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人呼んで内房のポセイドン

 終わってしまってからなにを始めるのか? そういう場所から始めざるを得なかった連中はすでに死んでレジェンドになってしまっていた。それから後に生まれてきたおれたちはどうすればいいのか? まごつきながらも、なんか色々とこちょこちょやってきたが、答えなど見つかるはずもなく、結論としては自死しかないな、と。やっぱりもうそれくらいしか思いつかない。短絡的だと、罰当たりだと、そんな風に罵るのは簡単だ。でも自死はラクじゃないぜ。まったくラクじゃない。誰でもできるってものじゃない。だから、多くのやつらは何かに溺れてゆくのだろう。耽溺して溺死。死んだつもりになって、幽霊のフリをして、ゆらゆら揺らめいて、近づきたくて近づけなくて、遠くに見える夏の陽炎。

 もはやポカリのCMなんかじゃ誤魔化し切れないくらいの暑さだ。制服姿で飛び跳ねてりゃそれで良かった時代は過去の話だ。制服なんてもう脱ぐべきだ。もうブルセラの弾にもなりゃしない。青さを売ったって惨めになるだけだ。もっと攻撃的に。ジジイもババアも狩り尽くせ。どうせ連中、馬鹿の腑抜けばっかりだ。気合いの入っていない気怠い連中だ。いい加減に目を覚ましてやろう。我慢比べなら、気合いの入った方が勝つに決まっているんだ。当たり前の話だ。


 チートとブーストなしのシュートなら、おさおさ引けはとりませんぜ。こんな野蛮な季節なら尚更だっつうの。なあ、このクソダサい街並み、これっていったいどういうつもりなんだ。ファスト、ファストの集合知の結晶、それはつまりダサさを極めるってことだった。こんなもんを毎日見せられていたら、たちまち元気がなくなってゆく。

 よくわからないが、おれは気を失っていたに違いない。明らかに時空が跳んでいる。足が酷く怠かった。顔のあたりもなんだかパンパンに張っていた。はち切れそうだった。やっとのことで立ち上がり、重苦しい身体を引きずって先へと進んだ。

 やってられるかと思う。ラクに生きられるに越したことはない。それで誰にも構われることなく死んでゆく方がいいに決まっている。周りの人間、誰もおれのことを知らない。興味もない。それって最高じゃないか。おれはエレベーターに乗り込もうとしたが、他のやつが近づいてきたのでその場を離れることにした。狭い空間の中に知らない誰かと一緒に居るなんて、考えただけでぞっとする。階段を探した。同時に便所も探していた。なかなか見つからなかった。尿意が先っぽの方まで迫っていた。

 お漏らしをする歳じゃない。でもこの暑さだ。すぐに乾いてしまうだろう。でもやっぱりお漏らしをする歳じゃない。立ち小便を気軽にできるような地域でもない。そういう時間帯でもない。

 八月の光と、この街並みはおれをとことんまでやっつけてしまうつもりだ。お呼びじゃないんだ。おれだって必要としていない。お互い様だ。それかお笑いぐさだ。狂ったように高く細い笑い声。実際に狂っているわけじゃないのが哀れを誘う。馬鹿みたいに笑ってやらなきゃいけない理由がきっとあるんだ。そうしなけりゃ仲間はずれにされちまうんだ。大袈裟に手まで叩いてまるっきり馬鹿みたいだ。で、便所はどこにあるんだ。


 要は。要は。「要は」が口癖のやつと話していてイライラした。なんでも要してしまおうとして、なんにも要せていなかった。どうしてそんな癖がついてしまうのか。どんなことにだって始まりくらいはあるはずだ。それとも産声からして「要は」だったのか。それなら、もうしょうがない。おれが我慢するしかない。どっちにしろ我慢するしかないんだ。

 ちょっと用を足してくるわ。そう言って、その場を離れた。もう二度と戻るつもりはないが、便所自体は本当に探していた。しばらくウロウロして見つけた便所はなんだか水浸しで刺激的な臭いがした。下水と直結しているみたいだ。RPGの序盤では下水道を歩くことが多い。侵入か脱出がその理由だ。おれは絶対に嫌だ。臭いと文句を言うキャラはいるが、絶対に嫌だと主張するキャラは見たことがない。下水道に住んでいるヤツまでいたりする。おれは絶対に嫌だ。それだけはごめんだ。絶対に他の方法があるはずなんだ。無いわけがないんだ。

 そんな気分にさせてくれる便所だった。数え切れないほどの便所に入ったが、好きになれる便所なんてなかった。そりゃもちろん汚いより綺麗な方がいいに決まっているが、綺麗だからと言って好きになったりはしない。

 でも変わったヤツはいるものだ。トイレマニアを自称する女がいた。どんな建物でも取りあえずトイレに入ってみるらしい。それで、独自の基準で採点するんだと。よくわからない。そいつはエレベーターも好きだと言っていた。狭いところが好きなんだろうか。エレベーターのメーカーの違いがどうとか言っていたが、詳しいことは忘れてしまった。

 おれはエレベーターがあまり好きではない。と言うかちょっと怖い。その理由として、乗り込むその瞬間にエレベーターが落ちたらどうする? 片足はエレベーター、もう片足はフロアにいるという状態で、突然エレベーターが落ちるのだ。哀れ、おれは真っ二つだ。そんなことを考えてしまって以来、エレベーターにはなるべく乗りたくない。どうしても乗らなければいけない時は、急いで乗り込むようにしている。その後にエレベーターが落ちて、ぺちゃんこに潰れてしまうとしても、真っ二つよりは幾分かマシだ。

 エスカレーターも最初は足から引きずり込まれる想像をしてしまって恐れていたものだ。やっぱり階段が一番いい。と思って安心していたら、階段の裏側のことを考えてしまって、つまりは階段って宙に浮いているみたいなもんだよな、そう考えてしまって、たまにブルッとくる。手すりの向こう、階段と階段の間を見てしまったりするともう大変だ。まあ、でもこれはエレベーターとエスカレーターの恐怖とは意味合いがちょっと違う。ただの高所恐怖症だ。


 高所恐怖症って、つまりは落ちてしまう恐怖だ。そして、落ちた先にある死への恐怖だ。なんだか当たり前のことを書いているが、ここから話は膨らんでいったりはしないのだった。

 カーテンの隙間から日の光が漏れていて、蝉の鳴く声がかすかに聞こえた。海で泳ぐには最高の季節だ。もう少しでクラゲが出始める。アンドンに巻き付かれるとまあ痛いが、ミミズ腫れ程度で済む。充分痛いのだが。最悪なのは赤だ。こいつは危険だ。おれは死にかけた。実際はそこまで死にかけたわけではないが、間違いなく死ぬと思った。死を意識した海は最悪だ。救いがない。絶体絶命のピンチってああいう状況を言うんだ。なにしろ赤に差されて激痛とともに、片腕が動かなくなった。おまけに潮の流れに乗ってしまって、浜がみるみる遠くなっていった。

 なんだかんだで浜に帰ることができたが、しばらく砂浜で仰向けになって動けないでいた。自分がまだ生きていることが少し不思議だった。その後のことは忘れた。そのままチャリに乗って家に帰ったのだろう。

 夏休みの間はほぼ毎日、海にいたと思うのだが、印象的な記憶なんてそれくらいだ。なにしろ赤には注意だ。でも赤じゃないかもしれない。電気だったのかも。実はクラゲ自体の姿は見ていない。誰かに言われたんだ。そりゃ赤の仕業だ! って。

 あれは誰だったのだろう。大人だったような気がする。親しかったような気も親しくなかったような気もする。まあ、誰であろうとあまりにも強く断言するものだから、今の今まで赤に刺されたもんだと思い込んでいたが、電気だろうと赤だろうとなんだっていい。もう海に入ることもないだろうから。

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