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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第291話 変わった未来

思わず声が大きくなり、近くにいた帝国貴族が何人かこちらを見る。レオンは小さく咳払いをして声を落とした。


「とにかく何でもない」


「そうですか」


「ああ」


「では、そういうことにしておきます」


「……」


まったく信じていない顔だった。

レオンが何とも言えない表情でミコトを見ていると、横からジーカスの豪快な笑い声が聞こえた。


「ははは! 何故隠す必要がある!」


「皇帝陛下!」


嫌な予感しかしない。

ジーカスはそんなレオンを無視してミコトを見る。


「ミコト、レオンに子供を作っておけと忠告していたのだ」


「何で言うんですか!」


レオンの声が再び響き、ミコトの黒い瞳が僅かに大きくなる。そしてゆっくりとレオンへ視線を向けた。


「子供を……」


「違うからな」


「まだ何も言っておりません」


「顔を見れば分かる」


「さすがレオン様」


「嬉しくない!」


ミコトが口元へ手を添えて小さく笑う。ジーカスはさらに続けた。


「二年後、こいつは自分も最前線へ行くらしいからな。万が一のためにノルディア家の血を残しておけという話だ」


その言葉を聞いた瞬間、ミコトの表情から僅かに笑みが消えた。


「……最前線へ?」


「ああ」


「レオン様ご自身が?」


「ああ」


ミコトは真っ直ぐレオンを見る。僅かな沈黙の後、何かを言いたそうに唇を動かしたが、結局何も言わずに一度目を伏せた。

てっきり自分も行くと言い出すと思っていたレオンは少し意外に感じたが、まだ二年後の話だ。今ここで話すことでもない。


「まあ、二年後の話だ」


「……はい」


ミコトは顔を上げると、いつもの落ち着いた表情へ戻った。


「でしたら、陛下のお考えにも一理ございますね」


「何でそっちに戻るんだよ」


「ノルディア家の存続に関わる大切なお話なのでしょう?」


「そうだけど」


「でしたら、私がお相手を務めましょうか?」


「務めなくていい!」


「妻でなくても構いません」


「そういう問題じゃない!」


「側室でも」


「だから!」


「子供だけでも」


「どんどん条件を下げるな!」


ジーカスが声を上げて笑った。


「やはりミコトでいいではないか!」


「皇帝陛下まで乗らないでください!」


「本人も望んでいる」


「俺が望んでないんですよ!」


横にいたルーカスまで口を挟んでくる。


「ミコトなら嫌がらない」


「お前は黙ってろ!」


「むしろ喜ぶ」


「それは分かってる!」


「なら問題ない」


「俺の意思はどこにいったんだよ!」


ルーカスが首を傾げ、何故かジーカスまで同じように首を傾げる。少し離れた場所でその様子を見ていたジークハルトが、呆れたように額へ手を当てた。


「父上、いい加減にしてください。レオン辺境伯は客人です」


「だから歓迎している」


「歓迎の仕方を考えてください」


「十分歓迎しているだろう」


「そういう問題ではありません」


ジークハルトが深いため息を吐く。そのやり取りを見てレオンが少しだけ笑っていると、今度は後ろから柔らかな声が聞こえてきた。


「随分と楽しそうですね」


振り返ればエミルが立っており、その両側には当然のようにメリトとネフェルがいる。


「レオン君、こちらまで声が聞こえていましたよ」


「……助けてください」


「え?」


エミルが目を瞬かせると、メリトとネフェルも揃ってレオンを見る。


「何か」


「ございましたか?」


「皇帝陛下が俺に子供を作れって言い始めたんです」


「レオン辺境伯!」


ジークハルトが止めたが、もう遅かった。メリトとネフェルは同時に目を見開き、続いて二人の赤い瞳が揃ってミコトへ向く。


「まあ」


「それは」


一拍置いて、二人は揃って微笑んだ。


「おめでとうございます」


「おめでとうございます」


「何でそうなるんですか!」


しかもミコトは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


「お前も受け入れるな!」


エミルだけが話についていけず、レオンとミコトを交互に見ていた。


「えっと……レオン君、ご結婚されるのですか?」


「しません!」


「そうなのですか?」


「そうです!」


「ですが」


メリトがミコトを見る。


「ミコト様でしたら」


ネフェルがレオンを見る。


「とてもお似合いだと思いますよ?」


「二人まで乗らないでください!」


「私達は」


「率直な感想を」


「申し上げただけです」


「その喋り方で畳み掛けないでください!」


レオンが頭を抱える。少し前までバルド山脈の異変や領民の避難という真面目な話をしていたはずなのに、何故こうなったのか分からない。

だが、エミルは少し考えるように頬へ指を添えた後、真面目な表情で口を開いた。


「ですが、皇帝陛下のお話にも一理あるのではないでしょうか?」


「エミルまで!?」


「あっ、ミコトさんとのお話ではありませんよ」


「そっちじゃないんですね……」


「はい。レオン君は辺境伯です。それに二年後、ご自身も討伐へ参加されるのでしょう? でしたら、後継者について考えておくこと自体は必要だと思います」


「……」


そこを言われると否定出来なかった。現在、ノルディア家の直系は自分一人しかおらず、自分が死ねばノルディア家はそこで終わる。これまで自分の死後について深く考えたことはなかったが、先ほどジーカスに言われた通り、もう自分一人の命で済む立場ではない。


「……考えてはおきます」


「それがよろしいかと」


エミルが微笑む。

するとミコトが一歩前へ出た。


「でしたら」


「お前はいい」


「まだ何も言っておりません」


「分かる」


「さすがレオン様」


「だから嬉しくないって!」


再び周囲から笑いが起こり、レオンは大きく息を吐いた。

その後も宴は続いた。レオンは何人もの帝国貴族と挨拶を交わし、交易や今日結ばれた和平について話す。一方のエミルは最後までメリトとネフェルに挟まれていた。


「エミル様、こちらも美味しいですよ」


「まだ食べるんですか?」


「せっかくですから」


「帝国南部のお料理を」


「色々召し上がってください」


「もう結構食べたのですが……」


「では、あと一品」


「一品だけです」


「二人が一品ずつ持ってきたら二品ですよ?」


「……」


「……」


「今、二人とも目を逸らしましたね?」


三人の楽しそうな声が聞こえ、レオンは思わず笑った。帝都へ来てからエミルの世話をしていた二人だけあって随分と打ち解けている。普段は落ち着いたエミルが双子に振り回されている姿も、聖騎士副団長ではなく十八歳の少女らしく見えた。


やがて楽団の演奏がゆっくりと静かなものへ変わった。宴が始まってからかなりの時間が経っている。

ジーカスが大広間の中央へ進むと、それだけで人々の会話が少しずつ止まっていった。


「皆、今宵はよく集まってくれた。本日の宴はこれまでとする」


広間にいた貴族達が一斉にジーカスへ向き直る。


「今日という日を、帝国の新たな始まりとして覚えておいてほしい」


ジーカスは一度レオンを見る。


「王国と帝国。かつて互いに剣を向けた国同士が、今日、共に民を守ることを誓った。この友好が十年、百年、その先まで続くことを願う」


ジーカスが杯を掲げると、大きな拍手が広間を満たした。

レオンも静かに手を叩く。

本当にそうなればいい。

自分が知っている乙女ゲーム『ノルドレア・ロワイヤル』のルーカスルートでは、王国と帝国は戦争をする。主人公エリシアと帝国第二皇子ルーカスの物語の先で起こる大きな戦争。そして、その最後にルーカスによって討たれる男がいた。


帝国第一皇子。


ジークハルト・ヴァルハイト。


だが、今は違う。

王国と帝国の間には新たな和平が結ばれ、今回は教国まで立会人となっている。

レオンは拍手を続けながら壇上を見る。


皇帝ジーカス。


そして、その隣に立つジークハルト。

今日結ばれた和平条約には、帝国側の代表として皇帝ジーカス・ヴァルハイトと第一皇子ジークハルト・ヴァルハイトの名が記されている。

第二皇子ルーカスの名前ではない。


「……」


その意味は大きい。

ただ第一皇子が和平交渉へ参加したという話ではない。王国、帝国、そして立会人となった教国。三国が関わる正式な条約へ、現皇帝と並んでジークハルトの名が刻まれた。

つまり今日を境に、ジークハルトが次期皇帝であることは帝国内だけの話ではなくなった。

王国が認めた。

教国が認めた。

そして何より、現皇帝ジーカス自身が認めた。

次の皇帝はジークハルト・ヴァルハイト。

それが三国間で認められた事実となった。

先ほどジーカスが口にした言葉が、レオンの頭をよぎる。


『公爵家や王家ともなれば、次男というだけでも十分な旗印になる。本人にその気がなくともな』


その時、ジーカスはルーカスを見ていた。

ルーカス本人に皇帝になる意思はない。以前レオンにも、兄の剣になるとはっきり言っていた。

それでも第二皇子というだけでルーカスを担ぎ上げようとする者達がいる。

だからこそジークハルトは、弟と争う未来を恐れていた。

その話は以前、本人から聞いている。

帝国内で自分とルーカスを担ぐ勢力が争うことを避けるため、ルーカスを王国の学園へ入れようとしていたこと。

そして、それでも帝国が二つに割れることを止められなければ、和平の穴を突いて外に敵を作り、国内へ向いた争いを外へ向けるつもりだったことも。


そこまで聞いた時。

レオンは一つの可能性を考えていた。

原作のルーカスルートで、最後にジークハルトがルーカスによって討たれる理由。

ジークハルトは最初から、自分が悪役になるつもりだったのではないか。

和平を破り、戦争を起こし、全ての責任を自分一人で背負う。そして最後はルーカスに討たれる。

そうすれば帝国に残る旗印はルーカスだけになる。

ジークハルト派もルーカス派も、最終的にはルーカスの下へ集まり、帝国は一つになる。


弟は生き残る。


帝国も割れない。


以前は、そこまでだった。

原作の結末とジークハルト本人から聞いた話を繋げただけの憶測でしかなく、証拠なんて何もなかった。

だが、先ほどジーカスと話した内容を思い返した瞬間。

今まで気にも留めていなかった一つの事実が、急に引っ掛かった。


「……待てよ」


レオンは壇上に立つジークハルトを見る。


ジークハルトは二十四歳。


帝国第一皇子。


そして、次期皇帝。


それなのに"正式な婚約者"がいない。

皇妃候補はいる。メリトもその一人だ。

だが、誰とも正式に婚約していない。

次期皇帝になることが決まっている二十四歳の男が、だ。

普通ならとっくに婚約者を決めていてもおかしくない。むしろ後継者を残すことまで考えれば、その方が自然だった。

何より、先ほど父親であるジーカス自身がレオンへ言ったばかりだ。

自分が死んだ後のことまで考えろ。

血を残せ。

もしもの時の保険を作っておけ。

それも上に立つ者の責任だと。

なら何故、そのジーカスの跡を継ぐジークハルトには婚約者すらいない?


「……」


その瞬間、以前から抱いていた憶測に、最後の一つが嵌まった。

もし、ジークハルト自身が、生き残るつもりではなかったのなら全て説明出来る。


婚約者を作らない。


妻を残さない。


そして、子供も残さない。


もしジークハルトに子供がいれば、本人が死んでも終わらない。その子供には帝国第一皇子の血が流れている。

今度はその子供を旗印として担ぎ上げる者が現れる。

そうなれば、ジークハルトが死んでも帝国は一つにならない。

だから最初から何も残さないつもりだった。


妻も。


子供も。


自分が死んだ後に、ルーカスと争う新たな旗印となるものを。


何一つ。


「……やっぱり、そうだったのか」


レオンは小さく呟いた。

今まで憶測でしかなかったものが、確信へ変わっていく。

ゲームでジークハルトが最後に討たれたのは、単純にルーカスに敗れたからじゃない。

恐らく、あいつ自身がそこへ向かう道を選んでいた。


弟を助けるために。


帝国を一つにするために。


自分一人が悪役になる道を。


レオンは壇上のジークハルトを見つめる。

何も知らない者が見れば、父である皇帝の隣に堂々と立つ次期皇帝。

だが、レオンには少し違って見えた。


「……本当に面倒な兄貴だな」


小さな呟きは、大広間を満たす拍手の中へ消えていった。

だが、今回は違う。

今日結ばれた和平条約には教国が立ち会い、皇帝ジーカスと第一皇子ジークハルトの名が並んで刻まれた。


王国が認めた。


教国が認めた。


現皇帝が認めた。


次の皇帝はジークハルト・ヴァルハイト。


それはもう帝国内の一派が簡単に覆せる話ではない。

ルーカスを次期皇帝として担ぎ上げる大義は、大きく失われた。

兄弟を二つの旗印として帝国が割れる未来。

その原因の一つを、今日確実に潰した。

なら、ジークハルトが悪役になる必要もない。

自ら和平を破って戦争を起こす必要も。

最後に弟の手で討たれる必要も。


「……」


レオンはゆっくり息を吐いた。

王国と帝国の戦争そのものが完全に消えたのかは、まだ分からない。

未来なんて、何が原因で変わるのか分からない。

だが少なくとも、原作でジークハルトが選んだであろう、自分を悪役にして弟へ帝国を託す未来。

それは大きく変わったはずだ。


「……死ななくて済みそうだな」


誰にも聞こえない声で呟き、レオンはもう一度ジークハルトを見る。

ジークハルトはレオンの視線にも気づかず、次期皇帝として父ジーカスの隣に立っていた。

やがて宴が終わり、帝国貴族達が次々と大広間を後にしていった。

レオンもジーカスへ挨拶を済ませ、出口へ向かおうとする。


「レオン様」


背後から呼び止められて振り返ると、そこにはミコトが立っていた。


「何だ?」


「明日はお帰りになるのですよね」


「ああ」


帝都でやるべきことは終わった。和平も結び、大規模討伐についても方針が決まり、ハルトの日誌も借りることが出来た。

後はノルディアへ帰るだけだ。


「そうですか」


ミコトは僅かに目を伏せた。

いつもの彼女にしては珍しく、少しだけ寂しそうに見える。


「また来るよ」


レオンが何気なく言うと、ミコトがすぐに顔を上げた。


「本当ですか?」


「ああ。帝国とはこれからも話し合うことになるだろ。それに二年後には共同討伐もある」


「そうですね」


ミコトが嬉しそうに微笑む。


「では、その時までにさらに腕を磨いておきます」


「……何のために?」


「もちろん、次の勝負でレオン様に勝つためです」


「ああ……」


そういえば約束していた。

自分のやるべきことが終わった時もう一度、賭けをしてミコトと勝負する。


「忘れていたのですか?」


「いや」


「今の間は?」


「……少し忘れてた」


「正直でよろしいです」


「悪かったよ」


ミコトは小さく笑うと、一歩だけレオンへ近づいた。


「ですが、次は忘れないでください」


「ああ」


「約束ですよ」


「ああ。約束する」


「では、おやすみなさいませ、レオン様」


「ああ。おやすみ」


ミコトは優雅に一礼すると背を向ける。

漆黒の振袖の長い袖が静かに揺れた。

だが数歩進んだところでぴたりと止まり、もう一度レオンへ振り返る。


「ちなみに」


「何だ?」


「先ほど陛下がおっしゃっていた保険のお話」


レオンの表情が固まった。


「……忘れてくれ」


「難しいお願いですね」


「頼むから」


ミコトは真顔のまま答える。


「私はいつでも構いませんので」


「忘れろ!」


ミコトは楽しそうに笑いながら、今度こそ去っていった。


「……疲れた」


レオンが大きく息を吐くと、すぐ横から声が聞こえた。


「楽しそうだったな」


ルーカスだった。


「どこがだよ」


「少なくともミコトは楽しそうだった」


「俺は疲れたんだよ」


「そうか」


「ああ」


ルーカスは僅かに口元を上げる。


「じゃあ寝坊するなよ」


「お前……」


「明日は朝に出るんだろ」


「ああ」


「今度はミコトに起こしてもらうなよ」


「うるさい!」


宴の終わった皇城の廊下に、レオンの声が響いた。

王国と帝国が新たな道を歩み始めた夜。

そして、原作では弟を守るため、自ら悪役となって死ぬはずだった一人の皇子の未来が、大きく変わった夜は、こうして静かに更けていった。

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