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プロール、スプロール、そのストローク

 また小説っていうものがよくわからなくなっていますね。最初はぼくだって、小説というものに対して、しっかりとしたイメージを抱いていたものです。でも読んでいるうちに、そして書き出したのちに、もう小説なんてものはそもそも存在しないのではないか、なんてリアルに思っています。

 最近はなにもかもが希薄ですね。巨大な何かの中で、ふわふわと漂っている、肉眼では確認できないほど小さな小さな、そんな感じがするのであります。おれ、という人間を書いていたって、それは私であって私ではないのですね。事前にはなにも考えないまま書き始める、摩天楼の少年というタイトルの文章群に、直に書き込んでいるのか書かされているのか、そこに隠されているものは何なのか、そのあたりどうなっているのよ? っていうところを突き詰めてゆく必要はあまりないなって思うんですよね。


 新しい千円札をゲットして最初に考えたのは、龍が如く7の中で大袈裟な機械でニセ札を作っていた集団、あの人らは大丈夫なんだろうか、この技術について行けているのだろうか、そういうことだった。でも、あの機械は燃えてしまったんだっけか。よく覚えていないな。龍が如くのストーリーはノリと勢いだけで進んでゆくので、後から考えてみるとおぼろげというか、まあ深く考えるほどのこともないなってことで済んでしまうのだけど、おれは龍が如く7のエンディングでは号泣したからね。男泣きに泣きましたよ。なんちゅうか、良いんだよね、龍が如くって。基本にあるのが巨悪と凡庸な悪への反発ってのがあるからかもしれない。それに義理だよね。おれらいつでも情より義理が先。義理を欠かしちまったらおれらはクソ以下だ。そういう部分がアジアンとして共感できるよね。やせ我慢の美学。おれら黄色人種はそれをなくしちゃったら、おしまいよって気がするね、個人的に。

 しかし、新しい千円札、使いどころがない。いまやコンビニもスーパーも機械で精算ですよ。機械に通らないんですね、新しい札は。バイトがレジ銭をちょろまかすこともできない時代。ついには機械までが金を受け取ることを拒否しはじめた。仕方ないからおれはホログラム部分をためつすがめつして、聖梵ミロクの存在、およびそれにまつわる妹とおれの対立を思い出したりしたのだった。


 そして思念はあるべき場所へ戻り、あるべき姿へと落ち着いた。ところで、あるべき姿などという常識は社会通念が作り出した幻であり、それとは別におれ自身のあるべき姿なんてものも、おれ自身が作り出した幻であり、幻からの逸脱がなぜこんなにも人の感情をざわつかせるのかという疑問に、おれは長年頭を悩ませてきたのであるが、やっぱりそんなことを突き詰めてゆく必要だってあんまりないよなって思うんですよね。

 突き詰めようとしても突き詰められないことがある。それすなわち、おれの手には負えないってことなのだが、哲学者って連中はそういうことを迷わず突き詰めてゆくのだろうか。突き詰めてゆくうちに、追いかけていたものがいつのまにか雲散霧消し、気づくと逆におれ自身が追い詰められているという日々を送るおれからすると、哲学者ってのは超人、鉄人、そういう類いに属する人間のように思える。

 いや、本当になぜ頭が爆発してしまわないのか不思議だ。頭をきりきりとねじ上げられながら、言語化すらままならない思念のスープを、穴あきおたまですくいとろうという行為を延々とできるなんて異常としか評しようがないし、おれはそんな状況に置かれてしまえば、一瞬でタップアウト、降参です。

 はい。器じゃないです。その通りです。顔じゃないです。申しわけありませんでした。二度と変な考えは起こしません。でも、懲りずにまた挑んでやろうとするんだ。ケッケッケ。これで済むと思うなよ、バカタレが。で、また一瞬でシメられて、Dr.ワイリーばりの高速連続土下座、からの、ケッケッケ。こんなもんで諦めるおれじゃない。何度ぶっ飛ばされたって立ち上がるんだ。うんざりかい? なら、ここでトドメを刺しておきなよ。おれの心臓はここに剥き出にしてあるぜ。


 磔にされた心臓が脈打っている。突き出した複数の管からは、定期的にぴゅっぴゅっと血液が飛び出していた。じっくりと観察していると、つまりこいつは筋肉でできたちょっと複雑な形状のポンプであって、それ以上でもそれ以下でもないということが理解できた。なんだ、つまらん。

 あるべき姿を引っ繰り返すようなことは、なかなか起こることではない。がっかりしながら、それでも丁重な手つきで、おれは心臓をそっと胸の内に戻した。あるべき形に収まった心臓はたちまち然るべき器官へと血液を循環させる作業を再開し、おれの身体の痺れも徐々に解消されていったというわけだ。危なかった。もう少しで萎え腐ってしまうところだった。意地を張るのも大概にしておかないと、いつか痛い目に遭ってしまうぜ。そんなことは当然わかっていた。諸々を重々承知の上で、おれはアホらしい意地を張り続けるのだった。

 そりゃいったい何のために? そうだな、それがおれのあるべき姿だからだ。あるべき姿には新奇性などあるはずも無いが、それでもあるべき姿でないと、生きてゆける自信のない人間がいる。そういう種類の人間がいるんだ。それと同時にあるべき姿などは、紛う方無き幻であるということも理解していた。一応、理解をしているつもりではいた。なんてことを文章として書いた瞬間から、まったく理解ができなくなってしまった。そこで、とりあえず、おれは吠えた。吠えてみたのだった。


 びりびりと部屋が揺れている。また重機が暴れ出したのだ。12時から13時までは解体業者の休憩時間だ。おれには休憩時間などはない。こいつを書き終えれば、すぐに晩の買い物に出掛けなければならない。そして、買い物から帰れば電話をするのだ。会社との面談をとりつけなければならない。本当は昨日のうちに片付けようと考えていたのだが、特別な理由はなにもないけれど何となく明日にしよう、つまりは今日に回してしまおうと考えて、実際にそうしてしまったのだ。

 うーむ。いよいよ労働への復帰の時が迫ってきている。もちろん気乗りはしない。けれども嫌だという感じもしない。まったく実感がないのだった。まったく実感のないまま、巨大な何かの中でふわふわと漂っている、そんな気分だ。部屋はそこまで広くないし、家具だって安物を必要最低限に置いてあるだけだ。それでも卓球台を置くぐらいのスペースはあり、ホームパーティを開けるほどの余裕もある。カクテルを作る材料も揃っている。でも寂しくなるから、この部屋に人は招かない。おれがなるべく人と会わないようにしているのは、人一倍の寂しがり屋だからなのさ。

 掃除機を掛け、テーブルや棚を布巾で拭く。乱立した書物の塔を、あるべき場所へと戻す。でも一週間もしたら、また書物の塔は復活しているはずだ。おれは建築し、解体する。そんなことを繰り返しながら、この振動の中で揺れながら、煙草に火をつけ、震える手で煙草に火をつけながら、これからのことをじっくりと考える。結論はいつも一緒だ。考えたって仕方ない。なるようになるし、なるようにしかならない。おれのしたいようにするし、おれはしたいことしかしない。それでも考えるわけだ。別に考えたいわけではないのだが。決してこんなことがしたいというわけではないのだが。

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