
ミラは頭を抱える。
「レン、朝は魔法鍛冶師の工房に行くとしか言わなかったでしょう?」
「間違ってないだろ」
「普通の魔法鍛冶師みたいに言わないでよ!」
その時、工房の中から声が響いた。
「外で騒ぐんじゃないよ! 用があるならさっさと入りな!」
ミラの身体が跳ねる。
レオンは気にすることなく扉を開けた。
工房へ入ると、炉の熱と金属の匂いが二人を包む。
アルマは作業台の前へ座り、細かな金属部品を削っていた。
「来たかい」
「ああ。剣が完成したと手紙をもらった」
「予定どおり一か月だ。アンタの馬鹿みたいな魔力へ耐えられるよう、術式を調整するのに苦労したよ」
アルマは作業台の下へ手を伸ばす。
「その前に、貸した剣を返しな」
レオンは腰に提げていた剣を外し、鞘ごと差し出した。
アルマは刀身を抜き、隅々まで確認する。
「壊してないだろ」
「それを決めるのはアタシだよ」
刃を指でなぞり、魔法陣の状態を確かめる。
しばらくして、アルマは剣を鞘へ戻した。
「刃こぼれが少しあるだけだね。魔法陣にも異常はない」
「だから言っただろ」
「試し剣を壊した奴の言葉なんて、信用出来るわけないだろ」
レオンは何も言い返せなかった。
アルマは貸していた剣を棚へ置くと、長い布に包まれた物を取り出した。
作業台の上へ置き、ゆっくりと布を解いていく。
現れたのは、ガレオンが残した銀色の剣だった。
一か月前と外見は大きく変わっていない。
しかし刀身には、根元から切っ先へ向かって細い魔法陣が刻まれていた。
複雑な線が幾重にも重なりながら、刀身全体へ伸びている。
「持ってみな」
レオンは剣を手に取った。
重さも、握った感触も以前と変わらない。
軽く振ってみても違和感はなかった。
「無属性の魔法陣を刻んである。流した魔力に応じて刃の切れ味を高める術式だ」
アルマは刀身へ刻まれた線を指差す。
「アンタの魔力を流しても焼き切れないよう、余分な魔力を刀身全体へ逃がす構造にしてある」
「試してもいいか?」
「少しだけにしな。工房を壊したら、金貨五十枚じゃ済まないよ」
レオンは剣を構え、慎重に魔力を流す。
刀身へ刻まれた魔法陣に、白い光が走った。
剣全体が淡く輝き、刃の周囲で空気が僅かに震える。
魔力を増やしても、魔法陣が壊れる気配はない。
「問題なさそうだな」
「当然だよ」
アルマは腕を組み、白く輝く剣を見つめる。
「そいつは、アタシが手がけた魔剣の中でも最高傑作だよ」
後ろで見ていたミラが息を呑んだ。
「最高傑作……?」
「刀身そのものが並の物じゃないからね。ミスリルとオリハルコンだけで作られてる」
「ミスリルとオリハルコンだけ?」
ミラが驚いて剣へ近づく。
「そんな剣、聞いたことがありません。普通は鋼を繋ぎにしないと、二つの金属は混ざらないはずです」
「少しは勉強してるようだね」
アルマは鼻を鳴らした。
「その普通じゃないことをやった奴がいるのさ」
「誰が、この剣を?」
「帝国のガレオンだよ」
その名を聞いた瞬間、ミラの目が大きく見開かれる。
「ガレオンって……帝国一の鍛冶師と呼ばれていた、あのガレオンですか?」
「ほかに誰がいるんだい」
「でも、ガレオンはもう亡くなったと……」
「だから、そいつが最後に残した剣だよ」
ミラは言葉を失い、白く輝く刀身を見つめる。
アルマは誇らしげに剣を指差した。
「ガレオンの剣に、アタシが魔法陣を刻んだんだ」
帝国一の鍛冶師が作った剣。
そして、魔道国家一の魔法具鍛冶師が刻んだ魔法陣。
その二人の技術が、一振りの剣へ収められている。
「そんなの……国宝級の魔剣じゃないですか」
ミラが呟く。
「そんじょそこらの名刀と比べるんじゃないよ。この剣の方が遥かに上さ」
アルマは不満そうに眉を寄せた。
ミラの視線がレオンへ向けられる。
「それを、どうしてレンが持ってるの……?」
「ガレオンさんが、俺のために作ってくれた」
「帝国一の鍛冶師が、レンのために?」
「ああ」
「どうして?」
「少し事情があってな」
ミラは納得していないようだったが、それ以上の言葉が出てこないらしい。
レオンは剣へ流していた魔力を止めた。
白い光が消え、刀身は元の銀色へ戻る。
剣を鞘へ収めた後、アルマへ尋ねる。
「魔法陣を刻んだ代金はいくらだ?」
「いらないよ」
「いらない?」
「ああ」
アルマは作業台へ戻りながら答える。
「どうせガレオンも、アンタから代金はもらってないんだろ?」
この剣は、成人祝いとしてルーカスから贈られた物だった。
レオン自身は、一枚も金貨を払っていない。
「まあ、そうなるな」
「なら、アタシも取らないよ」
「それでいいのか?」
「ガレオンが最後に残した剣へ魔法陣を刻めた。それだけで十分さ」
アルマはレオンへ背中を向ける。
「ただし、前に渡した指輪の代金は別だからね。あれは材料だけでも金貨五十枚以上の価値がある」
「ああ。分かってる」
レオンは左手にはめた指輪を見る。
純オリハルコンと最高級の氷属性の魔石を使った指輪。
その代金は、既に支払っている。
「用が済んだなら帰りな。アタシは忙しいんだよ」
「助かった」
「礼もいらないよ。さっさと行きな」
レオンは一度だけ頭を下げ、工房を出た。
その後ろを、まだ呆然としているミラが追いかける。
工房の外へ出てからも、ミラはしばらく何も話さなかった。
レオンは新しく魔剣となった剣を腰へ提げ、来た道を戻っていく。
やがてミラが足を止めた。
「レン」
「どうした?」
「……本当に、貴方は何者なの?」
「だから、さすらいの――」
「それはもういいって!!」
ミラの声が、職人街へ大きく響き渡った。




