やっぱりおれはパンクな気がしてきた
サガエメを拗らせて、サガスカに戻ってきてしまった。サガエメはもちろん傑作だけど、サガスカもやっぱり大傑作だね。おもしろい。難しい。頭が腐っている。やっぱりウルピナは鬼神の如く強い。今回はお兄様を殺ってみました。ゲームだからね。ゲームだもん。ゲームだし。そう何度も自分に言い聞かせても、すごく嫌な気分が晴れないままだ。正直、後悔している。変なことしなければよかった。やっぱりおれは不良にはなりきれない男だ。どうしても駄目だ。人の痛みが苦手すぎる。
実を言うと、おれはゲームでも悪いことはなるべくしない、と言うか現実よりもゲームの中での方が格段に品行方正なおれなのだった。GTAでは歩行者の命優先の運転を心がけるし、ベセスダRPGなどで非道な行いをした方が有用なアイテムが手に入るという状況でも、おれはなによりも倫理を重んじるのだった。
悪人プレイとか、とてもじゃないがおれには無理だ。ストレスで死んでしまう。マスエフェクトは何周したかわからないくらいプレイしたRPGだが、おれは一度もレネゲイド側に振れたことはない。いつだってパラゴンだ。軍人のクセにいやにハト派なシェパードさん。でもストリート・ギャング上がりのタフガイだ。
ゲームをしない人からすると、意味不明な文章を書いているという自覚はある。でも小説ってそんなもんだろう。最初から最後までさっぱりわからんって小説だってたくさんある。じゃあそれがつまらんのかと言うとそうでもない。だからおもしろいって小説もあるから、小説ってわけがわからない。
もちろん個人差はある。明瞭なストーリーラインのない物語、理解のできない創作物、自分の手に余る創作物を、蛇蝎のごとく嫌がる人らもいるだろう。しかしそれは、すべてに明確な意味や理由を求める姿勢であって、陰謀論やカルトに一番近い位置にいるとおれには見えるのだが、どうだろうか。
意味を付与しようとすれば、点と点を繋げようとすれば、なんでもありだ。シミュラクラ現象と一緒だ。脳は自分を騙す。自分は自分を騙す。それはどうしようもないことだが、少なくともそこに自覚的であるかそうでないかの差は大きい。自分は絶対に騙されない。そう言い切れる人間は、その時点で自分自身に騙されている。そういうやつが一番チョロい。
まずはガチガチに凝り固まった肩の力を抜くことだ。武装を解くことだ。そしてゆっくりと周りを見渡してみるがいい。人類は案外馬鹿だということに気づくはずだ。連中はそれぞれが行き当たりばったりのメチャクチャをやっている。自分自身がそうであるように。おれたちは無限に続く合わせ鏡の中で生きているようなものだ。どこまでも続くループ。果てしないループ。そりゃ気も狂う。だから神が生まれた。おれたちを導いてくれる指針としての神が。だがその神が死に絶えつつある。人類の心から神が消えつつある。おれの中にも神はいない。おれには神が必要なんだ。そうでなければ生きていける気がしない。
それなのにおれはこんなにも長く生きているのだった。これはなにか深刻なバグが発生しているとしか思えない。
おれたちは徹底的にラクして生きるか、徹底的に苦しみ悶えて生きるか、そのどちらかに舵を切った方がいいと思う。もちろんおれはラクして生きたい派ではあるが、このどっちつかずの現状が、数々の悲劇を生んでいるとしか思えないのだが、なぜそうとしか思えないのかを説明しようとすると、言葉が出てこないのだから困ったもんだ。すみません。おれ馬鹿なんです。学がないんです。あやふやな感覚でしか物が言えない。まあそれでも物を言うことは恐れていない。おれの文章に伏せ字のようなダサいものはいらない。演出として使うことはあるとしても、基本は剥き出しだ。放送禁止用語? 知るもんか。それ、おれになにか関係があるかい? まんこ。キチガイ。おれはびっこであきめくら。おれはめくら、めくら者、すべての見えるめくら者。なんか文句あるかよ。言葉の自主規制には気を遣いまくる差別主義者どもと、このおれ、阿部顕輝。マジなのはどっち? マシなのはどっち? マスの機嫌なんて伺っていられないんだよ。おまえに訊いているんだ、おまえに。おまえだ、カラッポ。
これって小説? またぞろおれの中のアホがそんな疑問を投げかけてきやがった。うるせえな。おれが小説だって言えば小説だし、それじゃあもういいですよ、小説ではなくたって別に。なんだっていいんだよ、どうだっていいってんだよ。おれは書きたいように書くし、特段に書きたくないようなものだって、書いてしまったのなら、それをそのまま出すんだよ。この場所がいまのおれが辿り着いた地点だ。もちろんここから移動する場合だってあるだろうし、一生このままってことだって十分にあり得る話だ。体裁を整えている時間も能力もおれにはないんだ。おれは急いでいる。焦っている。焦燥感に駆られて、ただ文字を乱暴に打ちつけるだけだ。勢いに任せながら、それでもおれの文章だという質感を失わないくらいには丁寧に。それが実行されているのなら、それはもう摩天楼の少年なんだ。
本当の話をしてしまうと、おれは文章を書かないやつに向けてはなにも書いていない。おれがぶつけてやりたいのは、いま文章を書いているやつ、これから文章を書こうとしているやつ、おれが狙っている椅子はプレイヤーズプレイヤーの座であると同時に本質的にはプレイヤースレイヤーってことだ。おまえらが驚くくらいに好き勝手に書いて、おまえらが歯噛みするくらいに素敵な文章でぶん殴ってやりたいんだ。
そしてだ。もっと残酷なことを言ってやろう。おれに勝てないようなやつには文章を書く資格はないということだ。数字の話なんてしていないぜ。おれは自分の文章力をかなりの精度で把握していると自覚している。ここらじゃおれがダントツだ。それが事実だ。でもな。これが最低限だ。おれが文章領域の底辺だ。おれ以下のやつは、悪いことは言わない。文章なんて書かない方がいい。小説なんて書かない方がいい。表現なんてしない方がいい。これはおれの優しさから出ている言葉だよ。本当の優しさってのは残酷に見えるもんなんだ。だが本当に残酷なのはケツを舐めて勘違いさせる連中だよ。夢見心地のいい気分、だがその実体はぬるいクソ風呂に砂糖をまぶしたクソ饅頭。そんな悪魔のような所業を前にして、おれは黙っていられるほどに無感覚で生きているわけではないのでね。
なにしろ悪魔どもの言葉には耳を貸さないことだ。悪魔どもに魂を売り渡さないことだ。それがどんなに魅力的に見えたとしたって、耳触りの良い言葉に溢れているからって、安易に足を踏み入れないことだ。その場所は欺瞞に満ちている。もし疑問を感じたならすぐに抜け出せ。耳障りな言葉に耳を傾けよ。甘い言葉にばかり頼っていると虫歯になっちまうぜ。精神まで蝕まれて、あっという間に腑抜けた間抜けになっちまうぜ。甘い言葉のコロシアムで殺し合うっていったいなんの冗談だよ。
まったく余計なお世話って話だ。それはわかっている。こんなもん書いたって誰も喜ばないってことくらい、おれにはわかっている。だがこういう言葉こそを必要としているやつがいるってこともおれにはわかっているんだ。ほら、ほら、そろそろあんたの番だぜ。おれのようなアホでもこれくらいは書けるんだ。あんたならもっとだ。おれなんぞよりずっとだ。ぶちかましてやりなよ。さあ。




